#23 イーシャの手記 12月12日2138年
中央街に着いた。門番に身分証を見せて、街の中へと入る。
中央街はずいぶんと久しぶりに訪れたように感じる。
少し走ると、大柄でトレンチコートを着た男が、前方に立ちふさがる。
私はクラクションを鳴らす。それでも、男は動じる様子はない。
男は近づいてきて、仕方なく私は車を停めた。車内の何かを確かめるように目を配る。
車内に緊張が走る。
「何か?」私は男を威圧するようにそう聞いた。
男は気にも留めていないようで後部座席に座っているウルフに注意を向ける。
「ウルフ・ティモシーだな」男はウルフにそう聞いた。
「ああ? なんだ、お前……」ウルフがそう言いかけると、男はコートの懐に手を入れる。
銃! とっさに判断した私は、アクセルを思いっきり踏みつける。
男は背後から銃を何度も撃ってくる。一発がリア柄リアガラスを貫通して、車内に飛び込んでくる。
男はみるみる内に小さくなっていった。スウィフトとウルフは背後の男をのぞき込んでいる。
「とんでもないことになっちゃったね!」スウィフトはそう叫んだ。
「なんだアイツ! 俺の顔見るなり、殺そうとしやがった!」
「いいから、伏せてろ」指名手配犯を乗せているんだ。こうなることは想定できたじゃないか。舌打ちをする。
「悪いな、変なことに巻き込んでしまって」助手席に座るスウィフトに謝罪をする。
「いいよいいよ。こんな体験、めったにできるものでもないし。刺激的だよ」
どうもこの男はつかみどころがない。「……一旦、あなたを下ろそうと思う。それでいいな?」
路地裏に入り、スウィフトを下ろす。スウィフトは「助かったよ、どうもありがとう」などと丁寧さを欠かしていない。
私はそこから、歩いて、表へと向かった。走って追ってくる男。銃を構えて、こう警告した。
「私は警官だ! 今は指名手配犯の護送中だ! これ以上追ってくるならば、撃つ!」
男は足を止める。手を挙げて、近づいてくる。「銃を置け」男はおとなしくそれに従った。少々、意外だった。理性が働いていることを確認した。それとも、なんらかの攻撃手段を残しているかもしれない。私は警戒を解かなかった。
「こいつに用件か?」私はあごで路地裏の方を指す。
「そいつ、ウルフ・ティモシーは俺の妻を殺した。俺はかたき討ちに来た」男は冷たい目でそう言った。
「こいつは、連続殺人の真犯人でない可能性がある。そう言っても、こいつを殺そうとするのか?」
「……」男は、目を丸くした。「……反抗する気はないようだな。来い。公務執行妨害で逮捕する」
私は銃を構えたまま、男に近づく。何かを探るように、路地裏に隠れている車の方を見ていた。印象的な赤い目だった。「本当に、奴は妻を殺してないのか……?」「その可能性は高い」「そうか……」男は目を閉じ、諦めたような、そしてどこか安堵しているような表情をした。私にはその表情の意味が分からなかった。男を車に乗せるとウルフが、
「なんだってんだよ、お前! いきなり撃ってくるんじゃねえ!」声を荒げる。
「悪かったな、人違いだったようだ」男は冷静にそう言った。そして、「? もう一人、助手席に乗っていなかったか?」「ああ、あれはただの同乗者だ。旅人らしい」「吟遊詩人だってよ。名前はスウィフトとか言ったかな」「奴か……」男はスウィフトのことを知っていたようだった。
「ん? 忘れ物か?」ウルフは後部座席に転がり込んでいた、革の表紙の手帳を拾い上げる。おそらく、スウィフトのものだろう。
「なになに……? 『愛の歌 第1章』……ケッ、あいつ、こんなの書いてたのかよ!」
ウルフが茶化したようにそのその詩を読み上げる。「悪趣味だぞ」私はたしなめる。
「まあ、まあいいじゃねえか。では改めて。愛の歌、第1章……」
光を持たない愚かな魚は 君を海に閉じ込めた
僕が君を出してあげようとも 君はそこから出ようとしない
君を太陽だと思ってるんだ
翼をもがれた哀れな鳥は 君を巣から放さない
僕が君を助けようとも 君はまた戻ろうとする
君を羽だと思ってるんだ
籠の中の君は そこが世界のすべてだと思っているんだね
そこは牢獄でしかないというのに
君に君のことを教えたい
君の外側を 君にすべてを教えてあげる
僕に君のことを教えてくれ
君を裏返して 君のすべてを知りたいんだ
僕が君を自由にしてあげたい
――――吟遊詩人 スウィフト
(あまり出来が良くない。次の着想を早く得たい)
「……だとさ。なんだこれ、良く分かんねえな」ウルフはそんな感想をいう。詩に対する素養のない私もそう思う。
だが。男は。
「そいつは……スウィフトはどこへ行った」
眉間に深く怒りを刻ませ、目の色は焔の様に紅かった。
「……何か、気になることがあるんだな?」
私は慎重にそう聞いた。車を表通りに出し、車を走らせる。
「犯人は、奴、スウィフトだ」
「いったいなぜ……」
「いいから、奴の行く先を教えろ!!」
怒号が発せられる。
「トワイライトムーンじゃねえか? アイツ、バーテンの女を「狙っている」って言ってたしな」ウルフはそう言った。
「案内しろ!」私はハンドルを切り、アクセルを踏み込んだ。
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