第2話 騎士団長ローランド

 急行してきた騎士団の到着を労う歓迎会が開かれる。

 その主役は狼牙騎士団長ローランドであった。

 王太子の従兄であり武勇の誉れが高い。

 そして歓迎会に出席した女性の注目を一身に集める美貌の持ち主でもある。

 ローランドの美しさは王国一と言われるほどだった。

 金糸のような髪の毛は日の浴びるとまるで光の粉をまき散らしているように見える。

 氷のような瞳が印象的な顔立ちは甘さの欠片もないが、硬質な美しさと力強さが完璧に調和していた。


 常に王国の前線に立つローランドは功績も数多く、見栄えがいいだけの男ではない。

 ただ、全く愛想はない男であった。

 普段から腹心の部下以外とは口もきかない。

 歓迎会においても冷たい瞳で周囲に人を寄せつけなかった。

 腹心フィリップが代わりにランスタットの町のお偉いさんとの間を如才なく取りなす。


「閣下は戦いの前から戦いに備えて闘志を溜めておられます。気が散じることのないよう、ご挨拶は遠慮させてください」

 そう言われればこの機会に誼を通じておきたい有力者も引き下がらずにはいられなかった。

 黒い長髪を後ろで束ねた小柄な優男ふうの容貌をしているフィリップは朗らかな笑みを浮かべる。

「皆様のお気持ちは閣下に十分に伝わっていますから」


 その後も佇立するだけのローランドを尻目にフィリップはちょこまかと動き回って愛想を振りまいて回った。

 その隙にローランドの御前にと思う者もその後ろに控える巨漢の姿を見ると足が萎えてしまう。

 長身のローランドよりも更に背が高く身幅も厚いオーガのような男ガムランが睥睨していた。

 もう1人の腹心であるガムランは太い眉根を寄せる。

 燃えるような赤毛と口の端からはみ出した犬歯が相まって恐ろしさが倍増した。

 あいつの母親はオーガと情を交わしたらしいと陰で言われているだけの迫力がある。


 歓迎会に招かれた治療師たちもローランドの近くに参じたいと考えていたがガムランの形相を見て諦めた。

 あわよくばローランド様とお近づきになりたいという思いはこの場にいる他の女性と変わらない。

 一塊になってローランドに視線を送る治療師のところへもフィリップがやってくる。

「閣下の副官を務めますフィリップです。ランスタットの治療師の方たちですね。明日はよろしくお願いします。事前のお話では10人いらっしゃるとのことでしたが。お1人席を外されているのでしょうか?」


 首をこてんとするフィリップはこのような仕草をするとある種の犬のような可愛げがあった。

 治療師の長はたちまちのうちに相好を崩す。

 名乗りを上げてから愛想を振りまいた。

「お気になさらないでください。確かにもう1人いるのですが半人前の者でして。こういう場には相応しくないと参加を控えさせました」

「そうですか。それでも明日からの掃討には参加されるんですよね? かなりの規模のモンスターと聞いています。激戦が予想される状況では治療師は1人でも多い方が安心できますが」


「私どもが誠心誠意務めさせていただきますのでご安心ください」

「そうですか。でもそういう話ではないんですよ。火急を要するということでこちらは支援要員抜きで駆けつけているんです。勝手な判断で減員されると当方の活動に影響が出ます。これは閣下に報告にしなくては。失礼」

