第3話 モグラってこんなんだっけ

 現れた現実味のないシルエットに気分が悪くなる。確かにモグラは土の中で生活しているし蛇の中には土に潜る種類もいると聞いたことがあるが、混ぜればいいというものではないだろう。土煙が晴れてわかったがご丁寧に下半身は蛇のものと思われる鱗がぎらぎらと光っている。

 モグラ蛇はせわしなく鼻を動かしながら俺の気配を探っているようだった。目は退化しているようで目の前にいるはずのヤクサの姿を認識できていないようではあるがそれも時間の問題だろう。おそらく一度目は狼の血の匂いに釣られて、2度目は俺が飲み干したゼリー飲料の匂いを辿って襲ってきたのだと思う。予想が正しければ土の匂いが立ち込めているこの迷宮の中でヤクサという異分子の存在を辿るのも容易なことのはずである。

 

 先ほどの感覚を思い出しながら銃を構える。まだこちらの位置が分かっていない今が絶好の機会であるとヤクサは判断した。狙うのは頭、先ほどの狼もそうだったが、いくら常識を超えた魔物でも生物としても構造は常識の範囲内であるとヤクサは睨んでいた。狼も臓器の密集している腹を撃ち抜けば致命傷を与えられたし、とどめとなったのは脳天への一発だったからだ。

 いくらか慣れた銃の重さを感じながらまずは一発、発砲する。

 かぁんと軽い音がして銃弾が弾かれたことを悟る。モグラ蛇の姿勢のせいだろうか、這うような体勢のおかげであの分厚い鉤爪に弾が阻まれてしまった。


「うるrrr!」


 妙な鳴き声を発してモグラ蛇が威嚇する。爆裂音をもって今自分に攻撃した者の位置をソナーのように特定し、そちらへ向かって明確な敵意をあらわにした。岩さえ砕く自慢の爪をもって敵を粉砕してやろうと体をくねらせて突進する。一発、二発と敵の反撃が体に刺さるが固い表皮が内臓まで進行するのを防いだことを感じながら自身の三分の一は占めるであろう鉤爪を振り回す。


(冗談じゃない!!!)


 ヤクサの顔に焦燥が走る。慌てて距離をとろうと後退するも鉤爪はヤクサの胴体をとらえて真横にかっ飛ばした。

 ……視界が回る、焦点が合わない、全身の痛みにうめくことしかできない。横たわった体にできたのは無様に這いずることだけであった。


(俺、なんか悪いことしたっけ……あぁ借金返してないからこんなことになってんのか、いやでも俺の借金じゃねぇしな。オヤジ、そうだオヤジに恩を返さないといけないんだった……でも何でこんなことになってるんだ。アイツ、銃効かねぇし。クソ……)


 ヤクサの脳に短い生涯の走馬灯が流れてくる。親がいなくなってからの十数年間の思い出、苦しい日もあったし楽しいこともあった。基本的にひもじかった気もするがそれは自分が怠惰なだけだった気がする。


(最後に食ったラーメン、やっぱ醤油にしとけばよかったかな)


 そこまで考えてから追撃がまだ来ていないことに気づいた。モグラ蛇が追いかけてくる音もしない。亀のように、鈍い体を動かして後ろを振り返ると今まさに自分を追い込もうとしている捕食者と目が合った。再び恐怖がこみあげてくる。がモグラ蛇は彫像のように固まっていた。いやそれは正しくない。確かに動いてはいるが限りなくゆっくりのスピードである。

 意図してゆっくり這いずってきているのではない。まるでモグラ蛇の巻きあげた瓦礫や土埃さえもゆっくり動いて見えるのだ。おかしいのはそれだけではない。


(……俺、なんでまだ動けてるんだ?)

 

 あれだけ吹っ飛ばれさて地面を転がったのにも関わらず、重症と呼ぶほどの怪我がない。全身に打ち付けたような痛みはあれど骨が折れているような感覚もない、唯一直接攻撃された腹部はあばらにヒビが入っているような痛みがあるだけであった。だけというには収まらない痛みではあるのだがあれだけの巨体から繰り出された鉤爪を直接受けてこの程度で済んでいることは十分異常と呼べる事態であった。

 

 未だ理解が及ばない状態ではあったがヤクサの体はひとりでに動いていた。這うような姿勢から腕と膝を立て、思いっきり飛びのく。相変わらず視界はスローモーションだったが一息で3メートルほどの距離を稼ぐ。跳躍の間に自分がいた場所へ鉤爪が突き立てられる。鉤爪は地面を破壊し、大量の瓦礫と土煙を漂わせた。

 と、そこまで確認したところで世界が等速に戻る。遅れて地面を爆砕した鉤爪の音が轟いた。土煙の向こう側でモグラ蛇の影は不自由そうに右の鉤爪を引き抜こうともがいているようだった。どうやら今の攻撃で地面に鉤爪が埋まってしまって抜けないらしい。

