電脳経済ビッグバン☆仮想剣王は死んで生まれる
富士なごや
X章 希望の電脳
とある年の、1月1日。
新しい年を迎えたその日、とある一組の恋人たちが、豪華な結婚式を挙げた。
恋人たちは、どちらも先天的に重度の難病を患っており、それぞれが入院している専門医療機関から、人生で一度も外の世界へ出ることのできない生活を送っていた。
クリーム色を基調にした清潔な部屋で目覚め、決められた食事だけを与えられ、楽ではない検査を繰り返すだけの日々。
自由など、何もない。
体力も極めて低く、自力で本やタブレット端末を持つこともつらくなるため、唯一の娯楽という娯楽といえば眠ることくらいだった。
そんな二人の人生を変えたのは、二人のいる医療機関――二人はそれぞれ別の医療機関で過ごしていた。一人は【イノベント皇国】。一人は【ウィンガロウ王国】だ――が、最先端VR装置【VLD】の導入を決めたことにある。
医療機関は、一度も施設の外に出られず、健常者が当たり前のように体験してきた生活を、普通に享受している経済活動を、少しでも患者たちに経験して欲しいという思いで取り入れることにしたのだった。
患者のQOLの向上に繋がって欲しいと、切に願って。
二人は、リアルとほとんど変わらず構造の仮想空間に、アバターとなって誕生した。
初めてログアウトした日の夜、二人は、これが自由なんだね……と涙を流した。
その日から、二人はVLD内で、様々な活動をした。
友人を作り、ギルドという組合に所属し、VLD内でも事業活動をおこなっているリアルの企業に就職もした。
【レッジ】――VLD内で流通している通貨を使って、服や雑貨をリアルでそうするように購入したり、旅行をしたりした。
リアルでは生まれてから一度も医療機関を出たことがなかった二人は、VLD内で多くの思い出を作り、健常者がリアルで経験しているような喜怒哀楽を――例えば、気心しれた友だちと遊ぶこと。例えば、友だちとコミュニケーション上のちょっとした擦れ違いが起き、顔を合わせれば気まずくなること。例えば、仕事で成果を得ることの大変さ――知った。
そんな二人の邂逅は、VLD内で定期的に開催されているイベントで、同じチームになったことだった。
VLD内では日夜、様々なギルドが、様々な企業が、独自のイベントをおこなってプレイヤーたちを楽しませているのだが、出会いのキッカケとなったそのイベントは、VLDの開発・運営側が開催した正規のもので。開発・運営側がこの日のために生み出した特別なワールドにおいて、いかに多くの魔獣を倒すことができるかというチーム対抗戦だった。
二人は、共に戦ったことで、すっかり意気投合。イベントの成績こそ残念ながら全450グループ中422位と振るわなかったが、かけがえのないものは手に入れたのだった。
チームメイトから友人となった二人は、ギルドの活動や仕事が終わったあと、いろいろなところへ遊びに出かけた。
クエストを一緒にクリアし、リアルでは一度も叶わなかったショッピングや旅行をたくさんした。各企業が催した、ハロウィンやバレンタイン、クリスマスそして年越し年明けのイベントにも、二人っきりで参加した。
関係性が育まれ、互いの中に相手を慈しむ愛情が生まれ、恋人になってからは、一歩進んだ関係になったからこそのケンカも増えたけれど、医療機関生活では絶対に得られなかったそれらを乗り越えるたび、絆はより確かなものになっていった。
そして――とある年の、1月1日。
二人は、VLDのプレイヤーになる前には考えられなかったほどたくさんの友人に祝福されながら、盛大な結婚式をおこない、晴れて行政上、法律上もパートナーとなったのである。
※
このひとつの恋愛ストーリーによって、人類は新たなステージに昇ったと、大勢が思った。
中には、人間が踏み入れてはいけない進化の領域に達してしまったのではないかと、畏れる者たちもいた。けれど、人類の恒久的な繁栄のためには、地球という星を守り抜くこと、宇宙へと進出すること、それらに匹敵するくらいに重要なものであるという考えが大半だった。
恋愛を育み、家庭を築けるほどの完成された仮想空間を、人類は手に入れた。
新たな経済圏・生活圏の構築により、リアルにおいて病や悪意や不幸といった理不尽によって迫害されてきた者たちが救済される……幸せな笑顔を浮かべられるようになったのだ。
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