1章 VS黒布のストーカー3
……ここしばらく絡んでこなかったから、改心したのかな~なんて思ってたのに。
鬱陶しい。
本当に、鬱陶しい。
「さてさて改めてこんにちは。ひっさしぶりぃ~。寂しくしてたかぁ?」
大鎌を肩に担ぐように持ったネウロは、身体を左右にゆらゆら揺らしながら、笑いを多く含んだ口調で語りかけてきた。
この状況で可笑しそうにしていること、不愉快極まりない。
「……アクセス・メインメニュー」
ボクは無視して、ログアウトしようと、ウィンドウを呼び出した。
相手なんてしなくていい。
もう千咲もナナホシもいないのだから。
リアルに帰ろう。
「おいおいおい! 嘘だろ待てよ待てよ! 大事な用があんだよぉ!」
知るか。
話があるなら穏便なやり方で接してくればいいものを。
仲間が襲われ殺されるなんて乱暴な仕打ちを受けたあと、その流れでじゃあお話しましょうなんて、なるわけがない。
【ログアウト】と書かれたアイコンに触れようと、左手を持ち上げる。
「話を聞かねぇなら、ここにいた連中を皆殺しにしたように、ほかのヤツら、気が済むまで片っ端からPKすっぞ? いいのか? 剣王様よぉ~」
もうアイコンに触れるというところで手を止め、手を下ろし、ヤツを睨む。
「ここにいた人をって?」
「お前が来るまでここでず~っと待ってたんだけどなぁ? ぼ~っと待つのも暇すぎて暇すぎて、一人残らずヤッちまったんだよぉ。まずはここにいたヤツを全員。そのあとは、ここに来たヤツを一人、また一人。久々のログインだからなぁ? プレイの勘を取り戻すのも兼ねることができたし、イ~イ暇つぶしになったぜぇ~え?」
PK。
プレイヤーキル。
オンラインゲームで、故意にほかのプレイヤーを殺すこと。
ボクには理解できないことを、ヤツは好き好んでおこなう。
何が楽しいのか、まったく理解できない。
ゲーマーとしても、人としても。
プレイヤー同士戦い合い競い合うことがメインのゲームならまだしも、このVLDは違うというのに。
「……話って、なんだよ」
ヤツは本気でやる。
この辺りにいる人たちを、目に付いた順にPKしていくだろう。
そんな真似を許すつもりはない。
正義のヒーローぶる気なんて毛頭ないけれど、この世界を楽しんでいる一人のプレイヤーとして、純粋にプレイを楽しんでいる人たちがヒドイ目に遭うことを見て見ぬフリはできない。自分が嫌な思いをすることで避けられる悲劇なわけだし。
とはいえ、人格の腐っているヤツのことだ。ボクが言う通りにしたからって、用事とやらが終わり、ボクがログアウトしたあと、快楽殺人者のようにPKして回るかもしれないが。
「提案があるんだよぉ~」
「提案?」
「オレと一緒によぉ~お? VLDメインの動画投稿者にぃなろうぜぇ」
「……はぁあ?」
あまりに予想外すぎて、素っ頓狂な恥ずかしい声が出てしまった。
提案なんて真面なものでないことは予想がついていた。
でも、それを遥かに上回る奇天烈なものだった。
「オレ様よぉ。前科が付きすぎちまってぇ~、真っ当な職にゃあ就けないしぃ? でも生きてくには金。金金金っ。世の中っ金なんだよなぁ? ぅんでいろいろ考えた結果ぁ、そうだカズサきゅんと投稿者になろうって思ったわけよぉ~。VLD関連、視聴回数ヤバイし? なぁなぁ? グッドアイデアだろぉ~お? もちろんアカウントに入る金はぁ、お前にも分けてやるぜぇ? オレが七、お前が三っ! イイ話だろぉ~お? ヒヒッ。けってぇ~」
前科が付きすぎ?
真っ当な職に就けない?
……マジの元犯罪者なのか?
