1章 VS黒布のストーカー4
ボクが投げた刀は、天使エルフさんに襲いかかろうとしている凶悪な紫色の三日月に突き刺さった――次の瞬間、何もない空から刀目がけて一筋の雷が落ちる。
落雷の一撃を受け、紫の三日月は跡形もなく消え失せた。
装備からして恐らく初心者プレイヤーだろう天使エルフさんは、ペタンと尻もちをつく。目の前で起きた出来事の衝撃に、身体の前面をドンッと押されたかのように。
「や~、さっすが剣王っ! イイ子ちゃんっ! 守って偉い偉いぃ~」
「お前さ、いい加減にしとけよ」
怒りを込めて睨みつけながら、なるべくキレた口調を意識して言ってやった。
「いい加減? どんな加減? 匙加減? お湯加減? ヒヒッ! なぁんか気分乗ってきたぜぇ~え! 提案だけのつもりがなぁ! 大鎌スキル・死神の
黒い光をまとい、漆黒がさらに深く濃い闇色になった大鎌。
その黒い光がどんどん膨れ上がっていき、モコモコと蠢き歪みながら形を変え、ネウロと重なるようにして死神が現れた。
全長十メートルほどの、黒い全身に黒い
「こんのクソヤローが。大剣スキル・ドラグニックストーム!」
背中の大剣を怒鳴りながら引き抜き、ネウロ目がけて突き出す。
深緑色に発光していた大剣から、巨大な竜巻が放たれた。竜巻はドラゴンの形となり、ゴゴゴゴゴォ!と、激しく地面を抉りながら、噛み砕きながら、敵を倒さんと駆けていく。
……まだだ。タイミングは、ボクのスキルとヤツのスキルがぶつかったとき。
ボクが大技を放った狙いは、ヤツを倒すためなんかではない。
絶対回避と言っても過言でない固有スキル・【
「ヒヒッヒャア!」
ネウロが高々と大鎌を掲げた。
ブワァと、死神が巨大鎌を振り被って、宙を前に走る。
深緑色のドラゴンが、死神に迫る。
「ヒャッハアアア!」
ネウロが大鎌を振り下ろした。
合わせて、死神も巨大鎌を振り下ろす。
暴風ドラゴンと、死神の巨大鎌が、激突。
ゴォォォン!――轟音を立てて、緑と黒の暴力は、同時に弾け飛んだ。
相殺。
濃密な土埃が視界を埋め尽くす。
……今だっ!
全力で駆け出す。
天使エルフさんの許へ。
愛刀を手早く拾って鞘に納め、「すみません!」と詫びて天使エルフさんを脇に抱える。
「えっ? ちょ。えっ?」というカノジョの戸惑いは、一旦無視。
「補助魔法・アカリエ。始まりの町・アルトバレー」
システムが問いかけてくる前に、ボクは出現した門に向かって行き先を告げた。頭に浮かんだ適当な町の名を。ヤツがしつこく追って来ても困るため、聞かれないように小声で。
【受け付けました】とシステムが返答してすぐ、門の黄金光が消え、町並みが映った。
煙が薄れていく。
門に片足を突っ込んだとき、ネウロの頭部が見えた。
「ちょぉぉぉおいっ! どこ行くねぇ~ん!」
無視して、門へさらに身を沈める。
「アカウント、作っておくからなぁ!」
勝手にやってろ。
※
次の瞬間、視界に映る景色が一変した。
【商業防衛都市 ブロッチェン】から遠く離れたフィールドにある町で、このVLDに初めてログインしたときに召喚される町でもある【始まりの町 アルトバレー】だ。
それなりにやり込んでいるプレイヤーにとっては足を運ぶ意味もない場所。
ボクがここを訪れるのも、かなり久しぶりだった。
とはいえ、懐かしいとか感慨に浸るより先に、やるべきことがある。
「すみません。いきなりほんっとすみません」
ボクは謝りながら、天使エルフさんを丁重に下ろしてあげた。
パッパッパッと、長い白髪を撫で、服のちょっとした乱れを直すと、天使エルフさんはペコッとボクに頭を下げてきた。
「助けてくださったのですよね。わかっています。ありがとうございました」
「まあ、その、困ったときはお互い様ですからねぇ。ハッハッハッ」
なんだか無性に照れ臭くなって――コミュ力は低くないほうだと思っているけれど、初対面の人と円滑に話せるほど高くはない――誤魔化そうと笑う。
『――ジリリリリリ!』
突如、うるさくはないけれど、集中を削ぐ程度には音量のあるベルの音が、耳元で鳴った。
耳元というか、頭の中というか、どこからかというか。
自分で決めている時間的制約――つまり二十四時が到来したのだ。
……とはいえ、じゃあさようなら、って言うのもなぁ。
気まずくないか?
