顔合わせ
「なあ、ルカ。」
部屋でゲームをしていたら、いつの間にかベル兄さんが隣にいた。
「おお、どうしたの、急に。」
「新しい子が来たじゃん。」
「あー、そうだね。」
それは、今朝起きた時に何となく感じていた。まだ弱いけれど、確かに核のある存在感。新しい子は大体前触れなくやって来る。
今回はスパンが短い。
「キメリが来てから、10年も経ってないよね。」
「まあ、俺らもそんな感じじゃん。」
あっ、そういえばそうだった。
「ほんとだ。」
「一緒に会いに行こう。」
やっぱそうなるか。
ちょっと気になるけど、面倒くさいかも。
「……俺はいいかな。」
「付いて来るだけでいいから。」
「えー。」
「ほら、いつも一緒に行ってるだろ。」
「そうだけど……。」
「一個貸し!」
「うーん。」
結局、食い下がるベルに負けて一緒に行くことになった。
ゲーム以外特に断る理由も無かったし、めんどくさいけど、貴重な誘いは大事にしたい。
モネに初めて会いに行った時以来、いつの間にか、新しい子が来たら俺を誘って会いに行くことがベルの習慣になっている。
廊下を進んで、階段を降りる。
「どんな子だろー。」
「あー、緊張する。俺あんまり喋らないかも。」
胸を踊らせる兄さんと違って、毎回ドキドキしてしまう。何を話せばいいのか分からない。不安が勝って、その子の人となりを期待する余裕はあまり無い。
「大丈夫だって。」
兄さんはいつだって余裕そうだ。羨ましい。
「ここだ。」
くよくよ考えてる間に、部屋の前に着いてしまった。ベルが扉をノックしようと手を伸ばす様子を後ろから眺める。
トントントン。
ベルはこういう時わざと何も言わない。相手の反応を楽しんでいる。
良くない。俺が部屋の中にいたらちょっとヒヤッとする。初手から困らせてどうすんだ。
「…………どうぞ。」
案の定、返事の前の間から戸惑いが伝わってきた。
低い声だ。
ベルに続いて部屋に入る。
部屋の中には、車椅子に座っている黒髪の子がいた。
目が合う、ぎこちない笑顔で軽く会釈する。
その子は目を見開いて俺たちを交互に見つめ、固まっている。
まあ、急に知らない男2人が部屋にずかずか入って来たら、普通固まるだろう。
「やあ、初めまして。」
「ああ……初めまして。」
ベルが明るく声を掛けると、はっと我に返って応じてくれた。
「俺はベリーベル、こっちは、ミラルカ。俺らは、君と同じ、強化人間。」
「どうも、こんにちは。」
俺も軽く微笑む。もちろん愛想笑い。
あれ……?この子……。
「僕はヴェロって言います。宜しくお願いします。」
「ははっ、あんまり緊張しないで、タメでいいよ。」
「ありがとうございます。」
やっぱりそうだ。
(ベル、この子……。)
(そうだね。まだ、再構成の途中だ。名前がひとつしかない。)
キメリに続いて、メアの最近の流行りは遅効性の再構成らしい。
とはいえ、再構成の違いがどうであれ新しい仲間だ。
純粋に仲良くなりたい。
「いつ来たの?」
ベルがすぐさま会話を続ける。
「3日前くらい、です。」
「お、来たばっかりだ。ここ広いから困ったらすぐ呼んで。案内するよ。」
「はい、ありがとう……ございます。」
ヴェロの返事を聞いて、ベルが微笑む。
「え、俺と同い年だよね。」
勇気を出して話しかけてみる。
ヴェロがこちらを向く。
「多分、そうかな。」
「おー。」
ちょっと気まずい。ヴェロからも距離を感じる。
これ以上言葉が出てこないから、握手して俺のターンは終了。後はベルに丸投げだ。フレンドリーな兄さんが話してくれる。
「他の皆には会った?」
ベル兄さんの圧巻たるトークのおかげで、場の空気もだいぶ馴染んできたような気がする。ヴェロの表情も幾らか和らいだ。
ヴェロには大怪我の痕があった。顔の左側が大きく欠け、歯がむき出しになっている、左目も見えていない。左手の指はほとんどない。移動も車椅子。
再構成が終わるまでだとしても不便だろう。キリアなら、治してくれる。
でも、言いづらい。上から目線で絶対印象悪い。
すると、ベルが俺の気持ちを察したかどうかは定かではないが、思い出したかのように、
「そうだ、キリアを呼ぼう。」
(言った!!)
ドキッとした反面、ほっとした。
「キリア?」
ヴェロが聞き返す。
「ああ、キリアは回復の職人だよ。」
「え……どういうことですか?」
「君の怪我が治せる。」
「は?」
それから、すぐにキリア兄さんを呼んだ。キリアが来るまで、不安そうにするヴェロを2人でなだめた。
「これをどうやって治すって言うんですか。」
「大丈夫だって。」
「痛くないから。」
「嫌です。怖いです。」
「でも呼んじゃった。」
「ええっ。」
ガチャ
「あ、キリア兄さん。」
「よう。」
思ったより早く来た。
「この子がさっき言ってた?あ、どうも、マキリアです。」
キリアが俺らに確認すると同時に、ヴェロにも軽く微笑んで挨拶をする。
「そう、名前はヴェロ。」
ベルが紹介する。
「……初めまして。」
ヴェロがキリアを見るなりまた固まってしまった。かなり狼狽えている。大丈夫かな。そこまで不安そうにされると、こっちまで心配してしまう。
うーん、無理させない方がいいか……。ルル兄さんみたいにそのままにしておくこともできるし。
「あんまり怖かったら、やめとく?」
「えー。」
ベルは折角だからやっちゃえ、といった勢いだ。
「治さないといけないって訳じゃないしさ。」
「まぁ、そうだけど。」
「ヴェロはどうする?」
別にどっちでもいい、という感じのキリアがヴェロに尋ねる。
「……お願いします。」
覚悟を決めたような一言。
「え?」
さっきまで嫌がってなかった?
