暴虐勇者と真摯な魔王

@JULIA_JULIA

最終決戦を終えて

 魔王は魔族を率い、人間界へと侵攻する。


 そのため、勇者は魔王討伐へと向かう。


 なんとも、ありふれた物語。


 しかしその結末は、ありふれてなどいない。








「ギャハハハハッ! どうした、もう終わりか!」


 魔王城に、残忍な叫び声が響き渡った。


 並の人間の倍近くもある巨体が肩を揺らしている。頭には二本の立派な角を、顔には二つの深紅の瞳を、背中には邪悪な二枚の羽を持つ体が、大きく震えている。


 そんな巨漢に対峙しているのは、なんとも華奢で小柄な乙女。腕も、足も、腰も細く、おまけに右手に持っている剣も細い。その剣は中程なかほどから折れ、もはや本来の役目を果たせそうにない。


 つい先程、魔王と勇者の戦いは決着した。あまりにも呆気なく勝負は決した。一方的な蹂躙。手も足も出なかった。そうして一人は両膝を地面につき、もう一人は高らかな笑い声を発している。巨大な体は悔しさに打ち震え、小さな体は歓喜に震えている。


 そう、勇者が魔王に勝ったのだ。それも、圧勝だった。


「オラ、オラ! もう終わりかよ! どうした、コラ! 魔族の王が、この程度か!」


 折れた剣で何度も魔王の体を打ちつけ、乱暴な言葉を浴びせた女勇者。その姿は、もはや魔王のようだ。


「ううっ・・・。も、申し訳ありません。もうしませんから、許して下さい・・・」


 地面にへたり込み、目に涙を浮かべながら降伏を宣言した魔王。その姿からは、もはや魔王としての威厳は感じられない。


「ハンッ! この程度で人間さまに楯突たてつこうなんて、百万年早ぇんだよ!」


 変わらず剣を打ちつける勇者。そのため、剣は更に刀身を短くしていく。


「ごめんなさい、ごめんなさい・・・。どうか許して下さい・・・」


「許すワケねぇだろうが! アタシは勇者で、テメェは魔王だ! キッチリ落とし前、つけてもらうからな!」


 やがて女勇者は魔王を叩くのをやめ、懐から一枚の紙を取り出す。そこには、いくつかの文章が記載されていた。いわゆる契約書である。


「オラッ! この紙に判を押せ! 拇印ぼいんでイイからよ!」


「・・・ボイン? 我は、男ですが?」


「ふざっけんな、バカ! 誰が【パイたく】なんか要求するか! 親指の指紋を押すんだよ!」


 うずくまる魔王の背中をゲシゲシと踏みつけ、更に荒ぶる女勇者。するとまた、魔王は涙目になる。


「ふぇっ! い、痛い・・・。でも、朱肉がありませんけど・・・」


「んなモン、テメェの血を使え! 山ほど出てんだろうがよ!」


 魔王の顔をガンッと蹴り飛ばし、女勇者は契約書を床に置く。そんな彼女の顔は、残忍そのもの。


「さっさとしろ! マジで殺すぞ、ボケェ!」


 女勇者からの恫喝に、魔王は恐怖に打ち震える。しかしそれでも、なんとか書面を確認する。




 一・ワタクシ魔王は、三百億ジェニーを賠償金として支払います。


 二・ワタクシ魔王は、生き残っている魔族の半数を奴隷として譲渡します。


 三・ワタクシ魔王は、今後二万年は人間界に侵攻しません。




「あ、あの・・・、この条件は、あまりにも───」


「やかましい!」


「ギャフンっ!」


 ひざまずいている魔王の顎を蹴り上げた勇者。そのため、魔王は後方へと豪快に倒れた。


「ぼ、ぼぼ、暴力はやめて下さい!」


「魔王がぬるいこと言ってんじゃねぇ!」


 またも剣で打ちつける女勇者。激しい痛みが魔王を襲う。彼は既に、疲労困憊、意気消沈、半死半生という有り様。このままでは死んでしまうだろう。よって大人しく、契約書に拇印ぼいんを押すしかない。それを見届けた女勇者の顔は一層、残忍なモノへと変貌する。


