第32話 面談

 新年まで残すところあと2日という日の夕刻にローランド一行は都に到着する。

 王宮にほど近い場所にあるクリーブス公爵家の屋敷に赴いた。

 オリヴィアは都に着いてからというもの目が真ん丸なままである。

 見るもの聞くもの珍しいものばかりできょろきょろとしていた。

 クリーブス公爵家の屋敷に入るとオリヴィアはすぐに上着を脱いだ。

 それまで着ていたのは今回の旅行のためにローランドが金を出し最高品質の生地を使って新たに仕立てた外套である。

 狼牙騎士団のサーコートに似せてデザインされたものを着ていると童顔なオリヴィアも少しは凛々しく見えた。

 血縁関係を頼ってローランドに預けられた騎士見習いの青年という印象を周囲に与えている。


 そして、この外套は何よりも金額がバカ高かった。

 そのため、オリヴィアは必要がないときはすぐに脱ぐようにしている。

 なにしろ仕事がブレイズたちのお世話であり、すぐに体をこすりつけてくるので服が汚れやすいのだった。

 屋敷に到着するなり、国王に挨拶にいかなくてはならないとローランドがブレイズに乗っていってしまったので、アックスとジェイドの世話をする。

 その後、他の随行員の乗馬も確認して回った。


 クリーブス公爵家の使用人は当然のことながらオリヴィアの顔は知らない。

 作業着姿の見知らぬ若い女が厩舎に居たら使用人が訝しみ、最悪屋敷の外に叩き出されそうなものである。

 実際に過去にもローランドに恋焦がれた女性が潜んでいて騒ぎになったこともあった。

 しかし、オリヴィアが不快な目にあうことはなく済む。

 アックスとジェイドがべったりとくっついているからだった。


 察しの良い者が問いかける。

「えーと、新しい治療師の方ですか?」

「はい。狼牙騎士団付きの治療師オリヴィアです。主にこの子たちの担当をしています」

 屋敷の下働きの者たちにも丁寧に接した。

 そして、オリヴィアの存在の話はすぐに屋敷内を駆け巡る。


 厩舎員、そのチーフ、外回り担当の執事、家令と階位をあげて話が伝わり、ちょうど外出から帰ってきたクリーブス公爵夫妻にも報告された。

「若君が女性を連れてお屋敷に戻ってこられました」

「なんだと?」

「なんですって?」

 ローランドの両親が目を丸くして聞き返す。


「今はどこに居るんだ? 客間か? ティールームか?」

 咳こむようにしてクリーブス公爵が尋ねた。

「若君は陛下からの呼び出しがあるとすぐに出かけられております」

「そうか。で、その女性はどこだ?」

「報告があったときは確か厩舎にいらっしゃったとのことです」

「厩舎?」

「はい。若君の愛犬や愛鳥のお世話をする治療師とのことです」


「なんだ、騎士団における部下か」

 公爵は気落ちしたように言う。

 しかし、眉を寄せて考え始めた。

「まてよ……」

 いつまでも未婚の子供を持つどこの家でも同じであるが、クリーブス公爵夫妻もローランドに対してしつこく結婚の予定を聞いていたことがある。

 そのことをローランドに煙たがられていた。

 それが原因で過去2年ほどは新年の国王への挨拶の際にもローランドは実家に逗留することはなく用を済ますとすぐに任地に戻っている。

 そのため、最後に直接見たのは少し前のことになってしまうが、アックスたちはクリーブス公爵に全く懐いていない。

 ローランドにしか心を開かない動物たちをオリヴィアが手なずけていることで俄然興味がわいた。

「直接見てみたい」


 夫人を伴って見にいった公爵が目にしたのは、自分たちが乗っていた馬車の曳き馬の背を撫でながら呪文を唱えているオリヴィアの姿である。

 後ろに控えている家令が公爵に耳打ちした。

「そういえば、厩舎の長から背中が腫れていて少し具合が悪そうな馬がいるという話がありました」

 オリヴィアの様子を観察していると信じられないものを目にする。


 尻尾をブンブンと振るアックスが持ってきた良い感じの枝をオリヴィアの側に置いた。

 曳き馬のたてがみを撫でていたオリヴィアが枝を拾い上げ投げる。

 嬉しそうにアックスはそれを取りにいった。

 ハックスハウンドは普通はこういう遊びをしない。

