1章 商業都市で商売談議2
「さってっとぉ~。では、アタシは本部に戻ろうと思いますが、お二人はこの後、お時間あるんですか? もしよかったらお茶でも飲みに来ません? 昨日、めちゃくちゃ質の良いアセットを作る子がメンバーになったんですが、その作品もぜひ見て欲しいですし~」
このVLDでは【アセット】という小物を自由に――ただし他のプレイヤーに有害なもの、例えばアダルト的なものなどは禁止されている――クラフトし、仲間内で使ったり、販売したりすることが可能だ。そのため、この世界では日々、公式の開発・運営側が用意したものでない多くのアイテムが、クリエイティブなプレイヤーたちによって生み出されている。
ビジネスセンスの高い人の中には、自分の考えたアセット製造方法を、レシピという形で文章化動画化し、リアルで販売している者もいる。
その規模というか、市場規模は、もはや経済系番組で取り上げられたことがあるほどだ。レシピの販売だけで月に数十ルーン――この皇国の通貨である――を稼ぎ出す猛者もいるそうだ。
「ん~、アクセス・メインメニュー」
ボクの呟きにシステムが反応し、胸の前にタブレット端末ほどのウィンドウが表示された。
【装備】
【所持金】
【所持アイテム】
【ステータス】
【クエスト】
【ギルド】
【図鑑】
【フレンド】
【設定】
【お知らせ】
【サポート】
【ログアウト】
と、文字が縦に並んでいる。
……あと、四十五分はあるか。
ウィンドウの左隅にある【23:14】という時刻表示を見て思う。
「ボクはいいよ? あと四十五分くらいなら」
基本的に、二十四時で……つまり日付が変わるタイミングで、ボクはこの世界からログアウトするようにしている。
たとえ遅い時間にログインしたとしても……二十二時や二十三時に始めたとしても、だ。VLDに備わっているプレイ時間制御システム――この時間になったら自動で警告音が鳴るようにできるものだ。リアルを損なってしまうくらいプレイヤーが没入してしまうことを防ぐためにある――も、二十四時に設定してある。
ボクは、この仮想空間が大好きだ。
けれど、リアルのほうが、大切だ。
可愛い妹たちがいて、片思い中の大好きな幼馴染がいて、一緒にバカできる友がいる。
もちろん貧乏暮らしとか、親が大病を患っているとか、主に家計というか金銭面における将来への不安とか、つらいこと楽しくないこともめちゃくちゃある。
だとしても。
リアルを損なうくらいなら仮想空間なんて不要だと思うくらいには、リアルと向き合っていく覚悟はしている。
リアルあってこその仮想空間だと思うから。
だから、明日に備えてしっかり眠る。
ゲームがどれだけ好きでも、これだけは守りたい。
「私も二十四時までならオッケー」
「おぉ~。ではでは、行きましょ~」
鉱石の詰まったリュックを背負うナナホシ。体型とほとんど変わらない大きさなのに、まったく重たそうではない。ナナホシのパラメータ―の筋力値が、それだけ高いからだ。
このVLDにも、重さの概念はある。
プレイヤーやモンスター含め、仮想空間に存在するすべてのオブジェクトには、重量が公式側によって定められているのだ。
重さは、オブジェクトのステータスを開けば、重量値という項目で記されている。その値が……その数字が、大きければ大きいほど重く、小さければ小さいほど軽いというわけだ。
重たいものは、当然、それだけ扱いが難しい。
プレイヤーの筋力値が低ければ低いほど、重量値の小さいものでも重たく感じてしまう。リアルと同じだ。筋力がなければ、重量のあるものは重たい。重たいものは、持てない。
高火力の大剣や大槌、大弓などの武器も装備できないし。持てたとしても、筋力値がその重さに対して適正値を超えていなければ、満足に扱うことはできない。
巨大であればあるほど武器は強いというわけではないけれど。
巨大なものを、重量のある装備を楽しみたいのなら、経験値を稼いでレベルを上げ、筋力値を大きくするしかないのだ。
