第4話 初めての邂逅
頭部の強烈な痛みで目が覚める。水でも飲もうと辺りを見回すが荷物は全部モグラ蛇に吹っ飛ばされたことを思い出した。
(踏んだり蹴ったりだな……)
それでもしっかり確認するとまだ生き残っている食料と水を見つけることが出来た。壁に寄りかかり、水を口に含む。目減りしてしまったペットボトルの残量を見て、ヤクサは嘆息した。
不幸中の幸いか、吹き飛ばされたリュックはボロボロではあったがまだ無事で、辺りに散乱している荷物はダメになってしまったものも多かったがかろうじて1日くらいなら凌げる量がある。
(さて、どうするか……。)
一度しっかり眠ったおかげか、「穴」に入った当初の恐怖はもうそれほど残っていなかった。恐ろしい気持ちがない訳では無いが、まぁ慣れというものだろう。痛む体も眠る前よりいくらかマシになっていた。どれくらい眠っていたのか分からないがその間に魔物に襲われなくて良かったとそう思った。
少し悩んだ後、ヤクサは一度戻ることにした。もしかしたら現実に戻れる可能性もあるし、モグラ蛇の死体、その一部でも持ち帰ればいい土産にはなるだろう。狼の死体もあったはずだがそれはもう土に埋まってしまった。どういう訳かモグラ蛇が荒らした地面は何も無かったかのように元に戻っていたので探しようがない。
自分が来た道を真っ直ぐ進む。そこまで長い道のりでは無かったが行き止まりまで到達してすぐに後悔した。
(やっぱないか、入口)
やはりというか、他に帰るあてもなかったので仕方がないことだが、入口は見当たらなかった。どうやらこの迷宮を進んで行くしか道はないらしい。
また例の広間に戻ってきて、今度は奥に続く通路へ進入する。相変わらず通路を照らしている水晶を横目にしばらく歩くと先程よりも広い空間に出た。
異様だった。地面と接している壁面に自分が通ってきたくらいの通路がある、ここまでは良いのだが異様なのはその数だった。10や20じゃない。おそらく100を超える通路がこの広間と繋がっている。
その光景に気圧されながらも前に進むと、地面に扉が埋まっているのが見えた。ちょうど広間の中心くらいだろうか。
近づいて見てみると圧倒される。とんでもなくデカい。素材は石で出来ているようで某漫画の来訪者を試す例の門を彷彿とさせる。それが床下扉のように設置されているのだから笑えない。
(誰が開けれんだコレ……。)
「――――――。」
(ッ!!)
扉を調べていると声が聞こえた。扉からではない。後方の通路からである。しかもこれは魔物ではない、間違いなく人間の話し声である。
久しぶりに耳に届く人の声を聞いてヤクサの体は硬直する。
迷宮に入ってきたということは、声の主は機関の人間である可能性が高い。無断で「穴」に進入したヤクサは逮捕されるだろう。
(逃げる?どこに!?)
帰り道は既に無い。隠れるにしてもこの広い空間は遮蔽物に恵まれていない。逡巡するヤクサを余所に声の主たちが広間に入ってくる。どうやら二人組のようだ。
「あれ?先客いるじゃん。」
「おかしいですね、今は私達以外に挑戦している人はいないはずなんですが。」
まぁいいやという声が聞こえたかと思うと会話の矛先が変わる。
「おーいあんた、どこから来たんだ?。」
(どうする?この人たちは十中八九機関の人間だろう)
「分からないです、起きたら知らないところにいて……」
「あ~じゃあ何か?お前一般人か、良く生きてたなあ。」
我ながら苦しい言い訳だったが、存外感触は悪くなさそうだった。俺が知らないだけで「穴」に入ってしまう一般人はそこそこいるのかもしれないとヤクサは少し安堵した。いますぐどうにかされることはなさそうであった。
「お前災難だったなあ、誰かに恨みでも買ってたのかァ?」
少しガラの悪い男の方が続けて話しかけてくる。もう一人の女の方は気弱そうでとても迷宮に来るような人柄ではなさそうに感じるが二人とも腰に武器を携帯している。男の方は日本刀、女の方は警棒の先に玉のような重りがついたこん棒のようなものを下げていた。男の問いにはえぇ、そうなんです。とでも返しておく。
「にしてもほんとによく生き残れましたね、見たところ碌な武器も持ってませんよね?。」
