#9 エルマンの取引記録 №110

俺たちはヘルセというコロニーに到着した。あまり手を伸ばしていない、中央街から南側の方だ。

そこでは、高いバリケードを築いていて、彼らの防衛意識の高さを感じた。

こういうところでは怪異に対する警戒心が強いからな。銃弾も多く積んでいて良かった。きっと、買い取ってくれるだろう。

他の質素なコロニーでは、昔ながらの村の景色が続いていることもある。

仕入れ商品の質に期待しながら、警備兵に”チップ”を渡す。

門が開いた。よし、これから商売の始まりだ! まだ見ぬオタカラがあることを夢見て!



……なんだよ! 期待外れだな!

このコロニーでは、以前から町の入退に自由が利かない制度があったり、税金が高かった。住民たちは、怪異からの身を護るためならば仕方ない、という意見だった。しかしその税金の使い道が、お偉いさんの私腹を肥やすために使われていたと内部からリークされ、住民たちは怒り狂ったそうだ。

住民達の大半が暴動を起こしたり、勝手にコロニーから出て行ってしまったことで、治安は悪くなり、商品の流通を滞らせ、今ではこの土地に愛着を持った変わり者しか残っていない、と言う話だ。

……まあ、確かに少し不思議に思うことはあった。門の警備兵が、バリケードの規模に比べて、みすぼらしいと言うか、汚れた私服にヘルメットとライフル、と言ういで立ちだったからだ。

自治が上手く機能しているコロニーで、制服が支給されていないというのはおかしな話だった。まあ、そのときはあんまり気にしてなかったんだがな。

暴動を起きたのも、つい一週間前の話らしいし……。

俺も商人としての勘が鈍ってきたかな……。

住民たちに銃弾と、食品だけを売って、さっさと食事にありつくことにする。



酒場では奇妙な男を見た。

店の中だというのに、トレンチコートを着たままで、その端々はすり切れていたり、赤黒いシミ(血か?)が滲んでいた。

35歳前後ぐらいの年齢か? 黒い短髪の男で、後ろに流していた。印象的だったのは、そのまなざしだった。

眼光は赤く、狂気的な色合いのわりに妙に澄んで見えた。

男は少女――14、5歳くらいだろうか――を連れていた。親子ではないだろう。おじさんと呼ばれていた。

護衛たちは彼の噂話を始めた。人殺しの目だ、だとか、売春婦にしては若い、だとか。

俺は気になって、男のテーブルに着いた。(護衛たちに止められたが、気になると居ても立っても居られない性分だ。仕方ねえ!)

お兄さん、多分この町の人じゃないね、と俺は話しかけた。

男はちらり、と俺に目をやり、嫌がるような顔をした。

俺がどうするか考えあぐねていると、少女が「おじさん、無口なんです。ごめんなさい」と言う。

俺は一緒に座っても? とテーブルに付いていた空きイスをちらりと見る。意識的に。

「あ、どうぞ、どうぞ」屈託のない笑顔で少女は言った。なんだよ! 男と比べてずいぶん素直な子だな!

男は「おい……」とか言ったが、少女も俺も構わなかった。


俺は身の上話を聞いた。男はデイルと言い、奥さんを殺した殺人犯を追っていると言う。そして、その道中、アリエという少女を保護し、彼女を保護してくれる場所をも探しているという。

じゃあ、お嬢ちゃん、俺のもとで働くか? 俺がそう聞くと、デイルは「商人とか言った。どうせ奴隷商人だろ。そんな奴に任せる気はない」そう言った。失礼な奴だ。

お嬢ちゃんもお嬢ちゃんの方で、複雑そうな顔をしていた。きっと、デイルについていきたいんだろう。

そう悟った俺は無理に誘わず、話題を変える。

デイルの目について、俺は聞いた。やはり、ミューテチウムによる変異だった。なんでも、元はというと男は視力が無く、反撃した際に犯人にの返り血が、顔にかかり、このような目になった、そういう話だった。

まあ、答えてくれたのは、アリエちゃんの方で。デイルは黙ってビールをちびちび飲んでいた。

しばしば男はアリエちゃんを軽く睨んで、さも「余計なことを言うな」と言いたげだったが、アリエちゃんはおしゃべりな性格らしく、デイルと、自分の身の上をいろいろ教えてくれた。

彼女は、悩んでいるらしい。おじさんの役に立てていないこと、ただのお荷物なんじゃないかと感じていること。そして、自分も銃の扱いを覚えたいこと。

デイルは「そんなことは気にするな。ただ、付いてくるだけでいいんだ」と言った。アリエちゃんは暗い顔をする。

俺は、そんなアリエちゃんにこう言った。「おじさんの言っていること、分かるか? ただいるだけでいいってのは、その通りなんだ。それに、単純におじさんの真似をする必要はない。アリエちゃんには、アリエちゃんにしかできないことがあるって話だ。おじさんができなくて、アリエちゃんにしかできないことが。みんなそうやって補いながら生きていくんだよ」

言ってやったぜ! ちょっと良いこと言い過ぎたかな? ドヤ顔を抑えるのが大変だったぜ!!

ポカンとしているアリエちゃんに面白かったよ、そう言い、金を少し渡す。

彼女はきょとんとしていたが、情報料だ! そう言い、ニカッと笑って見せた。

護衛と一緒に店を出る。出るときに黒服の男と肩をぶつける。

シルエットからはわからないが、そいつからは血の匂いがした。

くわばらくわばら。


■成果

〇物資

・婦人服×4

・紳士服×6

(シケてやがる!)

〇情報

・ヘルセの治安悪化、暴動、人口流出について

・殺人犯を追っている男と少女の話

―殺人犯についての情報は、高く売れるかもしれない。

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