「・・・よし。じゃあ、ここからが本題だ」


「本題?」


 首を傾げた魔王に、女勇者は言う。


「アタシと同盟を組め。・・・いや、アタシの傘下に入れ」


「・・・はい?」


 更に首を傾げた魔王に、女勇者は説明をする。


「アタシは今から人間界に侵攻する。そのための兵士を魔族から募る」


「なっ!?」


 驚天動地とは、まさにこのこと。まさか勇者が人間界を襲うなど考えられない。そんなこと、魔王は微塵も予想していなかった。そのため彼の目は、大きく見開かれている。


「な、なにを言ってるんですか!? アナタは勇者なんですよ!? それなのに───」


「呼び捨てにすんじゃねぇ! 【さま】を付けろ、【さま】を!」


「ひいぃっ! 申し訳ありません、勇者さま!!」


 もはや短剣よりも短くなっている刀身を振り上げ、威嚇した女勇者。その姿に、魔王はすっかり怯えている。


「分かったら、とっとと生き残ってる魔族を掻き集めろ!」


「し、しかしですね、勇者さま! 勇者さまが人間界に侵攻するなど、一体なぜ───」


「アイツら、気に入らねぇんだよ!」


「アイツら?」


「各国の王族だよ! アイツらは、アタシをたった一人で魔界に来させたんだ! 『おぬしなら、一人でも大丈夫であろう。ホッホッホッ!』とか、ぬかしてよぉ! あぁ、気に食わねぇ! アイツら全員、ぶっ殺す!」


「そんな・・・」


 魔王討伐に際し、各国の王族は女勇者に対して仲間を用意せず、僅かな資金しか用意しなかった。そのため彼女は旅の資金を稼ぎつつ、魔界を目指した。それは、中々の苦行であった。土木工事、公衆便所の清掃、酒場での接客などなど。それらをこなし、彼女は金銭を稼いできた。勇者なのに、とんだ下働きをせざるを得なかった。更にいえば、彼女は一人ぼっちの旅を強いられて、孤独にさいなまれていた。それもまた、苦行であった。こう見えて女勇者は、寂しがり屋なのだ。そして、執念深くもある。よって道中での苦行のことを、彼女は根に持っているのだ。


 しかしそんな苦行のことなど知らない魔王は、あまりのことに青ざめた。まぁ、知ったところで青ざめていただろう。理由はともあれ、勇者が人間界を襲うなど、暴挙もイイところだ。人類への反逆だ。よって魔王は青ざめた。すると勇者は先程の契約書を見せる。


「おい、コラ。テメェ、この紙に判、押したよなぁ? ここ、見てみろや」


 勇者が指差したのは、契約条項の二番目。


【ワタクシ魔王は、生き残っている魔族の半数を奴隷として譲渡します】という部分。


「え? でもそれは、人間界との契約書───」


「違ぇよ、バ~カ。この紙はアタシが用意したんだ。アイツらはなぁ、『魔族は皆殺しにしてこい!』って言ってやがったんだよ!」


「み、皆殺し・・・」


 更に青ざめた魔王。


「どうすんだ? アタシの傘下につくか、皆殺しにされるか」


「・・・・・・・」


 殺されるよりはマシだと思い、魔王は観念した。勇者の傘下に入ることにしたのだ。






 勇者はとても強い。その強さを持ってすれば、一人でも人間界を制圧できるだろう。しかしそれは、あくまでも力関係のみを考えた場合だ。時間があればの話なのだ。実際のところ、広大な人間界を勇者がたった一人で制圧するのは無謀である。更には、管理するのは無理である。よって勇者は、魔族を利用することにした。


「よし。じゃあ、カネも用意しろ」


「カネを? どうしてですか?」


「買収するんだよ、人間を。そんで、こっち側につかせる」


「っ!?」


 人間の数は、魔族よりも遥かに多い。そのため勇者は計画をできる限り迅速に遂行できるよう、カネを使って裏切り者を生み出す策を取ることにしたのだ。


【ワタクシ魔王は、三百億ジェニーを賠償金として支払います】


 この契約条項によって求めた三百億ジェニーという大金は、人類の切り崩しを行うための資金である。



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