人間界と魔界の行く末

 女勇者の示した計画の最終段階を、魔王が受け入れなかったのは当然のことである。なぜなら人間と魔族は、あまりにも違い過ぎるからだ。容姿、文化、習慣、考え方などなど、違う点が多すぎるのだ。それらのことは、争いの火種に充分なりうるのだ。


 よって人間と魔族が互いの世界を自由に往来して入り乱れれば、決して遠くはない未来に必ずや大きな争いが起きる。破壊的なまでの強さを誇る女勇者が戦えるうちは、人間と魔族の双方が彼女のことを恐れ、争いは起きないだろう。しかしそれは、たかだか数十年ほどの期間に過ぎない。


 女勇者の強さが陰りを見せるか、彼女が死去するか。そうなれば、人間と魔族は争うことになるだろう。そしてその争いは、かつてない程の大混乱を招くことになる筈だ。人間界と魔界、その両方の世界の各地で、至るところで、小さな争いから大きな争いまで、様々な争いが起きることになる筈だ。そうなれば人間にとっても魔族にとっても、逃げ場がなくなる。そうして双方が極めて甚大な被害を出すことになる。


 そんな大惨事に比べれば、人間と魔族は局地的な争いをしている程度の関係性を、常に保っておく方が随分とマシだ。決して全面戦争をせず、馴れ合うこともせず、適度に刺激を与え合うくらいの方がマシなのだ。






 そんな考えを魔王は持っている。だから彼は、女勇者を殺したのだ。


「魔王さま。これから、どうなさいますか?」


 側近からの言葉を受け、魔王は穏やかに笑う。


「勇者との契約を、できうる限りは全うする」


 魔王は女勇者のことを買っていた。暴虐ではあるが、無能ではないし、無慈悲でもない。そんな彼女の意向を重んじ、交わした契約を全うすることにしたのだ。


 そんな思いから発せられた言葉のあと、魔王は懐から一枚の紙を取り出し、そこに記載されている文言に目をやった。




 一・ワタクシ魔王は、三百億ジェニーを賠償金として支払います。


 二・ワタクシ魔王は、生き残っている魔族の半数を奴隷として譲渡します。


 三・ワタクシ魔王は、今後二万年は人間界に侵攻しません。




 すでに、【一】と【二】の契約は果たされた。三百億ジェニーもの大金は人間界に散蒔ばらまかれたし、魔族の半数は女勇者が人間界を制圧する際に駆り出された。残っているのは、【三】の契約のみだ。その契約に従うべく、魔王は行動を起こす。








 女勇者の死は、完全に秘匿された。そして彼女が築いた帝国は、魔王の側近が皇帝代理という役職を掲げ、一時的に治めることになった。


 その十数年後には、皇帝代理は有能にして無害な人間へと引き継がれた。そのかんも、それ以後も、女勇者の死は秘匿され続けたし、限定的な貿易も続けられた。あくまでも限定的な貿易だ。そうして人間と魔族が互いの世界に混在することは避けた。


 人間と魔族が互いの世界に入り乱れ、まるで一つの世界かのようになることを魔王は嫌った。そんなことになるくらいならば、局地的な争いを常にしている方がマシだと魔王は考えた。しかしながら、争いが起きずに済むのなら、起こす必要がないのなら、それに越したことはない。だから魔王は、そうなるように計らった。


 そうして人間界と魔界は長きにわたり、平和が続いた。




 そんな中、魔王はというと、魔王城に引き籠り、穏やかな日々を長く長く過ごすのであった。



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暴虐勇者と真摯な魔王 @JULIA_JULIA

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