つらい筋トレして筋肉を太くするがごとく。
背の低いナナホシを真ん中に挟む形で、ボクたち三人は歩き出した。
「そういえば、ナナちゃんはさ、リアルでも経営とか、してるの?」
「あ~、してますよ?」
「へえ、そうなんだぁ。ちなみに、どういう系? IT? あ、ナナちゃんがここでやってることからして、小売り? それともホテルとか不動産?」
「ん~、いろいろですよ、いろいろ~」
「えぇ、そこはナイショなの?」
「ふふ、ナイショです~」
「なぁ~んでよ~」
千咲が不満そうに言った。
確かになんでなのだろうか。
法人名とか店名を伝えるとかなら、売り上げとか所在地とか従業員数とかあまり詮索されたくない情報もあるから隠したい……なんて感情が働くのもわからなくはないけれど。
業種ぐらいなら、別に話したっていいと思うのだが。
……や。ボクなんかには、わからなくても当然か。
経営者になったことないのだから。
その道の疑問は、その道を歩まなければわからないことも、かなり多いというもの。
「んじゃあさ~、資産、どれくらいあるの?」
ええ⁉ 資産⁉
千咲よ。さすがにそれは踏み込み過ぎではないか。
業種も教えてくれなかったのだから、そんなもの答えてくれるわけないだろう。
「あはっ。なかなか踏み込んだこと聞きますねぇ~」
「いやほんとにな」ツッコミを入れるボク。
噴き出す、ナナホシ。
ボクのことなど眼中にないように無視する、千咲。
「ま、それなりには、とだけ言っておきます~」
「ふぅん、その言い方だと結構儲かってそうだね」
あっはっはっは!
ナナホシの豪快な笑い声。
確かにカノジョの雰囲気からして、それなりに稼いでいそうだ。
「……なあ、経営って楽しいのか?」
楽しそうに笑うナナホシを見て、ふと芽生えた疑問。
大変そうなイメージしかない会社経営。
けれど、千咲やナナホシと接していると、まったくそうに思えない。
「楽しいですよ。ねえ、チサキさん」
「うん、楽しいね」
「そっか。ちなみに、どういうところが?」
「ん~、個人的には、組織を動かすことも好きですしぃ、それ以外にもぉ、商品を考えたり、市場を攻略して運用したり、こういったことも楽しいです」
「だねぇ。究極の、いっちばん飽きない、死ぬまで無限に続けられるゲームみたいなものよ」
「そっ、そのと~り。んま、ストレスも半端でないですが~」
「わかるぅ~。はぁ?って苛立つことも多いよねぇ~」
「でも、楽しい、と」
「「楽しい」」
千咲とナナホシ、見事にシンクロ。
どうやらカノジョたちの中では、相当に楽しいことのようだ。
ナナホシは、このVLDでの遊び方からして、根っからの商売人なのだろうとは思っていたけれど。千咲も千咲で、さすがである。
……さっすが後継ぎお嬢様だよなぁ。
千咲は葉鳥家の一人娘で、祖父が立ち上げ、父親が現在経営している【葉鳥火薬】という会社の後継ぎだ。詳細までは聞いたことないが【案堂フォース工業】という【イノベント皇国】の国防を司る大企業から仕事を任されるほどスゴイ会社である。千咲自身は、ただの下請け会社よ、となんでもないように言うけれど。ボクからすれば国を守っているのだから凄い話だ。
……それに、コイツはスゲェ額の運用もしてるんだよなぁ。
前にポロッと聞いた話では、数億ルーン規模の資金を運用してもいるらしい。亡くなった祖母から相続した財産の一部を、カノジョが投資家として扱っているのだ。
スゴイと思う、本当に。
後継ぎとしての自覚から、経営に関する多くの知識を勤勉に学んでいるし。
……そういうところも、惚れてるところなんだよなぁ。
稼ぐ力があるということは、自分の両足でしっかりとこの世に立ち、この社会を歩いているということだと思う。
本当に心から尊敬できる。
ボクの幼馴染は、可愛いだけじゃ、キレイなだけじゃなく、凄くカッコイイ女性なんだ。
ああほんっっっと! 惚れ惚れするっ!
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