第5話:作戦前夜
レインは格納庫で愛機――イーグル・ストラトス
「反応が若干だが鈍い。もう少し何とかならないか?」
「何とかやってみます。恐らくフレーム周りですが、それでも限界はあります。近代改修していると言っても、この機体は10年以上も前のものですから。作りが古い以上、限界値も分かり切っていますよ」
「それでもやってもらわないと困る。そうじゃなきゃ、こちらも無理を叶えられないぞ」
「……作戦は明日ですからね。そう言われれば、こちらも無理するしかありませんね」
――作戦、明日だったのか。
それは聞いていない情報だと、レインは眉間に皺を寄せながら、その後に欠伸をする。
集中せねばと思っても、どうも気が抜けているとレインは我ながら悩んだ。
明日、死ぬかもしれない。
普通はそう思うのに、戦争に慣れ過ぎたのかレインは何も感じなかった。
――AS部隊は俺を含めて6機か。間違いなく拠点防衛のエースが配置されている筈だ。なら、相手は俺がするしかない。
「もう夜だな……」
「えぇ、最悪の一日でしたよ。世界が変わったんですから」
そう言うメカニックの顔は、悲しみや怒りで複雑な表情になっていた。
「……そうだな」
そしてレインは、それを見てもそれしか言えなかった。
まさか時間だけなら24時間も経っていないのに、世界が悪く変われば悪夢に思えるだろう。
だがレインは戦争に慣れてしまっていた。
始まったなら仕方ない。そうすら思えていた。
けれど、そう言えば相手から多少の反感――というより人間性が冷たいとか、そう思われるからと口にはしない。
何より、そういうネガティブな発言が出た以上、相手のメンタルもレインは分かっているつもりだから。
「俺ら……明日、死ぬんですかね?」
その言葉にレインは静かに深い息を吐いた。
既に話はメカニックも行っているのだろう。
――既存の戦力だけで敵基地攻略。
新型戦艦があるとはいえ、主力であるASが6機だけ。
旧式4機・新型1機・旧式の近代改修機が1機だ。
歩兵部隊は補充されたが、それ以外は足りていない。
だが、レインは特にその事には気にしていなかった。
何故ならば、そんな事は前にの大戦で慣れているからだ。
「君達は死なないよ。俺が守るから」
だからレインは昔と変わらず、嘗ても言った言葉を再び口にした時だった。
「その言い方、気に入らないんですが?」
イーグルのコクピット通路に、カレンがやって来て不機嫌そうに言ってきた。
自分達は戦力じゃない。そう言われた様な気がしたからだ。
しかし、彼女の突然の登場にもレインは驚く事はなく、ただ噛み付く様な若い態度に笑っていた。
「明日が怖くないのか……お嬢さん?」
「あっ! またお嬢さんって言った! その呼び方、止めてください!」
「名前を知らないんだ。仕方ないだろ」
お嬢さん呼びにプリプリ怒るカレンへ、レインは作業をしながら相手をする。
それを見て、まるで小馬鹿にされている様に感じたカレンの顔は、更に赤くなった。
「じゃあ覚えてください! カレンです! カレン・レッドアイ少尉です! これでも軍学校主席なんですからね! だからエクリプスも任されてるんです!」
「それは失礼した……レッドアイ少尉」
「カレンで良いです!……えっと、その――」
「レイン・アライトだ。元死人で、今は階級が食堂係から、中佐に上がったらしい」
レインの言葉に、周囲は一瞬、静かになった。
カレンも思わず言葉を失い、メカニックもやっぱりそうなのかと、何とも言えない顔をする。
「本物……なんですよね? 生きていたんですよね?」
「そうだ」
「どうして生存を隠していたんですか? 私達は皆、貴方は死んだと聞いていたんですよ?」
「俺が出した条件に対して、軍が言った条件がそれだったんだ。――俺は平和の中で暮らしたい。ならば軍は、俺を死んだ扱いにして、軍所属のまま新しい戸籍をくれた。まぁ仕事はずっと食堂係で平和だったがな。――少し右腕の調子が悪い。見てくれ」
「あっ、はい……!」
死んだと持っていた英雄――レインの言葉に唖然としていたメカニックは、彼の言葉で再度我に返って機体の右腕部へと行ってしまう。
これで残されたのは、レインとカレンの二人だけだった。
「……互いに歳を取ったな相棒」
だがレインは愛機との会話――という名の独り言を言うだけだった。
そして残されたカレンは気まずくなり、やがて口を開いた。
「あ、あの……レインさ、いえ中佐は年齢は幾つなんですか?」
「26」
「……えっ!? 26って、ちょっと待って! 終戦が12年前だから……最低でも14!? 14でASに乗って、戦争に参加してたんですか!」
「それも流れでだ。好きで参加してなかったが、偶然と
「……その。申し訳ありません」
レインの言葉に、カレンは気付いたら頭を下げていた。
ただの他愛ない会話のつもりだったが、自身でさえまだ19歳だ。
なのに14でASに乗って、戦争に参加してたなんてと、カレンは申し訳なくなってしまった。
だが、そんな彼女を様子にレインは再び笑った。
「アハハ! 君は忙しいな。怒ったり、悲しんだり……まだ人間でいられている証拠だな」
「それって……戦争していると心が死ぬって事ですか?」
「――大丈夫だ。敵の相手は俺がする。君達は母艦を守るだけで良い」
カレンの質問に、レインはちゃんと答えず、代わりにそう言って彼女達に自分達の使命を教えた。
「連中はきっと、基地にエースを配備する。贅沢に使えるんだ。出し惜しみもしないだろう。そうなると、君達は生き残れない」
「……言い切るんですね」
レインの言葉にカレンはそう言い返すが、その通りだと思った。
今日の相手だった三大国家の元エースだったが、まともな戦闘になっていなかった。
レインがいなければ、自分は死んでいたのだろう。
だが、だからといって――
「決めた!」
「えっ? 何を――」
突然、叫ぶ様にそう言うカレンへ、レインは何事だと思ったが、質問に答える前に彼女はワイヤーを使って自身の機体――エクリプスの方へ行ってしまう。
「私だって弱くてもエースなんだから! だったらやれる事はやるわよ!――誰か! 暇なメカニックいたら調整手伝って!」
気合の入った声で周囲に叫ぶカレンに、メカニック達は唖然としていた。
それを見ていたレインも唖然としていたが、やがて再び笑い出した。
「アハハ! 凄い子だ……」
「本当ですよ。死に掛けたのに……本当に」
戻って来たメカニックも、どこか羨ましそうにしながら、そう言った。
「死なす訳にはいかない……」
「お願いします……彼女、死なせないで下さい。なんか、見てると元気出るんで」
「――全員だよ」
レインの言葉にメカニックは、えっ、と驚いていたが、やがて納得した様に笑みを浮かべながら調整を手伝った。
そして戦艦セルバンテスは、空中を飛びながら静かに本土へと出航していった。
目的地は――アンダーアス基地。
ここから最も本土内で近い基地であり、本土奪還の拠点となる重要基地である。
きっと敵のエースが配置されているとレインは思いながら、静かに愛機と共に準備をするのだった。
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