1章 『クエスト中でも』ケンカするほど仲がイイ2

「補助魔法・リカーブ」

 詠唱すると、全身から周囲に半透明の波動が拡散していった。

 広がっていった波動が、コウモリ型モンスターやワニ型モンスターを撃破したポイントを通過する――次の瞬間、キラキラと細かな光を発するものが幾つか、こっちに向かって飛んできた。それらはボクの身体に吸い込まれていく。

 この補助魔法は、離れたところにある通貨やアイテムを、波動が届く範囲にあるものであれば吸い寄せるという効果がある。回収の手間、回収忘れをなくせるから超便利だ。


「さぁ~って、これでクエストも達成したし、帰ろうぜ」

 ボクたちがここ【カーリッシュ大湿原】というフィールドを訪れているのは、ワニ型モンスター十体とコウモリ型モンスター三十体を倒すというクエストを達成するためだった。

 今ので、討伐数はどちらもノルマを達成。

 ここにいる理由は、もうない。


 刀を腰の鞘に納め、大剣を背負い直し、幼馴染に目を向ける。

 と、カノジョは、ギロリと目尻を吊り上げた鋭い眼差しをしていた。

 キレている。

 完全に、キレている。


「なあ、いい加減さ、機嫌治せって」

「……知ってる? この世の大半のことは、信頼関係でできてるのよ?」

「え? あ~、そう、なのかなぁ」

「そう。信頼関係、契約、それがこの世の真理」

「ふぅん?」曖昧に頷いておく。

 わかるようで、わからない。

 でも、それもしょうがないだろう。

 カノジョはボクと比べて頭が良すぎるから。


「だからね? 私、約束を反故にすることもされることも、大っ嫌いなの」

 それを言われて、ようやくボクの頭でもピンときた。

「やぁ~だからさ? それはしょうがないだろ。先輩が大事な用事で来られなくなって、人手が足りなくなって店長も困ってるって言うんだから」


 約束を反故。

 そう。ボクは、カノジョとの約束を反故にしてしまった。

 それこそ、カノジョが怒っている理由なわけだ。


「は? 私との約束は大事じゃないってこと?」

「そういうことじゃないって。ボクだって出かけたかったさ」

 明日の夕方から遊びに行く約束をしていた。

 でも、急遽バイト先からシフトを変わって欲しいと、連絡があった。

 ボクがそれに応じたことで、カノジョは怒っているのだ。


「じゃあ、頼まれても断りなさいよ。大事な用事があるって点で、アンタとその先輩はまったく同じじゃない。っていうか、その店長、気に入らないわ。休日出勤なんて今どき言語道断でしょ。雇用主として能力低すぎだわ。そんなところで働いてても給料もたかが知れてるし、スキルアップに繋がるわけでもないんだから、さっさと辞めたら? っていうか辞めなさい」

 腕組みをし、ジトッと睨んでくるカノジョは、イライラしてしょうがないというオーラ全開だ。

「……ほんっと、ごめんって」

 謝る。

 謝ることくらいしか、できないから。


 顔の下で両手を合わせて謝るボクを無言で睨んでいたカノジョが、大きな溜息を吐いた。

「自分に非があるって、心から思ってる?」

「思ってる思ってる」

「反省させてくださいって、思ってる?」

 スッゲェ上からじゃん、とは思ったけれど余計なことは言わないが吉。

「反省させてください、チサキ様ぁ~」

「は? 何その言い方。舐めてんの?」


 ゲシッと、脛の辺りを蹴られた。

 なんだよ、ちょっとアレンジしただけなのに。

「いえ……ごめんなさい、ほんと」

「ったく。近いうちに埋め合わせ、絶対にしなさいよ」

「はい」

「約束だからね。もし破ったら、アンタの保護者ってことで店に電話して、退職させるから」

 そんな恥ずかしいの、絶対に嫌だ。

「はい。絶対に破りません。今度の休みには、遊びに行こう」

「プラン、期待してるから。私を楽しませなさいよね」

「ええ、ええ、それはもう努力させて頂きますとも」


 元々、遊びのプランは考えていた。

 我が【イノベント皇国】の中心街である【ラグナシリア中央駅】周辺など、流行りのスポットが集まっている地域に絞って、今の最先端デートとは何かをネットでめちゃくちゃ調べた。ランチはここ、映画はこれ、カフェ休みはここ、ショッピングはこの辺りを回る~と、千咲の趣味嗜好を考慮したうえで計画を練っていた。

