1章 『クエスト中でも』ケンカするほど仲がイイ1
自分目がけて飛んでくる火球に、獣人型=タイプ・キャットで作成したアバター姿の幼馴染は気付いていない。カノジョは両手に一本ずつ持っている愛用のダガーで、自身の周りを鬱陶しく飛び回るコウモリ型モンスターを斬りつけるのに夢中だ。
……あ~、もう。だから独断専行するなって言ったのに。
モンスターに囲われているあの状況は、モンスターの群れを見つけるや「アンタなんて大っ嫌い! もう絶交!」と吐き捨て、突撃していったカノジョの自業自得だ。
とはいえ。
……ったく、しょうがないなぁ。
ここで助けずに、幼馴染の丸焼きが完成するのを見届けることを選べば、カノジョはカンカンに怒るだろう。デスペナルティである強制ログアウトを執行され、現実で覚醒したカノジョは、すぐに現実のボクのスマホに罵詈雑言のメッセージを大量に送りつけてくるに違いない。
もしくは家まで押しかけてきて、妹たちの許可を得てボクの部屋に突撃し、現実のボクが使用している【全感覚仮想化デバイス=VLD】の電源を引っこ抜く恐れもある。
……自業自得って見捨てちゃったほうが、こっち的にはマイナスだよなぁ。
しょうがない。
いっちょ、やりますか。
背負っている大剣か。
腰に提げている刀か。
どちらの愛用武器を使おうか一瞬悩んだあと、駆け出しながら右手で刀を引き抜く。
「補助魔法・ムーヴィア」
唱えた瞬間、目に映る景色が変化した。
すぐ目の前に、軽装備の幼馴染が現れる。
……うおっと、危なっ!
ボクが傍に現れたことで発生した空気の揺らぎを、コウモリ型モンスターの突撃だと勘違いしたのだろう。ボクに背を向けた状態でいたカノジョが、素早い後ろ回し蹴りを放ってきた。
空いている左手で華奢な足首を掴んで防ぐ。
掌に伝わる感触は、人肌に触れているときと変わらない。
獣人だからといって、リアルの獣のように体毛が茂っているわけではないからだ。容姿という点で、タイプ・キャットの猫らしい部分は、愛らしい三角耳と長い尻尾、鋭い犬歯だけ。顔も手も肌も、基本的にはボクのアバター……ヒト型で作成したアバターと同じだ。
もちろん、ヒトっぽく見えるのは、そういう風にキャラメイクしたからであって。
メイキング次第では、アバターの姿形というのは、どうという風にもなるのだけれど。
人間の姿を捨てて楽しむことなんて、この仮想空間では容易いのだ。
「カズサぁあ? アンタ何っ! 邪魔っ!」
気配の正体がボクだと気付くや、リアルとは造形の違う、でもリアルに引けを取らないくらい可愛らしい顔を怒りの形相に変えたカノジョが、烈火のごとく怒鳴ってきた。
「助けに来てやったのに、なんて言い草だ」
「は? 頼んでないし。余計なお世話だっての」
そうこうしている間にも、ほんの少し前にカノジョ狙って放出された猛々しい火球が、すぐそこまで迫ってきていた。
「刀スキル・
スキル名を唱えると、右手に持っている純白の刀が、薄青色の光を纏った。
ボクは、スキルの発動を示す証である光を放つ愛刀を、腰を軽く捻って左上に振り被り、熱波を放ちながら間近まできた火の球目がけて振るう。
袈裟斬りした火の球は、切断した瞬間、パッと消えた。
「キュ、キュイ? キュイキュイ!」
「グガ、グルルルルルゥゥゥ」
周りを飛び交うコウモリ型モンスターが、慌ただしい鳴き声を上げて離れていく。
正面にいるワニ型モンスターも、唸りながら一歩二歩と後ずさった。
……ビックリさせちゃったかねぇ、ハハハ。
まさか火の球が消されるなんて、微塵も思っていなかったのかもしれない。予期していなかったことが起きたから、驚いて、危機感を覚えて、防衛本能から逃げることにしたのだろう。
VLDのモンスターは、基本的に、プレイヤーと同じく、感情を――最先端のAIを駆使して構築された思考回路をもった存在だから。
……それにしても、この新スキル、便利だなぁ。
武器カテゴリー【刀】でのみ発動できるスキル【無透】
魔力の込められた術のうち、上級・超級クラス未満であれば、どんなものであれ一刀で打ち消すという効果。
基本的には近距離特化武器である刀は、魔法のような遠距離攻撃との相性が悪いもの。そんな、刀使いにとっての不満を、スキルレベルさえ上げれば改善できますよ~って意味で実装されたものであろうこの【無透】というスキル。
なんとも便利。
ストレス改善。
不満を減らす術があることは、ユーザー離れを防ぐ基本的な手段だ。
とはいえ、まあ、弱点があんまりなくなってしまっても、それはそれで退屈になってしまうのだが。
まあ、とにもかくにも、相手のHPを削る効果はないが、取得してよかった。
……頑張ったかいがあったってもんだな。
刀スキルをコンプリートするために、スキルポイントの獲得率が高いモンスターをひたすらに狩ったり、スキルポイントを効率よく得られる高難易度クエストを巡回したりと、何度も何度も何度も何度も同じことを繰り返したんだ。
反復プレイほど、つまらないゲームプレイはない。
それなのに、もし、長いマラソンプレイの果てに待っていた最高スキルが個人的にイマイチなものだったら、さすがに凹んでいたと思う。
ゲーマーとはいえ、このVLDを心から愛しているとはいえ、一ヵ月近い時間を、人生の一部を、つぎ込んだのだから。
……さて、次はどの武器を極めようかなぁ~。
刀剣カテゴリーの中でコンプリートしているのは、大剣、刀、長剣、短剣の四種類。
あと、同カテゴリーで残っているものは、レイピア、ダガー、双剣、双刃剣だが。
……ダガーは、チサキ愛用だからなぁ。
怒りそうな気がする。
私と同じ武器使うなー!って。
そうだな。どうせなら手持ちに強武器があるものからにしようか。
「って、逃がさないよ」
オレは、自分がこれからする範囲攻撃に巻き込まないよう幼馴染に寄り添い、左手で大剣の柄を握る。
「大剣スキル・テラ=ブレイド」
ブレード全体が赤く発光した大剣を、右足を軸に素早く一回転するのに合わせ、一気に振るう。
ブレードからほとばしった炎が、三百六十度、広範囲に渡って広がった。
橙色の波に呑まれ、コウモリ型モンスターとワニ型モンスターが、すべて燃え上がる。
HPがゼロになった瞬間、魔獣たちはパァンと弾け、赤い粒子となり、宙に融けた。
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