第6話 クラスメイト
始業式後のホームルームは委員会決め、文化祭や体育祭など年間スケジュールの説明で終わった。
黒川が教壇に手をつきながら、締めくくりの言葉を述べる。
「それでは、早速3時間目から授業が始まります。記念すべき2年生一発目の授業は、私が担当の英語からです。」
クラスの女子たちからは「え~!」「やだ~!」と悲鳴が上がる。
「はいはい、静かに。それでは10分後にまた会いましょう。」
黒川が教室を後にすると、待ち構えていたようにクラスメイトたちが一斉に悠のもとへ駆け寄ってきた。
「ねぇ、瀬川さん、どこに住んでるの?」
「部活とか入るの?」
四方八方から質問が飛び交い、悠は困惑するばかりだった。そんな中、突然ふわりとした感触が顔を覆う。
「え、な、何!?」
視界が真っ暗になり、かすかに甘い香りが鼻をくすぐる。もがきながら周囲の声に耳を澄ませると、聞き慣れた澄んだ声が響く。
「新田さん、瀬川さんが苦しんでいらっしゃいますわ。」
「Oh, sorry, sorry! My bad!」
顔を覆っていた感触がようやく消え、目の前に現れたのは、淡い金髪に透き通る青い瞳が輝く新田アリーナだった。その彫りの深い顔立ちは、異国の美しさを強く感じさせる。
「Hi, 瀬川さん!私は新田アリーナ。Nice to meet you!」
「アリーナ……さん?」
「そうよ!ママがロシア人なの。でも、日本語は全然問題ないよ。Let’s be good friends, ok?」
彼女の笑顔はとびきり眩しく、悠は思わずドキリとするが、校則の「男女交際禁止」が脳裏をよぎり、必死に平常心を保とうとする。
英語の教科書を手にした黒川が教室に戻ってくると、生徒たちは一斉に自分の席へと戻った。悠も慌てて姿勢を正し、授業の準備を始める。
クラスの女子たちが好意的に受け入れてくれたことにホッとしながらも、新しい環境での初めての授業に、少し緊張がよぎる。
「それでは、教科書を開いてください。」
黒川の指示に従い、悠は慌てて教科書を開いた。
「では、新田アリーナさん。」黒川は軽く教科書の該当箇所を指差す。
「4ページの3行目の文章を読んでください。」
アリーナは一瞬視線を落として教科書を確認し、立ち上がった。
「‘It is better to fail in originality than to succeed in imitation.’」
アリーナが滑らかな発音でよどみなく英文を読み上げる。聞けば商社勤務の父親の都合で10歳までアメリカに住んでいたようだ。英語、ロシア語とも堪能らしい。
発音もさることながら、鈴を転がしたような美しい声につい聞き入ってしまう。
「Good. Excellent pronunciation, 新田さん」
黒川が満足そうに頷く。
「では、沢田沙希さん。この文の意味を訳してみましょう。」
黒川の声に教室の視線が一斉に窓際の席の彼女へと向けられる。一瞬驚いた表情を浮かべたあと、沙希はすぐに立ち上がった。
「えっと、『独創性で失敗するほうが、模倣で成功するよりも良い』……ですかね。それだと直訳っぽいから、もっとわかりやすく言うと、『自分らしい挑戦で失敗しても、それには価値がある。逆に、他人の真似をして成功しても意味がない』って感じですか?」
沙希の柔らかい声が教室に響くと、黒川が満足そうに頷いた。
「その通りです、沢田さん。直訳だけでも十分ですが、わかりやすく言い換えようとするその姿勢が素晴らしいです。」
褒められた沙希は、少し照れくさそうに笑いながら席に戻った。周囲の女子たちからは「さすが沙希!」「優等生!」などと小声で称賛の声が飛ぶ。
その後も黒川は次々と生徒を指名していくが、どの生徒も即座に的確な回答を返していく。
文法問題、言い換え、さらに深い解釈まで――まるでこれが日常のように軽々とこなしていく彼女たちに、悠は完全に飲まれていた。
(すごい……ただでさえ授業が難しいのに、みんな平然とついていってる。)
優雅に的を射た回答を返すクラスメイトたちの姿に圧倒されつつも、自分がとんでもない環境に放り込まれたのだと改めて実感する。
こうして悠にとって最初の英語の授業は、呆気にとられたまま終わってしまった。
3時間目が終わると、学校は昼休みとなり、教室では早速カバンからお弁当を取り出し、仲良しグループで食べ始める生徒たちの姿が目立った。
転校初日でお弁当を用意する余裕のなかった悠は、財布を手に学食を目指して教室を後にした。
学食にたどり着くと、入り口に並んだ食品ディスプレイが目に飛び込んでくる。艶やかに彩られたメニューはどれも美味しそうだ。だが、値札を見た瞬間、悠は思わず声が漏れそうになった。
「……高っ!」
一番安いかけそばで980円。日替わりランチプレートはなんと1980円。「学食」という言葉からイメージしていた庶民的な価格帯を、軽々と裏切っていた。
(これ、一食で1日分の生活費が飛ぶじゃないか……)
仕方なく売店でパンを買おうと足を向けてみるが、手のひらサイズのベーグルサンドが580円。卵サンドに至ってはたったの3口で食べきってしまいそうなサイズ感で380円だ。財布の中の所持金を数えるが、どれも手が届かない。
(仕方ない……今日は水道の水でしのごう……)
腹を空かせたまま昼休みをやり過ごす覚悟を決め、踵を返したそのときだった。
「あら、瀬川さんも学食?」
軽やかな声に振り向くと、そこには沢田沙希の姿があった。軽やかに揺れる高めのポニーテールが印象的で、元気な笑顔と相まって活発さが際立っている。制服のスカートは悠よりも少し短めに履いており、健康的な脚が眩しい。
「そのつもりだったんだけど……財布、持ってくるの忘れちゃった。」
恥ずかしさのあまり、正直に言えずに適当に嘘をつく。沙希の親しげな雰囲気が逆に心に刺さる。
「そうなの? それなら大丈夫、私が奢るから一緒に食べよ!」
沙希の言葉に、悠は思わず息を呑んだ。
「えっ、いや、その……」
「遠慮しなくていいよ。どうせ一人で食べるのも寂しいし、お近づきのしるしってことで気にしないで」
沙希はにこやかな笑顔を浮かべ、俺を列の方へと引っ張る。その笑顔に断る理由も思いつかず、俺はそのまま列に並んだ。
(……悪いな。でも、本当に助かった……)
恥ずかしさと情けなさで胸がチクリとする。とはいえ、このまま昼飯を抜いて水だけで午後を過ごす未来を想像すれば、ありがたい申し出だったのは間違いない。
沙希は券売機を指さして笑顔でメニューを選び始めた。俺はその後ろで、彼女のポニーテールが楽しそうに揺れるのをぼんやり眺めていた。
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