第19話 話し合い

「やあ、綺麗になったかな?」

 フィリップが声をかけてくる。

「はい、スッキリしました」

「それじゃ、こちらに腰かけなさい」

 ガムランが立ち上がり、空いている椅子を引いた。

 恐縮しまくりながらも座らないわけにもいかずオリヴィアは腰を下ろす。


 案内をしてきたものとは別の小間使いがカップとポット、ショートブレッドを運んできた。

 3人へのお替わりとオリヴィアの分のお茶を注ぐと部屋から出ていく。

 私を置いていかないでとオリヴィアは不安な視線を向けるが当然取り残された。

「その服も似合うね。私が買ったものには及ばないけど」

 フィリップが感想を述べる。


「そういえば、すぐに脱いじゃったんだね。後から見て気に入らなくなった?」

「いえ、そういうわけでは……」

 劣情をそそらないようにするためとは言えないオリヴィアは冷や汗をかいた。

「何かお手伝いできることはないかと考えて、買っていただいたばかりのものを汚すのも失礼かと」

 こうなったら嘘も方便ともっともらしい理由をでっちあげる。


 顎に手を当てていたローランドが1つ頷いた。

「そうか。では私も買おう」

 目的語が省略されているがこの文脈からは、汚れてしまったものの代わりにオリヴィアの服をローランドが買うという意味と思われる。

 しかし、そんなはずはないとオリヴィアが逡巡して反応できないうちに話題が変わっていた。


 ガムランが口を開く。

「では、此度の不始末の処罰について話をしましょう」

「ちょ、ちょっと待ってください。どうしてそんな話題に私が参加しているんですか?」

「閣下の判断に異を唱えたのはあなたでしょう?」

「だって死刑というのはちょっと……」

「ほら」

 と言われてしまえばその通りであった。

 余計なことを言ったと思っても後の祭りである。


「でも、私の意見なんか気にしなくても……」

 ガムランは指を1本立てた。

「まず、はっきりさせておきましょう。騎士団にとって乗馬の健康管理は重要です。それなのに乾燥が十分でなく傷んだ飼い葉を出して馬の健康を害したことは看過できません。これでお咎め無しだといずれきっと再発するでしょう。ここまではいいですか?」

 組織の管理者としての視点はオリヴィアには無いものだったが、言われれば分かる気はして肯定の返事をする。


「そして、オリヴィア。あなたの迅速な措置がなければ命を落とした馬もいるでしょう。騎士というのは戦うことと死ぬのが仕事です。それは乗馬も同じこと。ですが、それだからこそ不必要な犠牲はあってはなりません。厩舎の現場担当者と管理者は果たすべき義務を懈怠した。その責任は重いと考えます」

 厳粛な面持ちでガムランは告げた。

 もしこれが戦いの直前に発生していたら戦力の低下は避けられない。

 その点を考慮すれば軍事組織としては当然の結論である。


「私もなんらかの責任を問うべきということまで否定をするつもりはないんです。ただ、死刑というのは極端すぎるかなあって……」

 だんだんと声が小さくなった。

 オリヴィアの発言はつまるところ感情論でしかない。

 反対をするのであれば屁理屈でもいいので論理をぶつけなければならず、一生懸命に考えた。


「ええと、私たち治療師は怪我や病気を治すことはできても人を生き返らせることはできません。死んでしまったらそれでおしまいです。半人前ですけど治療師である私にとってはその差は大きいと思います。馬が死んでしまっていたのならともかく、そうでなかったのですから、罰も死なない程度のものでなければ均衡を欠くのではないでしょうか?」

