運命操作

 今日は、嵐のように雨が降っていた。昼なのに窓から見える空は薄暗く、轟々と風が吹いている。

 絶好の巣籠日和だ。でも俺は散歩に行きたかった。強制的に晴れにすることもできるが、メアはそういうことが好きじゃないから論外だ。

 せめてもの気晴らしにと、屋敷をうろついていた。廊下もいつもより気持ち薄暗く、空気も冷たく鬱蒼としている。

 何も考えずに歩き続けていたら、植物園に繋がる連絡通路を見つけた。時々窓から見かける、巨大なドーム型のガラス張り庭園。2ヶ月ぐらい前にシェーレェン兄さんが作った。 ベル兄さん曰く、あったかくてお昼寝にピッタリ。

 いつか行こうかと思っていたが、今がその時かもしれない。

 そう思って、連絡通路に足を進める。ここもガラス張りで外の庭園の木々が強風に煽られている様子から、天気の荒れ具合がよく分かる。

 ガラス戸を開けて、植物園の中に入る。

 お、あったかい。

 中は光魔法で自然光が再現されていて、うちの地下ぐらい明るい。沢山植物が植わっている。鮮やかな花より緑の草木が中心といったところか。森の香りがする。外から見た通り、かなり広い。

 通路に沿って草木を見学していたら、ドーム中央の広場に到達した。テーブルと椅子、ソファーやらが設置されている。それらを取り囲むのは、先ほどとは打って変わって色鮮やかな花畑。知らない名前の綺麗な花たちが咲き誇る。その中にポツンと深紅の花が佇む。

 彼岸花……。

 この花の名前は知っている。メアの好きな花だから。ここに咲いている事は知っているのだろうか。

 少しの間見つめたのち、何となく座ろうとソファーの方に近づいた。

 おや?

 人がいると思ったら、キメリ兄さんが気持ちよさそうに昼寝をしている。先程まで背もたれに隠れていて見えなかったらしい。

 最近屋敷に来た、おっきい兄さん。ソファーの中になっがい脚も含めて全身がぴったり収まっている。

 魔力の雰囲気が他の皆とちょっと違う、不思議な人。まだそんなに話したこと無いな。起きてたら話したかった。

 兄さんを起こさないようにその場を静かに離れようとした、その時。

「イベルタ――。」

 俺を呼ぶ執事の声。振り返るとさっき俺が通った広場の入り口にシェーレェン兄さんがいた。

「こんにちは!」

 キメリ兄さんが寝ている事に気づいてるはずがない、ハツラツとした挨拶。

 ああ、そんなに大きな声を出したら……。

 兄さんに向かって人差し指を口にあててサインを送ったが、もう遅かった。

「……んー。」

 もぞもぞとソファーの上で動く音。キメリ兄さんが大きく伸びをする。

 起こしてしまった。起き抜けの兄さんと目が合う。

「お、ルタじゃん。」

 眠そうな間延びした声。

「おはようございます。すいません。起こしちゃいましたね。」

「えっ、キメリ兄さんいたの?」

「そうだよ、兄さんが起こした。」

「ごめんなさいー。兄さん。」

 シェーリェン兄さんがこちらに駆け寄ってくる。

「んあ?あ、大丈夫。寝てスッキリした。」

 キメリ兄さんが起き上がってあくびをしながら答えた。まだ目が半開きだ。

「絶対まだ眠いでしょ。」

「ばれたか……。」

「そうだ、眠気覚ましにコーヒーでもいかがですか。お菓子も美味しいですけど、そればかり食べてたら眠くなります。」

 そんな様子を見て、シェーリェン兄さんがぱっと提案した。キメリ兄さんの近くの机の上には空になったマグカップとお菓子カゴ。お菓子カゴには半分ほど、クッキーやキャンディが残っていた。

「じゃあ、頂こうかな。」

「はーい。イベルタの分も持ってくるよ。」

 キメリ兄さんの返事を聞くなり、シェーレェン兄さんは植物園の奥へ消えていった。

「座んねーの?」

 ぼーっとその一部始終を見ていたところに声をかけられて、我に返る。

「ああ……座ります。」

 俺もキメリ兄さんの向かい側のソファに座った。

 ……兄さんとサシで喋るのは初めてかもしれない。

「あの、キメリ兄さ――

「お待たせしました。」

 給仕用のカートとともにシェーリェン兄さんが戻ってきた。カートにはティーポットの他にお菓子の継ぎ足しが乗っていた。

 早いな……。間が悪いが文句は言えない。

 シェーレェン兄さんが手際良くカップにコーヒーを注ぐ。コーヒーの馴染みある香りがする。その横でどこからか現れた小さな花たちが、葉やツタを使って器用にお菓子を移していた。

