第3話 激戦

 あくる朝を迎え、騎士団はいよいよモンスターの討伐に繰り出すことになる。

 その統率者であるローランドは機嫌が悪い。

 準備した部屋に泊まらなかったことについて朝から慌てふためく責任者の姿を見たからだった。

 戦いに赴く以上は常に戦時体制とするローランドからするとこういう余計な気遣いには煩わしさしか感じない。

 尊い生まれなのに常に前線にいるのも都の繁文縟礼を嫌うからという部分もある。


 今回の件については事前に告知できなかったので仕方ない側面もあるが、こういう無駄が不快というのはどうしようもなかった。

 無駄と言えば昨夜の歓迎会はその極致である。

 仕事を終えた後ならば理解できた。

 ああいう催しは嫌いではあるが、命がけで戦った配下の騎士を慰労するというのであれば断る理由はない。

 だが、戦いに備えて気が張っているところにあのような催しは邪魔でしかなかった。

 そんな暇があれば少しでも早く休んで英気を養うべきであろう。


 ささくれだった気持ちを察したのかブレイズが振り返り大きな黒い目で見つめてくる。

 ローランドは苦笑をひらめかせるとポンポンとブレイズの首筋を叩いた。

 その様子を人垣の向こうから眺めていたオリヴィアの同僚たちはざわめく。

 滅多に見られないという噂の貴重な笑みを目にできて浮かれていた。

 恐ろしい場所に出かけていかなくてはならないにも関わらず、治療師たちの士気は高い。

 その後ろの方でオリヴィアは緊張した面持ちを浮かべている。

 

 「よーし。頑張るぞ」

 オリヴィアは口の中で呟くと杖を握りしめる。

 豊穣と愛を司る女神のシンボルが縫われたシンプルなローブを着た姿は周囲の者に比べれば軽装だった。

 他の者は身を守るための装身具の類を多く身につけている。

 なにしろ、モンスター討伐に向かう騎士団に随行するので、できるだけ身の安全を確保しなければならなかった。

 昨夜寝ているところを叩き起こされ急に参加することになったオリヴィアは事前の準備が十分ではない。

 不安になるのも無理はなかった。


 ***


 町のすぐ近くまで進出してきていたモンスターとの戦いは激しいものになる。

 ゴブリンやその上位種であるホブゴブリンは単体では大した脅威ではない。

 ただ、集団となると話は変わったし、中には魔法を使うものもいた。

 そして、厄介なのがその群に混じるオーガのような巨人である。

 ただ、戦術を駆使し統率の取れた騎士団は3倍もの数をも誇る相手に有利に戦いを進めた。


 300の騎士のうちの3分の1に当たる弓騎兵が先に前に出て馬上から激しく射撃を加える。

 機動力を活かして敵を引きずり回しながら、的確に射ぬいていった。

 密集していたモンスターが堪らず散開すると槍騎兵が密集突撃を敢行する。

 槍騎兵はローランドとフィリップが率いており、それぞれの兵数はフィリップの方が2割ほど多かった。

 普通であれば逆であると思うところだがそれには理由がある。


 ローランドが跨るブレイズに先行するように駆けるアックスはその青灰色の毛を真っ赤にしてゴブリンの喉笛に食らいつき、爪で皮膚をえぐった。

 その姿は神話に聞く地獄の番犬もかくやという恐ろしさである。

 アックスの征くところゴブリンの悲鳴が上がらないところはなかった。

 足元を駆けまわるアックスに気を取られていると上空から舞い降りてきたジェイドの攻撃を食らうことになる。


 ラバホークは人との会話ができるほど賢い。

 そして、鋭い爪で引き裂くだけでなく、口から火の玉を吐くことができた。

 ほんの親指の先ほどの小さなものであるが、灼熱の玉は鉄製の盾を溶かすほどに高温である。

 オーガの頭に命中するとバターに熱したナイフを入れるように体を貫通した。

 

