第4話 伏兵と怪我
その頃、ローランドは引き続き潰走するモンスターの群れを追っている。
戦いとは非情なものだ。
勝った今叩いておかないとより強大になって戻ってくる恐れがある。
次の戦いでも勝てるとは限らない。
ローランドは勝者側指揮官の義務として徹底的に敵を叩いておかなければならなかった。
もっとも、掃討作戦に従事していれば、面倒な祝勝会をフィリップかガムランに押し付けられるかもしれないと無意識に計算している。
疲労の色が乗馬に見えた騎士には後方に下がるように指示を出しているので、いつしかローランドは1騎駆けをしているような状態になった。
愛馬ブレイズは体が大きいだけでなく、持久力も他の馬とは比べ物にならない。
さすがに汗をかいてはいたが、まだ多少は余裕のある走りをしている。
ただ、表面積の大きさに比例するように受けた傷も多かった。
巧みに致命傷にならないように攻撃を避けているので、どれも浅手ではあったが傷は傷である。
ブレイズ以上に血にまみれているのが犬のアックスだった。
青灰色の毛についた血はすでにどす黒くなって固まっている。
そんな状態なのではっきりとは分からなかったが、どうも全くの無傷というわけでもないようだった。
敵にとびかかるときにわずかに脚をかばうのか、今朝がたと比べると動きに少し遅れが見える。
ラバホークのジェイドだけは美しい緑色の羽を血で汚すこともなく悠々と空を飛んでいた。
ただ、優雅に舞うジェイドも喉がちょっと焼けている。
もともと火に対する耐性はあるのだが、ちょっと景気よく吐きすぎてしまったのだった。
疲労のためか羽ばたくのもやめ上昇気流を捕まえて上空を漂っている。
ローランド自身はまだ戦えたが、そろそろ潮時だと引き返すことにした。
その帰路で狡猾な敵の伏兵に遭遇してしまう。
ダークエルフ5体から成る集団は戦いが始まって早々に正面からの勝負を諦めていた。
本能で動くゴブリンなどと違って知能が高く悪知恵も働く。
負け戦で消耗するような真似をするつもりはなかった。
姿隠しの魔法を使って周囲の景色と同化し戦況を窺う。
他のモンスターが愚直に戦い騎士団に壊滅させられるのをじっと見ていた、
最初から高みの見物を決め込んで漁夫の利を得るつもりである。
大勢が決して騎士団の大部分が引き上げるのを待った。
そろそろ引き上げるかと移動を始めたところでローランド一行と遭遇する。
姿隠しの魔法は激しい動作をすると破れてしまうという制約はあるものの相手から見えなくなる効果的なものだった。
しかし、臭いまでは遮蔽できない。
向こうからやって来るアックスを見て最初はぎょっとする。
しかし、浴びるほど血に汚れており嗅覚は麻痺しているだろうと判断した。
実際、数歩ほど離れたところをすれ違うように見える。
ところがほぼ直角ともいえる角度で曲がると1体のダークエルフエルフに飛びかかった。
「くそっ。化け物め!」
残りの4体は一斉に剣を抜く。
ほとんど鞘走る音がしないが、この動作に姿隠しの効果がなくなった。
ローランドは手綱を引いて鞍から飛び、同時に槍を投げつつ剣を引き抜く。
地面に転がって衝撃を吸収し、駆けよると1体を肩から斬り下げた。
ダークエルフは決して弱くはない。
状況によっては5人も居れば10人の戦士を一方的に蹂躙することもある。
それなのに瞬く間に3人も倒されるとはダークエルフにとって悪夢のような相手だった。
それでも最初の動揺から立ち直ると1体ずつアックスとローランドに向き合う。
ダークエルフの刃には毒が塗ってあった。
アックスはその臭いで、ローランドは暗緑色の付着物を見てそのことを悟る。
ただ、この距離なら魔法を使われる心配はない。
ローランドは正面に剣を構えた。
少し待てば急には止まれないブレイズが反転して戻ってくるし、上空からジェイドも牽制してくれるはずである。
勝負を急ぐ必要はなかった。
一方でダークエルフはその対極にある。
初手で味方の半数以上を倒されている上に、このまま時間が経てばデカい馬かラバホークに背後を突かれることが予想できた。
生きのびるには目の前の敵を急いで片付ける必要がある。
2体は同時に動いた。
ローランドは相手の剣を正面から受け止める。
がっと噛み合った刃の向こうのダークエルフを冷ややかに見つめた。
剣の長さ、体の大きさ、膂力のどれをとってもローランドの方が有利である。
正面からの斬り合いなら負ける心配はなかった。
力任せに押し込み相手が体勢を崩すとそのまま押し込んで斬る。
口が動くのを見て素早くトドメを刺した。
もう1体の方を見ると背後からアックスに首筋に噛みつかれている。
もう助からないと思ったのかダークエルフは思いがけない行動に出た。
剣を逆手に持つと気合の声と共に剣を自らの腹に突き立てる。
細い体を貫通した刃は背中から飛び出してアックスの体を傷つけた。
ダークエルフの顔にしてやったりという表情が浮かぶとばたりと倒れる。
その上にのし掛かるようになったアックスは剣が体を傷つけているにもかかわらず身じろぎもしない。
「アックス!」
悲痛な叫び声をあげてローランドは駆け寄る。
アックスの体を剣から離した。
傷はそれほど深くないが、アックスの体は力なく目も閉じている。
明らかに毒による症状だった。
ローランドはここで悲嘆にくれて時間を浪費するような男ではない。
「すぐに助けを呼んでくる。それまで耐えるんだ」
アックスに呼びかけ頭を一撫ですると近くにきていたブレイズにひらりと飛び乗る。
手綱を引いて向きを変えるとガムランを残してきた方へと駆け出した。
そこまでいけば治療師がいる。
騎士団付きの者と違って人以外は診ようとはしないかもしれないと疑念が頭をよぎった。
構うものか。
剣を首に突きつけてでも治癒魔法を使わせてやる。
いっさんにブレイズを走らせているとすうっとジェイドが降りてきた。
平行して飛びながら声を出す。
「あっち。ケガ治す人いる。すぐそこ」
それだけ言うと羽ばたいて高度を上げた。
ローランドはその後をついて行く。
こちらは先ほど激戦を繰り広げていた場所で治療師がいるとは思えなかったがジェイドを信用していた。
少なくとも日のあるうちは人よりも目がいいし、障害物を越えて上から見ることができる。
ひとむらの木立をまわりこむと白い服の治療師を護るように3人の騎士が歩いてランスタットの町へと向かっているのが見えた。
この集団は馬を連れているが全員騎乗していない。
馬蹄の音に警戒していたが相手の正体に気づくと緊張を解いた。
「団長!」
ローランドは騎士たちがこんなところで何をしているか気になったが今はそれを追及している暇はない。
ブレイズを停止させると治療師に手を伸ばした。
「怪我をしたのがいる。来い」
黒髪の純朴そうな娘はキョトンとしていたが、怪我という言葉を聞くとすぐに前に出る。
ローランドの手を取ると鐙の上のブーツを踏みつけながら前に跨がった。
すぐにブレイズが走り出す。
気が急くローランドは無駄口を叩かない。
無理をしたせいかブレイズの速度が落ち始めていた。
ローランドは唇を噛む。
目の前の娘は何やらブツブツと言っていた。
「頑張って、もうひと踏ん張りよ。後で美味しいものあげるから」
驚くことに顔が下がり気味だったブレイズが首を起こして力強く走り始める。
すぐにアックスの姿が視界に入ってきた。
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