 夫人と顔を見合わせた公爵は家令に命ずる。

「オリヴィア嬢をお茶に招くように。丁重にな」


 家令にそのことを告げられたオリヴィアは仰天した。

 なにしろ、相手は公爵である。

 普通なら末端も末端の貧乏な子爵家の子女が簡単に会える相手ではなかった。

 どうしたらいいかと相談しようにも、肝心のフィリップもローランドも不在にしている。

 ただ、お断りをするという選択肢がないことはさすがに理解をしていた。

「服を改めますので、どうか少しだけ猶予をください」


 オリヴィアはアックスとジェイドにしばらくこの場を離れることを告げると自分に与えられた客間にすっ飛んでいく。

 先ほど脱いだ外套は旅塵にまみれているし室内で着るものではないので持ってきた服の中から1番良さそうな服に着替えた。

 図らずもローランドに買ってもらった服である。


 案内されてオリヴィアはティルームへと向かった。

 扉をノックした家令が良く通る声を出す。

「オリヴィア様をご案内しました」

「お通ししなさい」

 部屋に入るとオリヴィアはスカートの脇を摘まんで公爵夫妻に挨拶をした。

「お招きいただきありがとうございます。狼牙騎士団付き治療師のオリヴィア・サンバースと申します」


 名乗りを聞いた公爵夫妻の目が光る。

 ゆっくりと立ち上がるとテーブルに招いた。

 恐縮しながらオリヴィアが腰を下ろすと、メイド長が3人のカップに飲み物を注ぐ。

 公爵は笑みを浮かべた。

「仕事で忙しいところを呼び立てて悪いね。ええとサンバースの名には聞き覚えがあるな」


 オリヴィアは父の名と爵位を告げる。

「本当に名ばかりで領地も小さいのですけれど」

 公爵夫妻は素早くお互いに目配せをした。

「息子の犬や鳥ともだいぶ親しいようだね。普段は息子以外にはすごく警戒するのだが。それに息子も他人が近づくのをいい顔をしなかったと思うがね」

「ローランド様の大切になさっている3頭のお世話係を拝命しています」


「そうか。それは随分と信頼されているようだ。どういう縁で今の職に就いたのかな?」

 オリヴィアはランスタットの町周辺での戦いのことやアックスを治療したこと、その後ローランドから騎士団付きを命じられたことを簡潔に説明する。

「なるほど。それで息子はオリヴィア嬢の目から見てどうだろう? いや、息子は仕事の様子をあまり話したがらないのでね」


「私はローランド様の3頭のお世話をする際に、少し言葉をかわす程度でお仕事ぶりは良く存じあげないのです。ただ、この服を買っていただいたり色々とお世話になっていています。とても親切な方ですね。いろいろと気を遣って物を準備してくださいます。以前お茶をご一緒にしたときに召し上がらないからとお菓子を私にくださったこともあるんですよ」

 公爵夫人はテーブルの下で自分の左手の甲を右手でつねった。

 あの女嫌いの息子が女性と業務上の話をするだけでも驚くべきことなのに、共にお茶をしたりプレゼントをしているとは信じられなかったのである。

 しかも、この女性は一応は貴族の娘だというのだ。

 あまりに話の出来が良すぎて感動のあまり公爵夫人は眩暈を覚えるほどである。

 

 長居をさせては悪いからときりのいいところでオリヴィアを解放した後、興奮気味に公爵夫人は夫に詰め寄った。

「このチャンス逃すわけにはいかないですわ」

「うん。そうだな」

 今まで散々息子に縁談を勧めても頑として聞かなかったので、2人は孫の顔を見ることは半ば諦めていたところである。

 そんなわけでローランドの心を開くことができるなら、嫁に迎える相手は誰でもいいというぐらいになっていた。


 そこに彗星のように現れたオリヴィアは、上品さや高貴さには少々欠ける。

 期待水準が下がっているので、その程度のことは瑕瑾にすぎず、公爵夫妻としてはお嫁さんとして大歓迎であった。

「しかし、ここは慎重にいかねばな」

「そうですわね」

 公爵夫妻はお互いに深く頷く。

 親だけあって、あまり根掘り葉掘り聞くなどして介入するとローランドが反発することをよく分かっているのだった。

 

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