助けるためとはいえ勝手にここに連れてきたくせに、自分は消えますあとはご自由にというのは、人としてどうなのか。……とはいえ、それしかないような気もするが。
「あの、どうかされましたか?」
「いやっ、そのぉ~、実は自分、日付が変わったらログアウトするって決めてて。その、今、時間になってしまって」
もうあーだこーだと思案しないで、正直に明かすことにした。
初対面の人にライフスタイルを暴露するみたいなものだが、これが一番フェアな流れだと思ったから。
「ああ、そういえば、そうでしたね」
「ええ……え? そういえばそう、とは?」
言い方、変じゃないか? まるで前から知っていた、みたいな……。
ボクのことを知っている人以外、言うべきでない返事だと思うのだが。
「え……あっ、ご、ごめんなさいっ。その、ドキドキしていて、言い方が変な風に」
「はぁ、なるほど。まあ、そうですよね。いきなり、あんなことがあれば。その、ごめんなさい。妙なことに巻き込んでしまって。そのっ! ほかのプレイヤーさんはイイ人ばかりですからっ! プレイヤー同士の戦闘なんて公式イベ以外ないですし、安心してくださいねっ!」
多分、この天使エルフさんは初心者。
だから、VLDから離れてしまうんじゃないかと心配になった。
ボクとネウロのあんな馬鹿馬鹿しい一件に巻き込まれたせいで。
ゲームはほかにもたくさんある。
怖いと思ったゲームを続ける、そんな人のほうが稀だ。
だから、ボクは謝った。ボクが謝ることでカノジョのVLD離れを防げるなら、安いものだと思ったから。まったく苦ではない。
この世界を愛する者として、せっかくVLDを選んだ同士を失いたくないのだ。
「あ、そうですっ! よければボクとフレンド登録しませんか?」
助けてくれたとはいえフレンド登録に誘われるなんて抵抗ある人はマジで抵抗あることだと思うけれど、ボクは天使エルフさんの反応を受けて次の手を打つのではなく、もう畳みかけていくことにした。
「巻き込んでしまった、その、お詫びをさせてください。あの、違ったら申し訳ないんですけど、アナタ、初心者ですよね? もしよかったら、クエストとか、ダンジョン攻略とか、手伝わせてください。フレンドになっていれば、いつでもまた、簡単に会えますし」
レベル上げも、武器の強化も、ソロプレイより仲間がいたほうが簡単だ。
フレンドという繋がりができれば、カノジョとしても「あの人と遊べるし、ログインしよっかな~」と考えるキッカケにもなる。友だちが増えることは、プレイ時間を増やす起爆剤だ。
はてして、反応はどうか。
「あ……は、はい! ぜひ! ぜひお願いします!」
ズイッと爪先立ちになって、倒れるギリギリのところでバランスを保っているような前傾姿勢になって、両手を胸の前で組んだお祈りポーズで、興奮口調で告げた天使エルフさん。
「う、うん。ぜひぜひ~」
正直、まさかの反応でビビった。
自分から提案しといてなんだが、まさかこんな、感情がいきなり吹っ切れたようなハイテンション対応をされるとは予想していなかったから。
いやまあ、嬉しいは嬉しいけれど。
「じゃあ登録、の、前に。自己紹介まだでしたね。ボクはカズサって言います」
「ワタシは、エリオラです。よろしくお願いします」
ボクたちは互いに、これから仲良くなろうとする人間としての基本をおこなった。
仮想空間だって、そういうところは、結局、リアルと何も変わらないのだ。
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