 だから、プランはすでにある。

 問題ない。


 ……いや、練り直して、もっとパワーアップさせたほうがいいな。

 うん、そうしよう。それがいい。

 練り直そう。もっともっとカノジョが楽しんでくれるプランを考えよう。

 そこまでしてこそ、罪滅ぼしというもの。

 いや、そんな大袈裟なことじゃなくて――もちろん約束を反故にしてしまった罪悪感はあるけれど――ただ、カノジョにもっともっと楽しんで欲しいだけだ。


 ……こういうのを苦だと思ってないところ、完全に惚れてる証拠なんだろうなぁ。

 惚れているだなんて、自分で思うと恥ずかしくもなるが。

 事実なのだから、どうしようもない。


「なぁに、ニヤニヤしてんのよ」

「えっ? や、なんでもないなんでもない」

 顔に出てしまっていたらしい。

いけない、いけない。


「ふぅん。まあ、いいわ。じゃあ、帰りましょ」

「おう。補助魔法・アカリエ」

 右掌を正面に掲げたボクが唱えた瞬間、掌の先に黄金色の魔法陣が展開される。

 魔法陣は、たちまち、黄金の門になった。

 扉はない。門の内部は黄金の光で埋め尽くされている。光が漏れているというより、門そのものが黄金の輝きで作られているような代物だ。


 補助魔法【アカリエ】

 自らが定めた特定の拠点一カ所に、どこのフィールドからでも一瞬で帰還することができる効果だ。深い森や大海の中、周りが凶悪な魔獣だらけの土地にいたとしても、安全な場所に帰還できる利便性から、多くのプレイヤーが習得を目指す超級クラスの魔法である。


『行き先を選択してください』

 性別のわからない声が聞こえてきた。

 声の主は、このゲームのシステムそのものだ。

 タクシーの運転手に、どこへ行きますか?と聞かれるようなものである。


「商業都市=ブロッチェン」

 ボクが言うと、『受け付けました』という返事が聞こえ、門に変化が起きた。

 門を埋め尽くしていた黄金の光が消え、都市風景の一部が映し出されたのだ。


「なあ」ふと、言いたくなって、ボクは口を開いた。「本当に、約束、守りたかったんだぜ?」

「……もう怒ってないわよ」

「あ、そっか、うん、ありがと。でも、そうじゃなくってさ、なんていうか……」

「何。ハッキリして」

「ん~……や、ごめん。なんでもない。上手く言えないわ」

「は? 頭の中でちゃんとまとめてから言いなさいよ、バカ」


 ゲシッとボクの足を蹴ると、千咲はサッサと門に向かって歩き出してしまう。

「ごめんって」と笑いを含ませた声で謝りながら、ボクも後に続く。

 本当に楽しみにしていたということを伝えたかった。

 会話の流れで、勢いで、余計なことまで口走ってしまいそうだなと思ったから、怖くなって濁してしまったけれど。


 ……告白だって、その日にしようとしてたんだぜ。

 覚悟も決めていた。

 遊びに行く約束をしたときから、当日に向け、一日一日、気持ちを高めていった。


 ボクは千咲のことが好きだ。

 幼馴染から、恋人という関係に、クラスチェンジしたいんだ。


 ……今度、遊びにいくとき、告るか? や、でもそれはなぁ、う~ん。

 なぁんか違うような気がする。

 だって、今度の外出は、約束を反故にしたお詫び、という形になってしまったから。

 お詫びの日に、告白なんてしたくはない。

 なんというか、イイ思い出にならないだろ? 


 ……あああ~~~! でも、いい加減に告りたいんだけどなぁ!

 頭の中で、悶え、叫ぶ。

 もうずっとだ。

 中学生のときから、ずっと。

 千咲が大好きだと自覚してから、いつ告白しようと悩み、明日してやろうかと思い立ち、でも振られたらどうしようと臆病になり、結局、まだいいかまだいいかと先延ばしにしてきた。

 いい加減にしろよ。

 そう、自分でも思っている。呆れている。

 でも、ぶっちゃけ。


 ……今の関係が、幼馴染ポジが、心地いいっちゃあいいんだよなぁ。

 多分、千咲もボクに好意を抱いてくれている。

 告白すれば、きっと受け入れてもらえる。

 でも、万が一はある。

 その万が一が、めちゃくちゃ怖い。

 万が一が起きてしまえば、今の関係すら壊れてしまうだろうから。


 千咲の姿が、門の中に消えた。

「……はぁ~あ。ったく、なぁに独りで恋愛モノやってんだか……はぁ」

 独り苦笑いしながら溜息を吐きつつ、ボクも門に足を踏み入れる。

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