「これは……?」

 キメリ兄さんはせかせか働く花たちに釘付けのようだ。

「兄さんこれ見るの初めてですか?」

「これは俺の能力です。植物を操作できます。」

「ほぉ、すげー。」

「ははっ、ありがとうございます。その反応は久しぶりです。」

 そう、嬉しそうに笑って応じた。

 分業のおかげで瞬く間にコーヒーブレイクの準備が整った。

「召し上がれ。」

「シェーリェンも一緒に……。」

 キメリ兄さんがコーヒーに口を付ける前に誘いを入れた。

「そうしたいけど、俺は植物の管理があるので。近くにいるからなんかあったら呼んでください。」

 誘いを断るシェーレェン兄さん。ありがとう、これで2人で話せそうだ。

「そっか、ありがとう。」

「ありがとう、兄さん。」

「どういたしまして。俺はここで失礼します。」

 そそくさとカートを押して広場から出ていった。

 

 二人きりになり、一瞬の沈黙が走る。植物園の中で雨の音がいくばくか穏やかに響く。お互い一口ずつコーヒーを口にしたところで話しかけてみる。

「兄さんは誰の淹れるコーヒーが好きですか?」

「それここで言っていいやつ?」

 兄さんが苦笑いする。

「大丈夫です。結界張ってます。」

 嘘だ。張ってない。

「うーん。まだ全員の飲んでないしな……。」

 俺の嘘をすんなり信じて話し始める。

「現時点で。」

「……ミドかな。」

「俺も好きです。……ミドのコーヒーに比べたら、これはちょっと微妙ですか?」

「あー、うん、そうだな。」

  ほとんど誘導尋問の方法で求めていた答えを引き出す。

「ひどーい。」

 姿は見えないがどこかで作業しているシェーレェン兄さんの声が、ドームの中で反響する。

「は?どういうこと?」

 訳が分からないといった具合にキメリ兄さんが俺を見る。俺がニヤつくと、騙されたことに気づいたのか、

「やったなお前。」

 と兄さんも苦笑いした。

「マジでごめん、許してください。」

 キメリ兄さんが言い訳をせず、シェーレェン兄さんに許しを乞う。

「大丈夫ですよ、気にしないでください。これはイベルタが悪いから。」

 シェーレェン兄さんは明るく応じた。

「うはは。」

「おいー、お前は笑うな。」

 笑ったらシェーレェン兄さんに怒られた。

「スンマセーン。」


 雨脚がさらに強くなってきて、ゴロゴロと雷鳴も聞こえてくる。

 あいにくの天気とは裏腹に、キメリ兄さんとも打ち解けてきた気がする。

「ずっと気になってたんですけど、兄さんの能力って何ですか。」

 特に考えずに疑問を口にする。

「うーん。そうだな……。」

 キメリ兄さんは何かを探すように室内を見回した後、近くの花畑でひらひらと舞う青い蝶を指差して言った。

「あの蝶を殺して。」

「はい。」

 言われて即座に虫が潰れる程度の魔法をかける。

 …………。

 何も起こらない。蝶はまだ生きている。

 蝶の耐久度を上げた、もしくは魔法を阻害した?どちらにせよ面白い能力だ。

「お?どういうことですか。」

 知りたくなってすぐに尋ねた。

「俺があの蝶を殺せと言った瞬間から、あの蝶はお前に殺される運命だった。でも、その運命を変えた。」

 一瞬辺りが眩く光り、間髪入れず雷の落ちる轟音が響く。思い出したかのように再び雨音が耳に届く。

 それは俺の期待していた答えではなかった。想像以上の最悪な能力だ。

「そんな感じかな。」

「そんな感じって……。」

 愕然として、すぐに言葉が出てこなかった。突きつけられた現実をうまく受け止めきれない。

 それって、それって。

「どんな天変地異や難病も、兄さんが起こらないと言えば起こらないし、治ると言えば治る。永遠が永遠じゃなくなる。全ては兄さんの望む運命に操作できるってことですか……。」

「そうだね。」

 兄さんはケロリと答える。

「……ごめんなさい。」

 俺の口からこぼれた謝罪は誰に向けた物なのかよくわからなかった。

 言って即座に、キメリ兄さんが即死するほどの爆発魔法を発動しようと試みた。深く考える前に体が動いた。

 メア以外にこの世の運命を操作する者が現れるなんてあってはならない。この永遠の楽園を崩壊させる萌芽は摘み取らねばならない。現実を受け止められないなら、壊すまで。キリアを、メアを、皆を、運命を捻じ曲げる者から守る。

 はずだったのに。

 ……何も起こらない。キメリ兄さんはまだ生きている。

 どうして。

「どうした?ルタ?」

 訳が分からず狼狽える兄さん。


 『だめだよ。』


 耳元でメアの囁く声が頭にこだまする。途端、体に力が入らなくなり、ソファーに倒れこむ。付随する急激な眠気。眠い、目を開けていられない。聞こえてくる雨音は鈍い。

 貴方が、なぜ……。

 とうとう、俺の意識は沼のように深い夢の中へ沈んだ。


 そういう訳でコーヒータイムは予想より随分早く終了した。


 今日はここまで、またいつか。

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楽園の夢 蓬田 くふ @yomogidaaaaaa9695

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