#15 バー・トワイライトムーンの監視カメラの映像記録 12/07/2138 22:24:56~23:56:01

*入り口のベルが鳴る音*

「いらっしゃい……あら、また来てくれたのね」

「ああ、来たぜ、べっぴんさん!」

「相変わらず、口が甘いのね……。どうぞ、カウンターの方へ」

「へへ。顔は覚えてくれたようでなによりなにより。……名前は覚えてくれたかい」

「……ジャック・ダニエル」

「それは酒の名前だろうが!」

「ごめんなさい、覚えてないわ」

「顔と酒は覚えてるのに名前は覚えてないのかよ……涼しい顔しちゃって。エルマンだよ」

「ごめんなさいね、エルマンさん。どうも苦手で。――ご注文は?」

「……いつものジャック・ダニエル、ダブルで」

「かしこまりました」


*入り口のベルが鳴る音*

「いらっしゃい、あら、こんばんわ」

「やあ、また来たよ。なんだい、今日も閑散としているじゃないか。いつもは混んでるって言ってたのに」

「どうも最近は寒くってね……。お客さんの入りがよくなくて困るわ」

「崩壊前の店のことを思い出せていいって言ってたじゃねえか。高級バーだったあの頃が懐かしいってな。ま、俺も商人だから気持ちはわかるけどな」

「あ、どうも……。こちらの方は……」

「そのネエちゃんに名前を聞いても無駄だぜ。俺はエルマンだ。商人をやってる。物資と情報ならなんでも扱いますよ!」

「あ、あの中央通りの……。僕はスウィフト。根無し草をやっています」

「? あ、ああ、どうも。自分で根無し草を自称するかね」

「自嘲を込めてるのね。自分を客観視しているという表明でもあり、自分に対してのプライドを隠しているの。いわば予防線ね。吟遊詩人らしいレトリックだわ」

「よくわからん……。兄さん、吟遊詩人なのか。このご時世にねえ……」

「分析してくれてどうも。前にある女の子に言われちゃったんだ。面と向かってね」

「まあ、お二人とも、とりあえず座りなさいな」

*テーブル席に座る二人の男が映されている*

「兄さん、吟遊詩人ってことは、あちこち渡り歩いてるんだろ? 何か面白い話はあるかい」

「面白いことかぁ……。そういえば、変わった二人組とこないだ会ったよ。西の方のダイナーで」

「ほうほう」

「少女と紳士の二人組なんだけれど、親子じゃなくって……。なんでも、紳士の奥さんのかたき討ちをする旅をしているそうだ。ふふっ、少女は紳士の方を「相棒」だなんて言ってた。元気で、可愛らしかったなぁ」

「……その少女って、名前を聞いたか?」

「確か、アリエちゃんって言ってたような……」

「その二人、俺も会ったぜ! なんだよ、狭えなあ、世間!」

*身を乗り出して肩を組もうとする男が映る*

「そんな目で私を見ないで。私には止めようもないわ」

「そんな嫌がるなよ! 友人の友人も俺にとっちゃ友人だ! 乾杯しようぜ! 乾杯!!」

「この人、苦手だ……」

*高らかに乾杯の音が鳴る*


「犯罪者の情報ねえ……。そういえば、指名手配されていた殺人犯――ああ、ここにもポスターがあるね。――が、南の方で見たって話を聞いたことがある」

「ほう。あの連続殺人犯がか。ひと時、中央街をにぎわせてたなぁ」

「女性しか狙わないって連続殺人犯ね。殺した後に、心臓を引きずり出してたらしいわね。心臓に必ず一口食べた痕が残されていた……」

「デイルさんの奥さんも、心臓を喰われていたらしい。その時の情景を、いまだに夢に見るって」

「おいおい、デイルの追っかけてるのは連続殺人犯かよ! そいつは知らなかったぜ!」

「だと思うよ。――すぐに中央街を飛び出したって言ってたから、指名手配犯の顔も名前も知らないんじゃないかなあ。指名手配されたの、つい最近の話だし」

「……情報、ありがとな。これは情報料だ。遠慮せずにもらってくれ」

「頂戴いたします」

「マスター、そこのポスターくれ、デイルにやるから」

「ん」

「……なんだ、その手」

「ポスター代」

「しょうがねえなぁ……」


「なんだよ、もう帰るのか」

「僕の中のミューテチウムがうずきだしたんでね。薬もないし、帰ることにするよ」

「薬ならあるぜ? 売ってやろうか」

「いえ、自分で抑える方法を知っていますから」

「そんな方法があるのか? 教えてくれ、情報料は出す」

「いやあ、多分再現性はありませんよ。おそらく、僕の体質の問題なので」

「なんだい、そうか……」

「ではまた」

「またな!」

*入り口のベルが鳴る音*


「はぁ……。騒がしかったわね」

「どこがだ? 物静かな青年だっただろう」

「あなたがよ」

「悪い悪い。つい、仕事モードがONになっちまった。あの兄ちゃん、多分いろいろ知ってるぜ」

「そういう雰囲気を匂わせてるだけじゃないの? あなた、利用されるかもよ」

「そうかな。ま、WIN-WINの関係を目指すさ。――情報が嘘かも分からねえ。確かめに南に行ってみるか……。じゃあな」

「はい、ありがとう。またいらしてください」

「おう」

*入り口のベルが鳴る音*

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