第20話 到着
騎士団が駐屯するボーネハムの城に到着すると、その威容を見上げてオリヴィアはほえ~という顔をする。
そんな顔で跨っている馬は騎士団に危急を知らせたシルバースターだった。
ランスタットに向けて出陣する騎士団に同行して戻ってきたのをローランドが買い取っている。
シルバースターの背でオリヴィアが眺めている城の厚く高い壁の外には水をたたえた堀があり、塔には王国旗がへんぽんと翻っていた。
堀のずっと先に視線を向ければ、大きな町の城壁も目に入る。
今まで故郷の寒村とランスタットの町しか知らないオリヴィアは完全にお上りさん状態であった。
横からくっという声がしてオリヴィアがそちらを見るとローランドが前に向き直りながら険しい表情をしている。
うひゃあ。
オリヴィアは自分のいる場所を思い出して失態に顔から火が出る思いだった。
いる場所というか、正確には騎士団の隊列における位置が大いに問題である。
騎士団の先頭にローランドと並んで駒を進めているのだった。
ローランドの性格を反映して、狼牙騎士団では団長が先頭に立つ。
お付きの騎士に囲まれて隊列の中ほどを進むなどということはしないのだった。
そのこと自体はトップが危険な位置にいるのはどうかという意見もあるものの、本人の決めたことである。
ここで重要なのはローランドと横並びになって馬を進めるということが非常に名誉なことだということだった。
平常時であってもそうだが、さらに戦勝の凱旋である。
戦いで1番活躍した者が与えられるべき場所だった。
オリヴィアはローランドの命令でランスタットの町を出るときからずっとこの位置で馬を走らせている。
最初は目を離したらどこかに行きかねないので監視のためかと勝手に解釈していたが、後からフィリップにその意味を聞かされ、今では名誉なことだと理解していた。
そんな位置にいるのにアホ面を晒してしまったとオリヴィアは反省することしきりである。
反省と同時にローランドに怒られるかと思ったが奥歯を噛みしめているばかりで叱責の言葉は出てこない。
安心すると同時にこれから自分はやっていけるのかとオリヴィアは不安になった。
そんな気持ちにしている原因のローランドは笑いを堪えるのに必死である。
治療師として働くときの真剣な顔と普段の呆け顔の落差がおかしくてたまらない。
ローランドはうっすらと人類全体が嫌いであり、特に女性へは嫌悪感が強いが、その一方で一心不乱に責任を果たそうとする姿には素直に感動を覚える性格でもある。
汚物に塗れ顔を腫らしながらも具合の悪い馬の面倒をみていたオリヴィアのことは評価していた。
また、ローランドの意見に簡単にはなびかないところにも好感を抱いている。
褒美にしても、処罰の量刑についても、普通の女なら拝跪して唯々諾々と従うか迎合してみせるところだった。
それを治療師としての倫理やものの考え方から反対してくるのは新鮮ですらある。
その返答を全面的に肯定できるかという点は別にして、オリヴィアのことを見かけによらず意外にしっかりしている珍獣とは考えていた。
この珍獣は人語も話し治療魔法も使える。
ローランドにしてみればアックスやブレイズ、ジェイドと似たような存在だった。
オリヴィアがローランドの横で馬を進めることとなった功績は騎馬30余りとアックスの命を救ったことである。
これには他に手柄を立てた騎士たちも騎士団に対するかなりの貢献と認めざるを得ず、ローランドの伴走をオリヴィアにすることはすんなりと受け入れられた。
正直なところ、名誉ある場所を奪われたという気持ちよりも好奇心の方が強い。
今まで頑なに側に女性が近づいてくるのを拒んでいたのにどういう風の吹き回しかと興味津々だった。
オリヴィアは令嬢のような優雅さもたおやかさもない。
ただ、可愛らしい顔立ちでちょこまかと走り回り、ころころと良く変わる表情は見ていて飽きなかった。