「えぇ、まぁ。でも途中でこれを拾ったので……」
パーカーのポケットから拳銃を取り出して見せる。隠しておくよりもあえて見せておいた方が、この後の立ち回りがやりやすくなりそうだ。にしても妙だ、碌な武器も持っていないと人に言う割には二人の武器もそこまで頼りになるようには見えない。
「お二人はそんな武器で大丈夫なんですか?」
「あぁ?頼りにならないように見えるか?いーんだよ俺らは。何度か迷宮に潜ってるしな、こっちの方が戦える」
「?」
知らなくても無理ねーか。と男は続ける。
「迷宮に潜るとな、だんだんと迷宮に慣れてくるんだ。迷宮に慣れると身体能力は上がるし特殊な力も扱えるようになる。どういう理屈かは俺に聞くなよ?」
「まぁとにかく、素の身体能力が上がるから銃なんか持ち込むよりこれ一本の方がよっぽど安全なんだよ」
そもそも銃が効く魔物なんか限られてるし、重火器持ち込んでもいいけどバズーカなんかぶっ放して迷宮が崩れたら中にいるやつみーんな生き埋めだぜ?「穴」が発生してすぐの頃は重火器で固めて攻略してたらしいけどな。と締めくくった。
「……魔物には会わなかったんですか?」
「会いました……二回ほど……。」
「「!」」
二人して驚嘆したのを見てヤクサは自分が下手を打ってしまったかと内心で汗を流す。なにか不自然だっただろうか、あのような化け物に二度も会っておいて五体満足なのが不審だったのかもしれない。
「必死に逃げたらいつの間にか追ってこなくなってて……この広間に着いたのは良かったんですけど帰り方が分からなくて途方に暮れていたんです。」
少し早口でまくしたててしまったのでより不審さが増したかとも思ったが、二人はそれで納得してくれたようだった。それからいくつか質問を投げかけてみる。帰り道はあるのか。魔物はどんなものが出るのか。財宝はあるのか。など。
帰り道はあるにはあるそうだ。魔物は千差万別、どんなものが出るのかは明確に分かっていないがある程度傾向があるそうだ。洞窟タイプの階層だったり、一面森が広がっている階層、はたまた海の階層などで変わってくる。ちなみに二人は機関から認可を得た探索者らしい。
「お前が見てたこの扉は下の階層に繋がってる。迷宮の構造は日ごとに変わっていくから俺たちもこの下がどうなっているのか分からない。」
「……そうなんですか。」
「あと、帰り道なんですけど。この階層にはないんですよね……。セーフティポイントって呼ばれている階層まで行けば現実に帰れるんですけど……」
なるほど、結局進む必要があるのか。話を聞いていて分かったがセーフティポイントがどの階層に発生するかは分からないらしい。そのため、迷宮に潜る人間には情報の共有が義務化されているとのことだった。 「まぁお前は事故だから気にしなくてもいいけどな」と男は締めくくった。
とりあえず帰る方法が先に進むしかないということだったので二人の探索に同行させてもらうことになった。やはり一般人が「穴」侵入してしまうことはたまにある事らしく、大抵はすぐに死んでしまうそうだが生き残った人間は探索者と同行して脱出を目指すらしい。今回も通例に従うこととなった。
「そういや聞いてなかったな、お前名前は?」
「……ヤクサです」
「そうか、俺はホカリ、こっちの小さいのがアイ。敬語とかは気にすんなよ」
ちっさくないです……とアイが小声で呟いて固く拳を握ったのをヤクサは見逃さなかった。結構気にしているというか、地雷のようだ。今後何かあっても彼女に身長の話はやめようと心の中で固く誓う。
「とりあえず門開けるからヤクサは下がってろよ」
言われるままに少し下がる。ホカリはしゃがんで扉に手を当てた。少し経つと地響きのような音を立てて扉が開いた。
「……引き戸なんですね」
率直に思ったことが口に出てしまうが二人は特に気にするようなこともなく「あーまぁこんなもんだよ」なんて言っている。違和感に抱えながらも二人に促されるままヤクサは開いた扉の先へ飛び込んだ。
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