終わりの始まり

 もう夕方か。

 大きな窓から差し込むオレンジの鈍い光。謁見の間に続く廊下をノロノロ歩く。

 今日も特に楽しいことはなかった。何をして過ごしたかもよく覚えていない。

 つまらない、本当につまらない。一国の宗主になっても楽しいのは一瞬だった。時間が経てば代り映えの無い日常へと変貌する。

 メアに贈りたい物がある、とお兄ちゃんに呼ばれた。

 ジウに言われて、お風呂に入ろうかなと思った時に、よりによってだ。めんどくさい。これでしょうもない物だったら、半殺しだな。

 大きな謁見の間の扉が開く。

 部屋の中央には、お兄ちゃんとその横に跪く強化人間のような物。強化人間には兎の仮面が付けられていた。戦闘用なのは分かるが、仮面が魔力情報を隠匿していて、詳しい事は観測出来ない。

「お兄ちゃん」

「メア、急に呼び出してすまない。よく来てくれた。」

「どうしたの?それに、その横の。」

「そう、これをどうしてもメアに渡したいんだ。」

「ふーん。」

 また強化人間か……。分解して終わりなのに。

「仮面を取ってみろ。きっと気に入る。」

 何故か今日のお兄ちゃんは自信に満ちている。

 変なの。

「うん。」

 とりあえず見よう。いい感じの魔力だったら実験用のストックにしよ。

 すっと強化人間の前にしゃがんで、仮面を取った。

「うわ。」

 驚いた。仮面が少しズレた瞬間から、魔力の詳細を観測したが、自国の強化人間ではありえない魔力量。さらに固有の能力もありそうだ。間違いない、外国産のオリジナルだ。

 外国の幹部クラスの強化人間っぽいな。こんなの、どっから手に入れてきたんだ。どちらにしても国際問題だ。珍しい、いつも外交には及び腰なのに、こんな大胆な真似。

 うっかり、興奮して思考が加速してしまった。

 だから、どっちでもよかった要素の認識が二の次になっていた。遅れて視界に入ったものを見て一瞬時が止まる。

 私を見つめる2つの黒い瞳。ブラックホールのように吸い込まれてしまいそうだ。瞳を秘めるのは二重の華やかな目。スッと通った鼻筋、艶のある厚い唇。

 黒髪と困り眉が可憐で雅な印象を演出している。彫刻のような造形美だ。

「綺麗な顔……。」

 すごいどきどきする。

 強化人間に心を奪われたのは初めてだ。

 これが、私のものに。

「すごい、ありがとう、お兄ちゃん。嬉しい。」

 顔を見上げて、久々にお礼を言った。

「良かった。」

 お兄ちゃんも私の笑顔を見て安心したような、満足したような様子だ。

「これをどうやって手に入れたの?」

「出先で捕まえてきた。」

「自分で?!凄いね。」

 そうしてまで私の機嫌を取りたかったのか。

「こいつには催眠をかけてあるから、しばらく素直に言う事を聞くぞ。」

「ふーん。」

 暴れて大変なのは分かるけど、それはちょっと余計かも。まぁ、後でどうとでも弄れる。

「名前は?」

 話しかけてみる。

「……シュラ。」

 虚ろな返事だ。

 うーん、元気が無いのは良くない。

 今は潜在的な恐怖と緊張で表情が強張っているが、笑顔も気になる。今すぐにでも感情を操作したいところだが、ここは我慢だ。中途半端な真似はやりたくない。

 シュラを目の前にして勝手に悩んでいると、

「あともう1つ。」

  そう言って、お兄ちゃんは私たちを転移させた。

 転移先には見上げるほど大きな屋敷がそびえ立っていた。屋敷の前には手入れの行き届いた広い庭。

  周囲を観測したが、それなりにでかい島だ。森や川、湖もある。

 もしや、これもくれたりは……。

「これは王族所有の別荘だ。この島ごとメアにやるから自由に使えばいい。」

「うぇ、ほんとに。」

 やった。

「今の部屋も手狭だろう。」

 ずっと自分だけの家が欲しいと思っていた。

 部屋は幾らでも作れるから広さは問題ないが、城の限られた部分しか占有出来ないのは癪だった。庭も共用で使わなければならない。

 それに、こんなに広ければ放し飼いもできそうだ。何人でも。

「ここなら幾らでも飼えそう。」

 そう言いながら、お兄ちゃんの表情を伺う。

「そうだな。」

 おや、思っていたよりすんなり許可をもらえた。

 今日のお兄ちゃんは大盤振る舞いが過ぎる。絶対に何らかの思惑がある。

 まあいいや、今は気分がいい。

「今日の用事はこんなところだ。」

「ほんとにありがとう。」

 最初は半殺しにするつもりだったけど、あと500年はお兄ちゃんを尊重しようと思えた。

「何か手伝うことはあるか。」

「ない。ありがとう。」

 気は遣わなくていいから、もう帰って欲しい。

「そうか、じゃあ俺はこれで。」

「うん。」

 お兄ちゃんはそそくさと転移で帰って行った。

 ……嬉しい。自然と笑みがこぼれる。

『ジウ、ジウ、ジウ、ジウ。』

 嬉しさのあまり、ジウに沢山思念を飛ばしてしまった。

 はやくシュラと遊んでみたい。

『何があったんですかっ。』

 すぐに取り乱したような返事が返ってくる。

 何か一大事が起きたとジウに勘違いさせてしまった。

 まずは、遊ぶ前にやらなきゃいけない事がある。

『これの面倒見といて。』

 シュラをジウの座標に転移させる。

『おわっ、えっ、この人って……。』

 ジウの反応から見て、シュラはそれなりに有名な強化人間かもしれない。

『後で話すからとりあえず宜しくー。』

『あ、はい。』

 一旦、思念を切る。島全体を結界で観測し、詳細の把握を試みる。

 島と屋敷が規格外に大きい。もはや小国並みの領土と城。これは、拡張と作り替えにかなり時間がかかりそうだ。まだどこをどのように運用するかの構想も決まっていない。

 まあ、今からやれば今日中には出来上がるだろう。

「よし、やろう。」

 これから始まる大仕事のために気合いを入れた。


 今日はここまで、またいつか。

 

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