#17 イーシャの手記 12月8日2138年
道すがら、怪異に襲われていた一行を助けた。
怪異を撃退した後、路傍に車を停めて、私たちはキャンプをすることにした。
彼らは中央街のエルマン商店の者だという。その中の店主らしき中年の男が慇懃に礼を言う。
「どうも、私はエルマンという者だ。今回は助られたよ。本当にありがとう!」
深々と頭を下げるエルマンに対して、私は手の平を向け、それを制止した。
「私はイーシャ。警官として、市民を助けたまでだ。何もそこまで……」
エルマンは「あんた、警官だったのか!? ……どうりで銃の扱いに長けていたわけだ」そう言い、目を丸くしている。エルマンの護衛の者たちは「警官が自分から助けてくれるなんてな……」などと口を交わしている。
「そんなに珍しいか?」私は苦笑した。彼らの言いたいことはわかる。今の時代の警官といえば、ほとんどが中央街でしか機能していない。そして、しかし汚職にまみれている。市民たちにとって、警官は難癖をつけ金をむしり取る、腐った政府の犬だった。そんな風に思われているのも自覚していたし、直接言われたことだってあった。キースのような志ある警官は、数少ない。
キース……。ちらりと、彼を殺した車に乗っている犯人の方を見る。
そういえば、とエルマンは口を開く。「彼は来ないのかい?」ウルフのことだろう。
「ああ、奴は護送中の……――囚人だよ」私は奴を指名手配犯とは言えなかった。まだ、私の中に迷いがあるのだろう。奴が本当に指名手配された連続殺人犯なのかを判断しかねているんだろう。きっと。
「へえ、それにしては、手錠もつけずに自由にさせてるんだな」エルマンはこちらの反応を窺うように上目で見てくる。
観察力のあるやつだ……。厄介だな、と思う。
「まあな、変異で手錠の意味が無いんだ」私はこちらの状況を見定めようとする態度に気づいてないフリをした。
「へええ……そうかい、ま! そんなこともあるわな。――ところで、何か欲しいものは無いかい? 物資なら、なんでもあるぜ!」
「ああ、じゃあ、食料を見せてくれ。――あと、タバコはあるか?」
「あるよ。見てってくれ!」エルマンは陽気に商品を広げだした。
缶詰、それに弾丸をまとめて買った。エルマンは「命の恩人だ。安くしてやるぜ!」などと言っていたが、安くなっている気はしなかった。
買い物を終え、私たちは解散した。エルマンはこちらに大きく手を振り続けていた。陽気な奴だ、と思った。
タバコは、お目当ての銘柄は無かったので、買わなかった。中央街もだいぶ近くなっているし、間に合うだろう。
私は運転席に乗りこむと、ウルフに聞いた。ずっと気になっていた私の中の疑念。エルマンとの会話の中で、私はこいつが連続殺人犯ではないのではという疑いが大きくなっているのを感じたためだ。
「一つ聞く」私はそう前置きをした。「お前は……指名手配されてる罪状――つまり、中央街での連続殺人には関与していないのか?」
「……あぁ。本当に俺は連続殺人犯じゃねえ。ただのヤク中だ」
私達は車の中で会話をしている。バックミラーに映った表情は、いつになく真剣だった。
「……それは本気で言っているのか?」
「あぁ。神に誓って、本気さ。なんなら、残りの人生をかけたっていい」
「死刑囚に人生をかけられてもな……」
沈黙。私は、ウルフの言葉をどう解釈すればいいのかわからなかった。
ごまかそうとしている可能性? ただの演技? それでも、嘘をついている雰囲気は感じ取れなかった。
窓際に肘を置いて、顎を撫で、しばらく思案する。
先に口を開いたのは、ウルフの方だった。
「……俺はよお、怪異に親を殺されたんだ。それで、生き方も分からねえまま、中央街に行った。そして、チンケな薬の売人をやりながら、窃盗を繰り返して、なんとか生き延びていた。俺は俺の人生を恨んでいた」
私は黙ってその話を聞いてみることにした。
「ある日、空き巣に入ったら、隣の部屋で、悲鳴が聞こえた。見つかったのかと思って覗いてみると、男が女を刺していた……。ヤバいと思った俺は、すぐさま逃げ出したさ。その三か月後ぐらいだったかな。俺の顔が指名手配されていたのは。そして俺は中央街から逃げ出した」
「そして、その道中、警官を殺した。そうだな?」
「……ああ。それは本当だ。認めるよ」
「ちなみに聞いておく。キースの最期の様子はどうだった?」
「そうか、あんたは……」キースは何かに気づいたような表情をする。
「……奴は、良い警官だった。奴が近づいてきて、俺が無抵抗だとわかると、奴は身の上話を聞いてくれた。そしてキースの境遇も語ってくれた。「好きな女を残して来たんだ」ってな。すごく嬉しそうに語るもんだから、奴がなんだかまぶしく見えた。俺たちはちょうど今みたいに車の中で話をしていた。俺はその時も無罪を主張していたよ。キースは真剣に俺の話を聞いてくれた。その時、別の警官がキースの手柄を横取りしようと、近づいてきた。俺の身柄を奪おうとな。揉めている隙に手錠を外し、キースを人質にとった。そして銃を奪って俺は警官を殺して逃亡した。死ぬ間際、キースは女の名前を呼んでたよ。イーシャ、すまない、帰れそうにない、ってな」
再び、沈黙。
長いため息をついた。
私は、最後のワンパックの、マルボロメンソールを一本、ウルフに差し出した。
「やるよ。――まだ完全に信用しているわけではないが、一度上に掛け合ってみるのもいいだろうな……。それで覆らなければ、そこまでだ」
「……すまねえな」ウルフはタバコを両手で受け取る。
「私がお前に気を許すのは、そのタバコに火が付いている間だけだ。その間だけ、私はお前に同情しよう。しかし、お前は人を殺したんだ。それだけは忘れてないからな」
「ああ……」ウルフはそう言って、タバコに火をつけた。
12月8日 小雨 中央街まで451マイル
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