 今度の発言は多少はガムランに響いたようである。

「なるほど。まあ、治療師としてそう考えるのは一理ありますね」


 黙って話を聞いていたローランドは組んでいた腕をほどくと身を乗り出した。

「頬を叩かれて憎くはないのか?」

 炯炯とした視線でオリヴィアを刺し貫く。

 オリヴィアは思わずつばを飲み込んだ。

 こ、怖い。

 それでも偉い方のご下問であり返答はしなくてはならない。


「憎い……ですか? あの時はあの男の人も慌てていたんだと思います。自分の持ち場に部外者が居たら制止しようとするでしょうし、それに抵抗されて手が出てしまったんじゃないでしょうか。私だって治療のための部屋に不審者がいたら、ひっぱたくぐらいはすると思います」

 ローランドの顔が歪んだ。

 この小柄な体つきのオリヴィアが精いっぱい手を伸ばして不審者を叩く姿を想像して笑いがこみ上げそうになっている。

 歯をかみしめてそれをこらえた。


 オリヴィアはひょえーと心の中で恐れおののきながらも話を続ける。

「もう謝ってもらいましたし、ブレイズに歯形が付くぐらい噛まれてますし、別に憎くはありません」

 一呼吸をするとローランドは独白した。

「私なら許さんな。私はそうやって戦ってきた。まあ、お前の考えは分かった」


 事の推移を見守っていたフィリップがここで新たな提案をする。

「ここは功労者であるオリヴィアの顔も立てて罪一等を減じるということでどうでしょう? そうですねえ、今夜はあの両名に傷んだものを食べさせる。馬と同じ苦しみを味わわせることで反省を促せると思いますが」

 割と非人道的な内容であった。

 オリヴィアは知らず知らずのうちに何言ってんだコイツという表情になる。


 ガムランもオリヴィアと同じような表情になったが、死刑よりはマシかと考えを改めた。

 それでも一言言及せずにはいられない。

「わざわざ食べ物をダメにするのですか。それもどうかと思いますが」

「大丈夫。神殿の食堂のおばちゃんが残飯のことを嘆いていたから。それを貰ってくればいい。提案者なんで取りに行くのは私がやりますよ」

 フィリップは楽しそうにしていた。


「なんで、普段はやる気のないあなたがそんなに張り切っているんです?」

「そりゃまあオリヴィアのお願いだから。それにオレもね、ちょっと気に入らないんですよ。あの若いのオリヴィアの顔を叩いたじゃないですか」

 フィリップがオリヴィアの左の頬を凝視する。

 それに釣られてローランドとガムランもオリヴィアの顔を見た。

 頬の叩かれた部分にはまだうっすらと赤みが残っている。

 3人に見つめられてオリヴィアは恥ずかしいったらない。


「女の子の顔を叩くのはねえ。まあ、騎士なら向こう傷は名誉ですよ。だけどオリヴィアは騎士じゃないですからね。傷が残って婚期が遠のいたりしたら悪いじゃないですか。ということでしっかり反省してもらおうかなというわけです」

 オリヴィアは婚期という単語にビクッと反応した。

 いや、まあ既に遠のいているのは進行中なんですけど。

 思わぬところからの追撃にオリヴィアはガクリと項垂れる。

「ふむ」

 ローランドが声を出した。


「名誉の傷には違いない。誰が厭うだろうか。だが、処分はそれでいい」

「騎士団に属するオリヴィアが馬を守ろうとしたのだから名誉の傷である。仮に痕が残ったからといって騎士ならば誰がそのことを厭おうか。飼い葉が傷んでいた件の処分はフィリップの案で良い。ということですね」

 ガムランが確認しローランドは頷くと立ちあがる。

 オリヴィアの側を通りすがりながら足を緩めると一言漏らした。

「体をいとえよ」


 ガムランもローランドに従って歩き出しながら優しく声をかける。

「ここでゆっくりなさい」

 そして、立ちあがろうとしないフィリップの方を見た。

「オリヴィアの話し相手をするのはいいですがほどほどに。それと自分で言ったことは忘れないように」

 のんびりお茶を続けられるとフィリップは喜ぶ。

 そんな中でオリヴィアはローランドの発言に目をぱちぱちとしていた。

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