#16 エルマンの取引記録 №111

この日、俺は怪異に襲われた。巨大な黒い影が飛んできて、目の前に落下した。

2メートルはあるだろうか。大型の昆虫みたいな形をした化け物で、俺たち2台のジープの前に立ちふさがった。

俺はすり抜けろ! と運転手に指示する。ジープは蛇行して腹の下をかいくぐろうとしたが、肢に阻まれた。

俺は舌打ちをする。後ろのジープは停まろうと減速、応戦しようとしたが、俺は大声を出す。停まるな! 動き続けろ!

慌てて後ろの運転手がハンドルを切る。その直後、鎌状の前肢が後ろのジープのいたところに突き立てられる。

俺たちは横を突っ切って逃げる。怪異は俺たちを逃がす気なんてさらさら無いようで、翅を動かして追いかけてきた。

「エルマンさん! 何とかするしか無いですよ!」運転手は叫んだ。

クソッ。俺は悪態をついて、トランシーバーに手を伸ばす。

「走りながら応戦だ!」俺はそう指示を飛ばす。

すぐさま後部座席にいた護衛の一人がライフルを担いで、怪異に照準を定めた。

銃声が響いた。俺は窓から身を乗り出す。怪異は構わずこちらを追跡してくる。

「こんな状況じゃ、当たらないっス!」トランシーバーから悲鳴のような報告が上がる。

何とか、近くのコロニーまで逃げて、撃退してもらうか……?

ダメだ、この辺りには廃墟しか無かったはずだ。それにコロニーがあったとしても、こんなヤツに対抗できる戦力を持っているとは限らねえ!

ちょうどその時、前方から車が土埃を上げて合流してくるのが見えた。ターコイズブルーのミニクーパー。

俺たちと並行に走るように減速して、その車から声が聞こえた。

「協力が必要か?」運転手はメガネの女だった。片手にメガホンを持って、悪路で細かくハンドルを切っている。器用な女だな!

俺は大きくうなずいて、女に協力を仰いだ。

女はなにやら後部座席に顔を向けて、何かを怒鳴っている。そして、出てきた体格のいい男と運転を交代した。

窓から身を乗り出して、ハンドガンで、射撃。何度も撃っているようだが、効果はなさそうだった。

「殻が硬すぎて、効果無いみたいです!」後ろを確認していた護衛が、そんな声を出す。

すると、女は男になにやら指示をした。ミニクーパーは俺の車とギリギリのところまで近づいて来る。

女は「何か、武器は無いか!?」そう叫んでいた。

護衛がとっさに「手榴弾があります!」と答えたが、俺はたしなめる。「バカヤロウ! 貴重な商品だろうが! それに飛んでるヤツに当てるなんて、無理に決まってんだろ!!」

「あるなら、くれ。どうした。早くしろ!」女は怒鳴った。

俺は舌打ちをする。くれてやれ、そう護衛に伝えると、女に差し出す。

「無駄にしないでくれよ……。頼むから」

「要は空中で爆発させればいいんだろ」女はそういうと、手榴弾のピンを抜いて、怪異に向かってすぐさま放り投げた。爆発タイミングの調整も知らねえのか、この女……。そう思った。

一瞬、女は目を閉じて呼吸をしたかと思うと、銃を構える。怪異にコツン、手榴弾が軽くバウンド。

女は引き金を引く。

耳をつんざく爆発音が鳴る。

爆発で体を抉られた怪異は、地面に墜ちた。

「この人、手榴弾に命中させやがった……」護衛が信じられない、といった顔でそう呟いた。

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