若い騎士たちからの恋人としてアリかナシかの判定は割れている。
ただ、この傾向は愛馬を目の前で救ってもらった騎士たちの間では事情が異なった。
こぞってオリヴィアのファンになっている。
城の中庭についた騎士団はローランドの訓示の後に解散した。
オリヴィアは出迎えにきていた若い男性にローランドによって引き合わされる。
「ニーメライ。新任の治療師オリヴィアだ。指導を頼む」
「ローランド様。了解です」
帰着した団長は忙しい。
「しっかりな」
去り際にオリヴィアを励ますとガムランとフィリップを連れてローランドは立ち去った。
治療師の長ニーメライは小首を傾げてその様子を観察していたが納得したように頷く。
「荷物を持とう」
「あ、いえ、自分で持ちます」
「その方が早い」
オリヴィアが鞍の後ろから降ろして両手に下げている鞄を受け取った。
それから、ついておいでと別棟に連れていく。
「オリヴィア。治療師としての経験は?」
「2年弱です」
「なるほど。それで団長のお眼鏡にかなうとは相当腕がいいようだ」
「いえ、そんなことは無いんです」
オリヴィアはかいつまんで事情を説明した。
「そういうことか。つまりオリヴィアは動物の治療に長けている獣の治療師なのだね」
「獣の治療師ですか?」
「ああ。人の治療は時間がかかったり効果が薄かったりするが動物を治すのは得意な治療師がいるという話は聞いたことがある。それを獣の治療師と呼ぶのだよ。この城には居ないがね」
「そうなんですか……」
自分と似たような存在がいると聞いて喜んだものの、この場所には居ないと聞いてオリヴィアはがっかりする。
ひょっとすると友達になれるかと期待したのだった。
神殿でつまはじきにされていたことはそれほど気にしていなかったが、気の置けない友人がいるに越したことは無い。
かつこつと石の床にニーメライのブーツの音が響く。
再び明るい場所に出た。
どうも建物に囲まれた中庭のようである。
ニーメライは右手にある建物を示した。
「あの建物が治療師の持ち場だ。とはいえ戦時でもない限りあまりすることは無いけどね。まあ、訓練や決闘で怪我は絶えない場所ではあるけれども。そこで腕を鈍らせないように日を決めてボーネハムの町に出かけて治療をしている」
「こちらには何人の治療師がいらっしゃるのですか?」
「私を含めて6人。君を加えて7人ということになるな」
中庭を横切ると先ほど示した建物に入っていく。
ニーメライは中の控室に居た5人にオリヴィアを紹介した。
年齢も性別もまちまちな治療師が好奇の視線を向けてくる。
少なくとも現時点では敵意を向けてくる者はいない。
「未熟者ですがよろしくお願いします」
オリヴィアが挨拶をするとニーメライが言葉を補った。
「本人の弁によると人の治療はあまり得意ではないとのことだ。その点は了承しておいてくれ。その代わり1度に10頭以上の立てなくなった馬を治療している」
30前後の男性治療師が口笛を鳴らす。
「そりゃ魔力量は多いですね。俺の経験からすると馬の治療は人の3倍は魔力をもってかれる」
周囲の他の治療師も同意の声を漏らした。
ニーメライも頷く。
「ということで、オリヴィアには役割分担で動物を優先的に診てもらうようにするつもりだ。まあ、折を見て人の治療の効きが悪い原因を探って指導するけどね。それでも患畜を任せられるだけでも負担軽減にはなるはずだ。それでいいね?」
口々に賛同の声があがった。
「シャーロッテ。オリヴィアを部屋に案内してあげてもらえるかな?」
荷物をオリヴィアに返しながら、ニーメライは整った顔立ちの女性治療師に声をかける。
「部屋に荷物を置いてきたら、オリヴィアの歓迎会をしよう」
「分かりました。こっちよ、ついてきて」
シャーロッテは恐縮するオリヴィアから1つ荷物を預かると先に立って歩き出した。
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