X章 いつかのエンディングであるウェディング

 XX年の、6月30日。

 とある企業の株主総会のひと幕。


「――我々は、挑み続けます。誰しもが幸福でいられる、そんな仮想空間を構築するために」

 壇上に立ち、会場を埋め尽くす聴衆に向け、女性が丁寧に一礼する。

 ぷらんと、カノジョが首から提げている名札が揺れた。

 そこには『王羅恵利おうらえり』と書いてある。


「以上で、VLD開発・運営主任=オウラエリの、VLD事業に関するご報告とさせていただきます。続きまして。先日発表させて頂きましたとおり、VLD事業を共に発展させていくための、弊社の戦略的パートナーとして協業することになりました、株式会社ツキハルの代表取締役社長=ハトリチサキより、具体的な戦略についてご説明させて頂きます」


 司会を担っている女性の丁寧かつ清廉な声に促され、一人の女性が登壇する。

 長い足で颯爽と歩くカノジョの胸元には、『葉鳥千咲はとりちさき』と書かれた名札が。

 壇上、中央付近で立ち止まったカノジョは、聴衆のほうを向くと、まず一礼した。


「ご紹介いただきました、ハトリチサキです。まず初めに、言わせていただきたいことがございます。我々にとって、会場にいる皆様を含む全人類にとって、極めて大切なことです。それは、人類の進化を止めてはならないということです。未曾有の災害による甚大な被害、戦争という人間の愚かな所業、これらのようなものがどれほど起ころうとも、誰しもが幸福になれる場所を見つけられるまでは、絶対に歩みを止めてはならないということです。歩み続けること。それこそが今、どこかで産声をあげた小さな命に対する我々の責任なのです。もちろん、個人の信条によって他人の自由を奪い取ってはならない、自分が気に入らないからといって規制をかけてはならないなど、歩み方には注意を払わなければなりませんが――」


 滔々と、カノジョは語りだした。

 端正な顔に健やかな笑みを浮かべて。

 一語一語の発音、息継ぎのタイミングなど、話術に分類される能力が全体的に高いスピーチに、聴衆はストレスなく聞き入っていく。会場全体の集中力が研ぎ澄まされていく。


「――それではここで、とある人物に話し手を変わってもらおうかと思います」

 しかし、カノジョが語り出してから、時間にしておよそ十五分ほど経過したところでのこの発言には、さすがにざわついた。


 次の瞬間、カノジョのすぐ隣に、パッと白い光の柱が現れる。

 そして――光の柱が消えたとき、そこに一人の男性が立っていた。

 その姿に、聴衆のざわつきが、一層高まる。


「剣王、カズサ……」


 誰かが呟いた。

 その呟きが耳に入ったからというわけではないが、今が話を再開するタイミングだと判断した千咲は、隣に立つカレを手で示しながら「ご紹介いたします」と堂々告げる。


「カレは、コノハナカズサ。皆様も知っての通り、VLDを黎明期から支え、VLD経済圏構想の発展に従事し、今、VLD人類救済計画に尽力している人物です。そして……」

 わざとらしく区切ったカノジョが、カレ――此花和紗このはなかずさに顔を向け、ニコリと笑った。

「先日、VLD内にあるイノベント皇国の行政機関において正式な手続きを済ませ、籍を入れたばかりの、私のプライベートのパートナーでもあります」


 ざわつきが、なくなった。

 納得したというわけではなく、何を言われたのか理解できなかったからこその沈黙だった。皆、呆気に取られてしまったのだ。

 しかし、そんな聴衆の反応など、どこ吹く風というわけなのか。


「ほら、カズサも。私たちの結婚の、初のお披露目なんだから、自己紹介して」

 カノジョは展開を進めていく。周りなんてどうでもいいと言わんばかりに。

「お、おう。え~、皆さま、初めまして。コノハナカズサ、です。よろしく……で、いい?」

 こういう場での挨拶に経験がないのか、カレは不安げにカノジョを窺う。


「オッケ。じゃあ、次、行くよ。手筈通りに」

 胸の前で、パンと、柏手を打った千咲。

 すると、どこにでもある会議室だったはずの空間が、ガラリと様変わりした。

 教会。

荘厳な教会の中に、これまで会議室にいたすべての人物が存在している。

 聴衆が座る椅子は、パイプ椅子から木製の長椅子に変わっていて。

 カノジョとカレが立っていた壇上は、石造りの立派な舞台になっていた。


「それでは、皆さま。余興として、ぜひお付き合いくださいませ。私たちの結婚式に」

「今日、この日、ここからが、VLDの新たな一歩となります」

 開会の言葉を告げた二人は、右手と左手で繋ぎ合い、深々とお辞儀をする。

 そして――二人が揃って顔を上げた瞬間、二人の衣装がガラリと様変わりした。


 かっちりしたタイトなパンツスーツ姿であった千咲は、華やかな純白のウェイディングドレス姿に。

 軽装ゆえに強者であることを表していた、防御性能よりも機能性を重視した白の鎧姿だった和紗は、キリッとしたタキシード姿に。


 教会。

 ウェディングドレス。

 タキシード。

 まさしく、王道中の王道ともいえる結婚式の様相だ。


「それでは、これより、コノハナカズサ、ハトリチサキによる、結婚式を初めさせて頂きたいと思います。まずは二人の、VLDと深く関わりのある思い出の物語をお楽しみください」

 司会のアナウンスが終わった瞬間、バァンと空間が暗くなった。

 教会中央の宙に、巨大な立方体のモニターが現れる。

 映像が映し出された。

 ワニ型魔獣の口から放たれた火球が、獣人アバターの女性プレイヤー目がけて飛んでいく、そんなひと場面が――。

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