#10 アリエの日記 12月1日2138年

今日は酒場で夕食をとった。酒場は賑やかで、「俺たちの町を作ろうぜ!」「これからは市民の時代だ!」なんて叫びあって乾杯を交わしてた。

エルマンって商人のおじさんと少し、しゃべった。彼は私を励ましてくれて、私もやるぞ! って気分にさせてくれた。

そのエルマンさんと入れ替わりに、入り口のチャイムが鳴り、黒いフードを目深にかぶった男が入ってきた。

男は店員さんに話しかけられたけれど、黙って私達の横のテーブルにドカッと座った。店員さんは肩をすくめた。

私はなにか嫌な予感がした。男はなにやらブツブツとつぶやいている。店員さんが注文を取りに来る。男は「ビ、ビール、ビール、ビール、ビ、ビール」と何度もくりかえしていた。

その時、フードの端から、男の顔が見える。やせこけた顔だった。男の目は、ギラギラと見開かれ、見ていた私と目が合う。男は愛想笑いするように口の端を上げた。目は笑ってなかった。

ねえ、とおじさんに話しかけるけど、黒い犬に噛まれた腕が痛むようで、傷口を抑えていた。指の間からはボコボコと傷が動いている。顔中に脂汗をかいていた。男の様子には気づいてなかった。

男はゆらりと立ち上がった。私はその時、お父さんやお母さんを殺した細長い化け物の姿を思い出した。

「みんな伏せて!」私は叫んで、同時におじさんに飛びついた。何かがすごい速さで飛んで来て、私の髪の毛を掠めて揺らした。

私達は床に倒れ込んだ。

テーブルの端から覗くと、男の上半身からは黒いトゲがいくつも伸びていて、壁や店員さんやお客さんを貫いていた。

店中からいくつも悲鳴が上がる。逃げ惑う人々。男はその人たちも次々に犠牲にしていった。

「伏せてろ!」おじさんは私にそう言い頭を押さえつける。おじさんは銃を取り出した。

男はそれに気づいておじさんの銃を腕を伸ばしてトゲで弾いた。

私は、やるしかないと思って、懐の銃を取り出し、男に狙いを付けた。

後は引き金を引くだけ。ところが、うまく力が入らない。

指先がぶるぶる震えて、歯の奥がかちかち鳴った。

男と目が合う。今度は満面の笑みだった。

早く、早く撃たなきゃ!

分かっていても、怖かった。私が一人の人間を殺めることが。私の決断で、人生を終わりにさせることが。

できなかった。

男が腕をこちらに向ける。

その時だった。

おじさんが私に覆いかぶさって、一緒に引き金を引いてくれた。

その瞬間、男の頭は破裂した。

おじさんは「まったく……予備の銃をくすねたな」そう言って、乱暴に私の頭を撫でた。


デイルおじさんは「なんでわかった?」と聞いた。

私は「いやな感じがしたの。あの時、化け物と会ったときみたいな……」そう答えた。

「こいつは薬物ジャンキーだな……。おそらく、ミューテチウムから精製された薬物を摂取していたんだろう」おじさんは無表情のまま、死体を眺めていた。

そして、ぽつりと私にありがとうを言った。

「どう? 私、役に立つでしょ?」と言った。おじさんはふっ……と微かに笑った。

「ああ、役に立つよ……。俺の命を救ってくれるぐらいにはな」

「だったら私のこと、相棒だって認めてくれない? ただの保護対象じゃない、立派な相棒だって」言ってやった! 言ってやった!

おじさんはまた微かに笑って、

「しょうがないな……」そう言って手を差し出した。私達は握手を交わす。

「これからも頼むよ」おじさんはそう言った。

「おじさんの笑顔好きだな~。ねえ、もっと笑ってよ」って調子に乗って言ったら、おじさんは困った顔をしていた。

なんか、おじさんの表情、分かってきたかも? あんまり表情動かさないけど、今までも笑っていたりしてたのかもしれない。

ねえ、と私は話を切り出す。私をもうどこかにやろうとしないで、って。

「そうだな……。無理に住むところを探したりはしない。約束する。俺の復讐につきあってくれ。頼んだぞ、”相棒”」

その言葉を聞いて、私の顔が熱くなるのを感じる。自分でも、よくわからないぐらい、興奮した!

よし、これから、おじさんの奥さん殺した犯人を見つけて、さっさと警察に送ってあげよう!

私がおじさんを守る。なんたって私はおじさんの”””相棒”””なんだから!

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