 思わず駆け出す。拳銃を投げ捨て、左手に持っていたサバイバルナイフを両手に持ち替えて踏み込む。3メートルの距離を一瞬で0にしたヤクサはモグラ蛇の右手を足場にサバイバルナイフを頭部めがけて思いっきり振りかぶった。

 生き物の肉を裂く嫌な手ごたえが伝わってくる。それでもナイフを引き抜くことはせず刺したまま思いっきり捻った。モグラ蛇はかろうじて自由な左手と全身を使ってのたうち回りヤクサの体を弾き飛ばすが脳をかき回された後では既に手遅れだった。圧倒的な捕食者だったはずの巨体は、しばらく動いてはいたがそのうちにこと切れ、動かなくなった。


(…………生きてる)


 俺はモグラ蛇に弾き飛ばされて腰を地面につけた体勢のまましばらく放心していた。少しして、生き物を刺した感覚が残る両手と全身に走る痛みを感じながら横になる。もうなんでもいいから眠ってしまいたい気持ちだった。立て続けに起きた戦闘に限界を迎えたヤクサの意識は沈むように闇に落ちていく。


――――――――――――――――――――――――――


 ……夢を見ている。明晰夢と言うやつだろうか。それにしても変な夢である。何かの情景が映し出される訳でもなく、思い出が蘇っている訳では無い。ただ、情報の羅列だけが鮮明に見えている感じだ。


 ヤクサ・◼️◼️◼️◼️


 生命力:52/100

 精神力:5/30

 筋力 :10→18

 敏捷 :9→14

 耐久 :10→15

 技量 :8→14

 魔力 :0→7


 【技能】

 ・短命者の視界Ⅰ《フライ・ヴィジョン》 (new)

 ・反動抑制Ⅰ (new)


 

 ……なんだこれ。意味がわからん。ゲーム画面?

 昔やったロールプレイングゲームでこんな画面を見た事がある気がする。オヤジに拾われてからはゲームなどは全くしてこなかったので記憶に自信はないが、多分主人公のステータスを開くと出るあの画面である。

 夢にしても現実感のない夢であるとは思ったがどうすれば目が覚めるのか分からなかったのでこの数字の意味を考えてみることにした。どうせ夢ではあるので全く意味の無いことではあるが、暇つぶしには丁度いい。

 生命力、はそのままの意味だろう。精神力……はよく分からない、メンタルの強さとかだろうか。それにしてもどちらも結構減っている。まるで眠る前の自分の状況を数値化したようだった。次に筋力から技量まではまぁ想像通りのものだろう。魔力……は本当に分からない。魔法でも使えというのだろうか。この5つは平均して6くらい上がっている、らしい。

 最後に【技能】だが…………俺は潜在的に中二病でも患っているのかもしれない。よく分からない技名?の横にはご丁寧にフリガナが振ってある。自分で言うのもなんだが、なかなかアホみたいな夢である。

 

 気を取り直して確認してみる。短命者の視界?反動抑制?字面だけ見ても何を示しているのか分からない。うんうんと唸りながら注視するとそれぞれの名前の下に詳細が表示された。


・短命者の視界Ⅰ《フライ・ヴィジョン》

5秒間、視覚の精度を大幅に強化する。使用した精神力の分だけ効果は増大。任意で発動。


・反動抑制Ⅰ

飛び道具を使用時に自動発動。射撃の際、反動を抑える。


 (視覚の精度を強化……?)


 と言われてもいまいちピンとこない。どうやら精神力を使用するようなので5/30と出ている精神力の数値はどうやらコレが原因のようだ。とそこまで考えてヤクサはこの夢がただの夢ではない事に思い至った。

 モグラ蛇に追い詰められた時、世界が遅く見えたアレがこの【技能】によるものだとしたら合点がいく。これがただの夢では無いとしたら……。


 (この筋力とかの数値が上がっているのはなんだ?)


 そもそも数値が上がる、というのも変な話だ。ヤクサはこれまでの人生でこんな夢を見たことは無いし、元の数値が分からないのにどうしろというのか。唯一起こった事といえば。


 (……「穴」に入ったこと?)


 分からない。分からないがこれらの疑問をヤクサはとりあえず放置しておく事にした。


 (分からない事をうだうだと悩んでいても仕方ないしな。それに色々考えすぎて頭が痛くなってきた……。)

 (……?。頭が痛い?)


 違和感に気づくや否や、ヤクサの意識は急速にモヤがかかっていく。


 (!!)


 止めるすべもなく強制的に追い出された意識をよそに、情報の羅列は最後に1つ、項目を増やした。


 【技能】

 ・短命者の視界Ⅰ《フライ・ヴィジョン》 (new)

 ・反動抑制Ⅰ (new)

 ・確かな夢Ⅰ(new)


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