 そしてローランドの乗るブレイズは戦場を縦横無尽に疾駆する。

 それだけでなく通常の馬よりも一回り大きな馬体を生かしてやや大柄なホブゴブリンすら踏みつぶし蹴飛ばした。

 馬上のローランドは左右に軽やかに槍を振るいブレイズと人馬一体となって敵を寄せ付けない。

 

 1人と3体が開けた空間にはすぐに後続の騎士が殺到して、その傷口をさらに拡大させた。

 もう一方の槍騎兵の先頭では通常よりはやや短めの槍を両手に持った双槍将フィリップがモンスターを蹂躙している。

 女性と見紛う優しい面立ちはそこにはない。

 騎士たちは常に1か所に留まることなく移動を続けながらヒットアンドアウェイを繰り返した。


 矢筒が空になった弓騎兵は後方に控えるガムランと志願兵のところに戻り新たな矢筒を受け取る。

 ガムランと槍騎兵の中間地点に薄く散らばると後方に回り込もうとするモンスターをけん制した。

 やや大きな集団が遮二無二突っ込んでくるとガムランの出番である。


 樫の木の杖を水平に構えると朗々とした声で魔法を唱えた。

「大気を震わすハンマーよ。大地を揺るがす轟雷よ。我に挑まんとする者どもに等しく滅びを与えんことを」

 詠唱が完了すると敵の一団の中心に生じた眩しい光が一定の範囲に激しい稲光を放射する。

 それに貫通されたモンスターはバタバタと倒れその場には生臭い異臭だけが残された。


 巨躯と怪異な風貌に反してガムランは優秀な魔術師である。

 しかも頑健な体をしていた。

 ガムランを脅威と見てゴブリン射手の強弓から放たれた矢が飛来し左肩にぐさりと刺さるが、眉をひそめて無造作に引き抜く。

 一般的な魔術師であれば昏倒して戦線離脱するところだが全く動じていなかった。


 志願兵に囲まれて守られていた治療師が慌ててガムランに治癒魔法をかけ始める。

 戦場を覆う双方の怒声と撃剣の音に怯え切っていたが役目は果たさなくてはならなかった。

 戦いは騎士団側に有利に進んでいたが、やはり損害が皆無というわけにはいかない。

 時間が経つにつれて多くの怪我人が治療師のところにやってくることになり治療師はその対応に大わらわとなった。


 戦いの帰趨がはっきりするようになると、今までは動かすことができなかった重傷者が回収されて運ばれてくるようになる。

 自然とオリヴィアは軽傷者の対応に回されるようになった。

 全力で治療に当たったが、やはり効き目の差は明らかで貢献度としては全体の20分の1にも満たない程度である。


 戦いは昼過ぎには終了し騎士団側が勝利を収めた。

 ローランドとフィリップは少数の部下や愛犬たちと共に残敵の掃討を続けているが、ガムランは事前の指示に従い戦力の大部分をランスタットの町へと引き上げさせることとする。

 怪我人や力を使い果たし朦朧とする治療師を先に搬送させた。

 3倍以上のモンスターを撃破し味方の死者はなく重傷者は30名と、完勝と言っていい結果にも関わらずガムランの顔は晴れない。

 戦場には傷を負い倒れた馬があちこちで哀れっぽい鳴き声を上げていた。

 その横では愛馬に何もしてやれない騎士が沈痛な顔をしている。


 リスのように軽やかに走ったオリヴィアが一頭の馬の横に跪くと祈りの言葉を唱え始めた。

 騎士は驚くが相手が治療師であることに気付くと一縷の望みを抱く。

 人の治療ではあまり役に立っているようには見えなかったが、馬に治癒魔法をかけてくれるというだけで有難かった。


「大丈夫だからね。私は他の子も助けたことがあるんだから。きっと大丈夫」

 その言葉は自分を励ますためでもあったのかもしれない。

 オリヴィアは強く祈りながら馬を励まし続けた。

 馬に生気が蘇り自分の脚で立ち上がる。

「おお、奇跡だ」

 騎士が愛馬に縋りつくと、オリヴィアは次の馬へと走って向かった。

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