新たなる戦い

 やがて多数の魔族を率いた女勇者は、人間界へと舞い戻る。その一方で、魔王は魔界に留まった。


【ワタクシ魔王は、今後二万年は人間界に侵攻しません】


 この契約により、魔王は魔界に残ったのだ。そんな中、女勇者は侵略を進めると共に、王政の打倒を平民に訴えた。


 生活に困っている平民はそれなりに多い。彼ら彼女らは王族からの重い徴税に苦しんでいた。日々の生活を送っていくことに不安をいだいていた。だから女勇者は王政の根絶を声高こわだかに訴えつつ、カネをチラつかせた。そうやって平民を味方につけようと考えたのだ。


 女勇者が平民に求めたこと───それは、なにもしないことだった。彼女に抵抗しないこと、各国の王族に協力しないこと。つまりは、見て見ぬフリを貫け───と求めたのだ。


 なにもしなくて、それなりのカネを手にすることができ、徴税からは逃れられる。そんな待遇に多くの平民は女勇者にくみすることにした。彼女に従うことにした。


 また、女勇者は各地の領主に対しては、領地の現状維持を約束することを条件に寝返りを求めた。始めこそ、そんな誘いに乗る者はいなかった。しかし女勇者の侵攻が進み、多くの平民が彼女に従っていることが知れ渡ると、続々と寝返る領主が出てきた。背に腹は代えられない、と。


 そうして女勇者の侵攻開始から、約三年。各国の王族は全て滅ぼされ、彼女は人間界を統一した。そして、帝国を築き上げた。








「ギャハハッ! 上手くいったな!」


 魔王城の謁見の間にて、ワインを片手に上機嫌の女勇者。その傍らには、背中を丸めた魔王が座っている。


「つ、次は、どうするんですか?」


 恐る恐る伺いを立てた魔王。そんな彼の顔を一瞥した女勇者はワインをグイッと飲み干し、語る。


「そうだな・・・。人間界と魔界で貿易をしよう。人間界からは食糧を、魔界からは鉱物を運び出すんだ」


 人間界は肥沃な大地と豊かな海があるため、様々な動物や植物が繁栄している。よって食糧が豊富である。その一方で鉱物資源の産出は未だに上手くいっていない。


 そして魔界は魔族以外の生物が繁栄することは難しく、食糧の確保に難航している。しかし鉱物が地表に露出していることが多いため、その産出には手間取らない。


 人間界と魔界───それぞれの強みを生かし、相互に補完しあう関係を構築しようとしている女勇者。彼女は暴虐的な面を持ってはいるが、常にそうとは限らない。人間界の徴税を軽くしようとすら考えていて、心優しい面も持っているのだ。


「な、なるほど・・・。流石は勇者さま、素晴らしい方策です」


 女勇者の機嫌を取りつつ、彼女が持っている空のグラスにワインを注ぐ魔王。上機嫌の女勇者は、またもグイッと飲み干す。そうして夜は更けていった。








「う、う~ん・・・。少し、飲み過ぎたか・・・」


 些か足がふらついている女勇者。そんな彼女の介抱をすべく、魔王が歩み寄る。


「だ、大丈夫ですか?」


「・・・ちょっと、横になる」


 そう言って、女勇者は床に倒れ込んだ。その目は閉じられ、鼻と口からは穏やかな寝息が漏れている。そんな姿を確認した魔王は、周りにいた魔族たちに目配せをした。




 やがて、寝入っている女勇者を取り囲むように三つの魔法陣が描かれた。更には謁見の間の外にも、魔王城の外にまでも、複数の魔法陣が描かれた。そうしてから、魔王はコップを片手に女勇者へと近寄る。


「勇者さま、お水をお持ちしました。少し飲んで下さい」


「ん、んん~・・・」


 寝ぼけている女勇者の頭を持ち上げ、その口を上に向け、そこへコップに入っている液体をゆっくりと流し込む魔王。


「ゴホッ、ゴホッ!」


「っ!?」


 女勇者が咳き込んだことにより、魔王は大いに驚いた。なんとか咳き込まないよう、慎重に慎重を期して飲ませていたのだが、それでも尚、彼女は咳き込んでしまった。そのため魔王は一旦、手を止め、女勇者が意識を取り戻していないかを確認する。


「スー・・・、スー・・・」


「勇者さま、お水を・・・」


 女勇者が起きる様子を見せないので、引き続き液体をゆっくりと流し込む魔王。やがて、コップは空になる。すると程なくして、女勇者が苦しみだす。


「ウッ!? ン、ングッ!? ガッ!?」


 目を覚まし、のたうち回る女勇者。そのうちに、なんとか起き上がろうと床に両手を突くも、しかし力が入らない。


「ゴァッ!? グッ・・・。な、なんだ・・・?」


 己の体に異変を感じ、周りを見る女勇者。しかし、誰もいない。明らかに可笑しい状況。


「おい・・・。ま、魔王・・・、どこだ?」


 次第に目が霞んでくる。ぼやけた視界の中、腕を伸ばす女勇者。


「・・・アイツ、裏切ったな」


 毒を盛られたと考えた女勇者は解毒魔法を試みる。しかし魔法は発動しなかった。なにがなんだか分からないながらも、霞んだ目で床を見る。するとそこには、魔法陣。


 その魔法陣は魔法を封じるためのモノだ。それを確認した勇者は、自由が利かなくなりつつある両手で魔法陣を消そうとする。床をゴシゴシと懸命に擦り、消そうとする。魔法陣は部分的にでも消すことが出来れば、その効力を失う。よって女勇者は同じ箇所を丹念に擦った。


 程なくして、魔法陣の一部を消すことに成功。しかしそれは、気休めにもならない。なぜなら女勇者の周りには、三つの魔法陣があったからだ。そのうちの一つが効力を失ったところで、どうということはない。更にいえば、謁見の間の外にも、魔王城の外にも、複数の魔法陣がある。その全てを今から消すことは無理である。そんな時間は、もう女勇者には残されていない。


「グブッ! ゴッ・・・、アガ・・・」


 大量の血を吐き、絶命した女勇者。やがて謁見の間に戻ってきた魔王は、彼女の亡骸なきがらを見下ろして呟く。


「・・・成功したな」


 大量のワインで酔わせて眠らせ、毒を水と偽って飲ませた。更には複数の魔法陣によって、魔法の使用を封じておいた。そうして、魔王は女勇者を殺すことに成功したのだ。






 今宵の宴席にて、人間界と魔界という二つの世界を制圧した女勇者は酒を飲み進めるにつれ、今後の計画の全容を順を追って、魔王に開示していった。 


 まずは───限られた範囲での貿易によって、二つの世界を繋ぐ計画を、女勇者は示した。その考えに、魔王は同意していた。


 次に───魔界の土壌、水源、大気の改良に着手し、魔界を住みよい世界に作り変える計画を、女勇者は示した。その考えに、魔王は激しく同意した。


 最後に───人間と魔族に対し、互いの世界を自由に往来する許可を出し、貿易を拡大して、徐々に人間と魔族の交流を増やしていき、その後は二つの世界を完全に交流させ、将来的には、まるで一つの世界かのようにする計画を、女勇者は示した。しかしそれらの考えには、魔王は同意しなかった。黙って聞きながらも、なんとか阻止しようと思考を巡らせていた。



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