1章 商業都市で商売談議3

 惚れ惚れすると、稼ぐ力のある女性陣たちに心から思っていたからか、「スゴイなぁ」とボクは口にしていた。ポロッと、ほとんど無意識に零れ落ちたようなものだった。


「ボクも二人みたいに、自分の力でたくさん稼げるようになりたいよ」

「なぁに言ってるんですかぁ。カズサさんはぁ、稼ぐポテンシャル、かなりあるんですよ?」

「え? そう?」

「だってぇ、剣王カズサ、じゃないですかぁ」

「……あ~、そういうこと」

 ナナホシが言いたいことは、すぐにわかった。

 前からよく言われていたことだから。


「VLD攻略動画とか、やっぱり配信する気ないんですよね? 前から提案させていただいてますけどぉ、配信アカウントの管理が面倒とかなら、アタシ、やりますよ? 動画を撮るのだって、構図から企画まで考えますしぃ。もちろん、タダで、とはいきませんけど」

「やぁ~、それはなぁ~」

「VLD関連はゲーム動画でも大人気のアツいコンテンツですしぃ。VLD最強と名高い剣王カズサのプレイ動画となれば、すぅ~ぐにバズって広告収入もガッポリですよ?」

「あぁ~」

「VR関連メディアの取材とか、VRコンテンツ企業の案件とかも、余裕で来ますよ?」

「んん~」

「あっはぁ~、覇気のない反応ですねぇ。やっぱり、する気、ないですかぁ」

「……ないなぁ」


 ナナホシの提案は、その通りなのだろう。

 昨今、ⅤR関連の技術やサービスは爆発的な成長を遂げている。

 インターネットが誕生し、スマートフォンの発明によって世界中に定着し、人々が掌でネットに接続することが日常と化す……という技術革新が起きて以降、久々に人類に、経済界・産業界に起きた革新とも言われている技術。それが『メタバース』『VR』『仮想現実』といった用語で語られるものたちだ。

 今、世界中の企業が……とくにIT長者とされる大企業、半導体や家電メーカーなどのエレクトロニクス産業に生きる者たちが、覇権を取るべくしのぎを削っている。

 我が【イノベント皇国】でも政府系ファンドが莫大な投資をしているくらいだ。


 そんな中、今最注目のコンテンツといえば、このVLDだろう。

 最先端技術の集合体ともいえるVLDというハードウェアでプレイする、リアルの再構築に成功しているとまで評されている完成度のVRMMOであるVLD。

 ハード分野でも、ソフト分野でも、今、VRのトップランナーは【VLD】なのだ。


 そんな、現在最強のコンテンツでのトッププレイヤーであれば、確かに各方面から仕事が舞い込んでくることだろう。

 様々なゲームがeスポーツのプロプレイヤーやゲーム実況者たちによって進化していったように、VRもVRコンテンツのトッププレイヤーによって成長していく可能性が高いから。

 トッププレイヤーとは、つまり、優秀な顧客。

 サービスに対する感度の高い顧客からのフィードバックは、コンテンツの発展に繋がることは想像に難くない。


「勿体ないですよぉ? 剣王カズサって財産を運用しないのは」

「運用って。そんな考え、ないよ」

「ないことが、おバカだってこと」

 千咲の辛辣さに、ボクは苦笑い。

「ボクは、いちゲームとして、VLDを楽しみたいんだよ。金のこと考えたら、純粋に楽しめなくなっちゃうかもしれないだろ」


 これは、心からの、真実。

 ボクは、一人のゲーマーとして、VLDをずっと楽しんでいたいんだ。

 だからこそ、使使が、ボクにはある。

 どうして、使わないのか。

 それも、このゲームが大好きだからで、いつまでも純粋に楽しんでいたいからだ。


 もしも。

 もしも隠している力を使えば、このゲームは一気につまらなくなってしまうだろう。

 いや。

 つまらなくなるどころか、いづらくなってしまうことも充分に考えられる。

 だって……たとえそれが公式から配布されているチートでもなんでもない武器とスキルだとしても、その力を持っていない他プレイヤーからすれば面白くないだろうから、「チートみたいなもんじゃん……」と悪く言われてしまうだろう。


 ボクは、このVLDが大好きだ。

 だからこの気持ちを、自ら減らすようなことはしたくない。


「やってみなきゃ、楽しくなくなるかなんて、わからないじゃない」

「楽しくなくなっちゃったときは、もう手遅れになってるじゃないか」

「そのときには金儲けに使うのをやめれば、また楽しくなるんじゃない?」

「いや、無理だろ、それは。熱って、一度でも冷めちゃったら、もう戻らないもんだ」

「ふん。知ったようなこと言っちゃって」

「ハッハ~、プロみたいだったかなぁ~」

「うざ。調子乗んな」

「あはは。お二人はやっぱり仲良しさんですねぇ」

「まぁな」「べっつに」

 ボクと千咲の声が重なって、それにナナホシがまた愉快そうに声を上げて笑った。


「まあ、何はともあれ。カズサさんは、このVLDにおいてはプロを名乗ってもイイほどの実力者でありインフルエンサーなんですからぁ。もし気が変わって、ビジネス化したくなったときには、ぜひご相談くださいよ?」

「ハイハイ、気が向いたらな」


 道なりに進んでいた通りの角を右に曲がる。

 正面、少し行ったところに、開けた空間が現れた。

 ちょっとした広場だ。

 通りとは違って店もなく、あるものは数脚の椅子と花壇のみ。買い物の合間にひと休みするための憩いの場となっている場所だ。

 そんな広場に入る。


「お? 誰もいないなんて珍し」

 思わず言っていた。

 それくらい、本当に稀なことだから。

 多くの人が行き交うこの通りで、ここが一瞬でも空白地帯になっているなんて。

 長いことプレイしているけれど、初めて体験することだ。


「ですねぇ。不思議です」

「不思議って、ただの偶然でしょ?」

「まあ、そうだけど」

 偶然と言われてしまえば、そうだろう。

 というか、それ以外にない。


 プレイヤーの行動は自由なのだから。

 いくら人通りの多いところとはいえ、じゃあ絶対に誰もいなくならないのかと聞かれれば、わからないと答えるしかない。

 自由だからこそ、偶然というものは起きるのだ。


 とはいえ、信じられないものは、信じられない。

 例えば、皇国の交通の要所である【ラグナシリア中央駅】の駅前広場が無人になるような事態が起きれば、誰しもが「何事っ?」と驚くし、理由が気になるだろう。驚くどころか恐怖すら覚えるだろう。

 この世には、いくら人間の行動がその人その人の自由で成り立っているとはいえ、誰もいなくなるなんてあり得ないという場所が空間が存在するものだから。

 

 ……まあ、こうして起きてるわけだけどさ。

 本当に信じられない。

 ビックリだ。

 まあ、千咲が言った通り、ただの偶然なんだろうが。

 三人、広場の中央に差し掛かる。


「――カズサきゅ~ん」


 そのとき、突然、その声は現れた。

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