 立ち去ろうとするフィリップを治療師の長は慌てて呼び止める。

「お待ちください。明日は必ず10名で参ります。オリヴィアにもきつく言い聞かせて治療に務めさせますので」

「残りのお一方はオリヴィアさんというのですね。そうですか。期待していますよ」


 ニコリと笑ってフィリップは立ち去り次のグループの輪に入った。

 それを見送る治療師たちの表情はうっとりしている。

 ローランドに見初められるというのは夢物語の範疇だが、その側近であれば多少の可能性はあった。

 傷を負い倒れたところを治療すれば恋仲になることは、今までの経験としてもあり得ないことではない。

「フィリップ様も素敵ね」

「整ったお顔なのに時々すっと子供のような顔になるギャップもいいわ」

 そんな勝手なことを言っていたが長はそれどころではなく、オリヴィアがきちんと役目を果たせなかったらと思うと気が重かった。


 一通り会場を巡ったフィリップはローランドのところに戻る。

 その手に握られたグラスは主の元を離れた時とは別の酒が入ったものだった。

 ジロリと視線が移動したのを認めてフィリップは厳粛な顔を作る。

「やだなあ。たった3杯だけですよ」

 見咎めたローランド自身は乾杯の際に形だけ口をつけただけで全く飲んでいなかった。

「酒を飲むといざというときに反応が遅れますよ」

 ガムランが低い声で指摘する。


「それは常人でしょ? 俺はこれぐらいなら明日の朝には全然影響出ないから」

「そうは言ってもですね。他の騎士への示しがつかないでしょう?」

「え? 誰も俺に模範的行動なんて求めていないと思うけど」

 ローランドが片手を挙げて2人の議論を制止した。

「引き上げるぞ」

 短く言うとさっさと出口に向かって歩き出す。

 もともと最低限の社交儀礼として参加しただけであり長居をするつもりは微塵もなかった。

 

 提供された宿舎に戻ると母屋には行かずローランドは厩舎に寄る。

 歩哨に頷いて中に入るとハスクハウンドのアックスが尻尾を振った。

 チャラと音をさせて鎖を引きずりながら近づいてくる。

 ローランドはしゃがみ込むと手袋を外し両手でアックスの頭を包みワシャワシャと撫で回した。

 狼の血を色濃く残し通常はあまり人に懐かないハスクハウンドにもかかわらず、舌を出し尻尾をちぎれんばかりに振る。


「窮屈な思いをさせてすまんな」

 歓迎会とは打って変わった寛いだ表情でローランドは鎖につないでいることを愛犬に詫びた。

 アックスはそれに応えるように頬をベロリと舐める。

「明日は激しい戦いになる。よく休んでおけよ」

 もう一舐めすると大人しく先ほどいた場所に戻って腹ばいになった。


 それを合図とするかのようにバサリと音がすると黒い影が梁から降ってくる。

 ローランドがさっと出した左腕にラバホークが止まった。

 嘴で脇の辺りの鮮やかな緑色の羽を直す。

「やあ、ジェイド。どうした?」

 右手の指を動かして嘴の届かない頭の後ろを優しく掻いてやるとジェイドはウットリとした顔になった。


「ロー、好き」

 ジェイドの口から言葉が漏れる。

「私もだよ。ジェイド。私の天翔るお嬢さん」

 囁くと、もう何言っているのよという風情で羽を広げてローランドの腕を打った。

 フィリップが声をかける。

「閣下。もう遅いのでイチャイチャはそれくらいに」

 ローランドはフンと鼻をならした。


 反論しようとしたタイミングで馬房の柵がミシリと音を立てる。

 ローランドはそちらに向かうと右手をのばした。

 手のひらに赤毛の馬が鼻面を押しつける。

「ブレイズ。お前のことを蔑ろにしたわけじゃないんだよ。もう寝たかと思っていたんだ」

 ブレイズは手のひらを軽く押すと手首を甘噛みした。


「本当だって」

 そう言うとようやく手首を開放する。

「眠りを邪魔して悪かったね。お休み」

 手を伸ばして首をさっと撫でるとローランドは片隅にある粗末な寝床に向かう。

 意図を察したジェイドは飛び上がると寝床のすぐ上の梁に移動した。

 ローランドは軍服を脱ぎ畳むと台の上に置きベッドに身を横たえる。

 2人の部下もそれに倣い間もなく厩舎には静寂が訪れた。

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