ネウロが前科持ちというのは、ナナホシを含むこの世界の友人たち何人かから聞いたことがある。確証がある、根拠がある、とは誰も言ってはいなかったたけれど。中には、ネウロ本人がそう喚き散らし他人を恫喝していた~と話す人もいた。
正直、ボクは話半分で聞いていた。
ネウロのリアルについて正解なんてわからない。だから考えても仕方ない。
仮に、本当に犯罪者だとしても、リアルはリアル、ネットはネット。リアルで接点ができるわけでもないのだから、ネウロはネウロとして扱うしかないのだ。
犯罪者かどうかなんてどうでもよかったし、もしかするとネウロを貶めるための誰かが作った嘘、悪口陰口の類かもしれないから、できることなら関わりたくなかった。
それが……本人の口から聞いたわけだが。
……いや。コイツのことだ。今言ったこと自体、何もかも嘘の可能性も高いだろ。
ネウロを貶めるための嘘を吐くプレイヤーも少なくないだろう。
しかし、誰が一番嘘を吐く可能性があるかと言えば、それはネウロ本人だと思う。
だって、ぶっとんでいるから。
PKを平気でやるような狂人だから。
信じない。
話半分。
コイツみたいなヤツと対話するときは、自分を守るためにも、それが肝心だろう。
そもそも無茶苦茶なことを言い過ぎだ。勝手に都合よく結論まで出して、自分勝手すぎる。
社会性がなさすぎて、本当に、狂人と呼ぶほかない我儘だ。
「いいわけねぇだろ、クソ野郎。やりたきゃ一人でやってろ」
自然と口調は荒くなった。
自分で、滅多にこんな言い方しない、とわかるくらいには刺々しくなっている。
「オレはよぉ~、今このVLDにハマってんだ。お前だって同じだろ? だからイイ話じゃねぇか。楽しいことやって金稼げるんだからよぉ!」
千咲とナナホシとした話を思い出す。
「同じにすんな。ボクはやらない。絶対にだ」
楽しいことは、楽しいままでいたい。
この気持ちの妨げになりそうだと思うことに、自分で首を突っ込むつもりはない。
「アカウント名はよぉ、剣王と死神でどうだ? ヒヒッ、イイと思うだろ?」
「くどい。やらねぇっての」
提案なんて切り出し方しておいて、こっちの話なんて聞いちゃいない。
一体どこまで自分勝手のクソ野郎なんだ。
まあ、ネットの世界では、時々見かけるような人間だけれど。
匿名だからこそ、アバターだからこそ、自分の都合最優先で話を進めていくヤツは、昔からいる。もちろんリアルにもそういうヤツはいる。でも、リアルでは、顔バレすると実生活に支障をきたすから、多くの人は自重する。ネットだと、仮想空間だと、その自重が緩むのだ。
「あぁ! 視える、視えるぜ! 動画投稿でっ! このVLDでっ! オレ様が億万長者になってる未来が! そうすりゃあリスタートだ! やっすい給料のくっだらねぇ仕事しかねぇから、優秀で偉大なオレ様は退屈のあまり犯罪しちまうんだから! ヒッ、ヒヒヒ――あ?」
気色悪い妄想に浸りながら、小説や漫画に登場するようなイカれキャラの独壇場シーンみたいな感じで鬱陶しく語り、不愉快な引き笑いをしていたネウロが、ふと左に顔を向けた。
釣られて、右を見遣る。
……人っ!
顔の横にある三角耳が特徴的なエルフ型のアバターが、路地からこの広場へと数歩入ったところで立っている。女性フォルムのアバターだ。
装備はかなりの軽装。というか、初心者丸出しといった防具しか身に付けていない。
細い肩の向こうに、純白の翼が見える。エルフ型の、タイプ・エンジェルの特徴だ。全アバターの中で、タイプ・エンジェルともう一つ……タイプ・イビルの二種類だけに、飛行能力が初めから備わっている。とはいえ、優れているわけではない。代わりに攻撃力と防御力がほかより育たないデメリットがあるから。ゲームに慣れている人ほど選ばないとかなんとか。
って、そんな分析よりも――
「逃げろっ! 早くっ!」
ボクは怒鳴った。
しかし、天使エルフさん――エルフ型=タイプ・エンジェルのプレイヤーで、まったく知らない人のことを、そう呼ぶ――は、ビクッと震えただけで動こうとしない。
「ヒヒッ! 今のここはぁ~オレ様と剣王の貸し切りぃ~。ほかは皆殺しだぜぇ~え? 大鎌スキル・
紫色の光を纏った大鎌を、ネウロが耳障りな笑い声を上げながら振るう。
鎌から放出された、紫色の三日月。
自分が狙われているのに、天使エルフさんには何かしらの防衛手段をとろうという素振りが見受けられない。目を丸くしているだけに見える。
驚いているんだ、きっと。呆然としているんだ。
まさかほかのプレイヤーが攻撃を仕掛けてくるなんて思ってもいなかっただろう。それもこんな街中で。
……クソ、間に合えよ!
助けたい。
助けなきゃ。
このゲームを、この世界を、愛する者の一人として。
「刀スキル・
ボクは黄色の光を纏った愛刀を振り被り、宙を奔る紫の三日月に向かって投げた。
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