「マジで?」
「はい、治せるもんなら治したいです。」
「あぁ、そう……。」
そう言うなら、いいか。
「じゃあ、治すよ。」
「はい。」
ヴェロは怯えるように目を瞑った。
かわいいな、そんな怖がらなくても死にはしない。
キリアが『回復』を発動したであろう瞬間、ヴェロの顔の傷が消えた。歯が剝き出しだった左頬も再生し、膝の上に置いていた左手には綺麗な5本の指がついていた。
「はい、終わり。」
淡々としたキリア。いつ見ても凄い、こんな離れ業をいとも簡単にするなんて。
まだヴェロはじっと縮こまったままだ。
怯えている様子がなんだか、子供みたいだ。
「もう大丈夫。ほら、目を開けて。」
ベルが声を掛ける。
ヴェロは恐る恐る目を開けて、まず視界に入った左手を見つめる。
「嘘……。」
分かりやすく信じられないといった表情だ。
手を結んで、開いて、右手で触って、久しぶりの左手の感覚を確かめている。
「すごい、本当に治った……。」
「ほら、手だけじゃなくて、顔も見て。」
ベルが手鏡を渡した。鏡にはヴェロの傷ひとつ無い、左右対称の顔が映っていた。口をポカンと開けて、左頬を触っている。
「うわぁ……。」
ヴェロはただただ感嘆している。
「あ、神経も治したから、近いうちにまた歩けるよ。」
「本当ですか!」
「おう、リハビリ必須な。」
「足の感覚が……ある。」
俺たちは久々に見たキリアの回復に対する新鮮な反応をにこにこしながら見守るのであった。
「本当にありがとうございます。」
怪我が治った喜びもひとしおに、ヴェロがキリアにお礼を言う。
「気にすんな。これからずっと一緒なんだから。」
キリアもこんなに喜ばれると思ってなくて、ちょっと照れている。
「……っはい。」
そう答えるヴェロの顔は嬉しそうだったが、声色は少し暗い気がした。
きっと、前世の記憶がまだ残っているから、不安や寂しさがあるのだろう。でも大丈夫、しばらくしたら、そんな気持ちは消え失せる。
すると、ベルが、
「もしよかったら、今晩の夕食、食堂においでよ。一緒に食べよう。」
「いーじゃん、歓迎会だ。」
「いいんですか……。」
およ、いつの間にそんな話題に。
「もちろん。遠慮しないで。来てくれた方が皆喜ぶから。」
「そうなんですか。」
ヴェロが俺の方を向く。
「うん。」
大きく頷く。
自分がまだよそ者だと思っているヴェロには気を遣わせることになるが、是非とも他の皆とも会ってほしい。それに、慣れるのは速い方がいい。
「じゃあ、行きますね。」
「決まりだ。」
「俺が迎えに行くよ。」
ベルがお迎えに立候補した。
「いや、そこまでしてもらうのは……。」
「いーからいーから。」
「あ、はい……。」
気づいたら、ベルが歓迎会の話をまとめてしまった。
ベルのコミュ力はマジですごい。つくづく感心する。
すると、
『ルカー、帰ろう。』
ベルの思念が伝わってきた。挨拶も済ませて、食事の約束も取り付けて、満足したのだろう。
『わかった。』
すぐに返事をする。俺も満足というか、ちょっと疲れた。
「うーん、ずっとここにいるのもなんだし、そろそろ行くわ。」
返事の後すぐにベルが切り出した。
「うん。」
「俺も。」
「あ、キリアもありがとう。」
「ありがとう兄さん。」
「ありがとうございます。」
「いいってことよ。」
キリアがちょっとカッコつけたように応じる。
「また迎えに行くから、それまでゆっくりしてて。」
ベルがヴェロに別れを告げる。
「じゃーね。」
「はい、また後ほど。」
ヴェロが兄さん達に軽くお辞儀をする。
「バイバイ。」
俺が手を振ると、ヴェロも笑顔で手を振ってくれた。
部屋を後にして、廊下に出る。
「ベル、この後どうする?」
「メアに会いに行こっかな。」
報告に行くのか。俺も行きたい。
「えっ、いいなあ、俺も行く。」
「一緒に行こう。」
「キリアは?」
ベルが尋ねる。
「俺はいいや。」
「そう、じゃあまた後で。」
あっさりした返答。
「じゃあね。」
「バイバイ。」
キリアの背中を見送った後、俺はメアのいる部屋へと時空を繋ぐ。
空間に開いた切れ目を通った先に、彼女の存在を感じる。俺らは吸い込まれるように『歪み』へ足を踏み入れる。
今日はここまで、またいつか。
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