#20 イーシャの手記 12月13日2138年

道中、おかしな人物と出会った。運転しているこちらの方に向かって大きく手を振っている。

はじめ、野党の囮かと思って警戒して近づくが、仲間が隠れられそうな物陰はない。

私はおそらく旅人だろうと思って彼に近づいて車を停めた。

長い金髪の優男だった。彼は屈託のない笑顔をこちらに向けている。旅人だろうと推察した。

「やあ、こんにちは、奇遇ですね」車から降りる私に彼はそう声をかけた。

彼はスウィフトと名乗った。そして、吟遊詩人をしながら、旅をしているのだと教えてくれる。

ずいぶんのんきな奴もいたものだな、と私は思う。

辺りを念のため警戒している私に青年はこう言う。

「よかった。中央街に帰ろうとしてるんだ。良かったら車に乗せてもらうことってできないかい?」

「私は警官で、任務中だ。護送中の犯人がいる。もし早急でなければ……」

「実は僕の中のミューテチウムが騒ぎ出してしまってね。薬も持っていないし、急ぎで帰りたいんだ」

私は、裏は無さそうだと判断して、車に乗せることに渋々承諾した。

車に乗せる前に、市民を怖がらせることはできないと思い、ウルフに手錠をかける。


道中、彼とは様々な会話をした。

助手席に乗っているスウィフトは話好きなものの落ち着いていて、好ましかった。

彼はちらり、と後部座席のウルフを見た。ウルフは仏頂面で、スウィフトを睨み返す。

「その人、どういった罪状の犯罪者なんですか?」

「市民に捜査の内情を伝えることは固く禁じられている」

「固いですね……。――おや、もしかして、指名手配犯ではないですか? あの連続殺人犯の……」

スウィフトは、初めから気づいていたようだ。悟られないよう、私は警戒を始める。

「知っていたのか。まあ、街中にポスターを貼っているから、無理はないだろうな」私は当たり障りの無い言葉を選んで話した。

「よかった」スウィフトはほのかに笑んだ。私はなにか違和感を感じる。

「そうだな。これで、中央街の住民も安心して寝られるだろう」

私はそう言いながら、その笑みの意味について考える。安心感がこぼれたというより、どこか不敵な笑い方だったように感じられたのだ。

私はさらに警戒レベルを上げることにした。探りを入れてみることにする。

「この犯罪は今、どんな風に報じられているんだ? 中央街の状況が分からなくてな」

スウィフトは真顔になって、「中央街では、今、連続殺人が止まっているよ。報道では、ほとぼりを冷ますために殺すのをやめているんじゃないかって」

「そうか……」

そうそう、とスウィフトは話を続ける。

「中央街といえば、最近、気に入った店ができたんだ。トワイライトムーンってバーなんだけれど、知ってる? 行きつけにしようと思ってるんだ」

話をそらされた気がする。「知らないな……」私は簡潔に返事をする。

「知ってるぜ、その店」今まで黙りこくっていたウルフが口を開いた。「崩壊前は高級バーだったけれど、今では質の悪い酒、質の悪い客が多くて、バーテンも困ってるって言ってたな、そういや」

「お前は黙ってろ」私は一蹴する。

しかし私の言葉は無視され、二人は話に花を咲かせ始めた。

「ははは。確かに、あなたのような犯罪者が出入りしていたなんて、質の悪い客ってのは本当かもしれないね。でも、そんな雰囲気は感じなかったけれどなあ……。」

「皮肉っぽい兄ちゃんだな……」ウルフは顔をしかめた。「まあいいや。でも、その店のウリは上品さでも、客の質でもねえ、そのバーテンだよ。とんでもないべっぴんだったろ?」

「ああ……。本当にそうだったね……」スウィフトは物思いにふけるように遠い目をした。「僕もアプローチをしてるんだけれど、なかなかなびいてくれないのさ。逆にそういうところがたまらないんだけどね……」

「ガハハ! 兄ちゃん、分かってるなぁ! あのバーテンも、あんたみたいな色男に惚れないってのも、ポイント高いぜ、ホント!」

「ははは、まあ、僕としては婦警さんもストライクゾーンだけれどね。この任務が終わったら、僕と愛を語り合わないかい?」私は無視することにした。

「ダメだダメだ、こいつには心に決めた男がいるんだ!」

「そうか、残念。バーテンダーさんを狙うことにするよ」

何の話してるんだ、こいつら……。私は痛くなった頭を押さえていた。


12月11日2138年 晴れ 中央街まで34マイル(もう少しだ)

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