田舎令嬢、小瓶の回収方法を提案する。

 何とかしましょうとロランに言ったものの、私もすぐに妙案は思い付かなかった。とりあえず、その日は何かないか考えるという結論を出して別れる。


 昼間は学園で講義を受けたけれど、オルガ様やピエレット様に見張られている感じはしなかった。もしかしたら気付いていないだけかもしれないけれど、ロランとの会合さえ見られていなければ問題はない。


 ダケール侯爵家のお屋敷に戻るといつも通り仕事をこなした。ただし、仕事量はいつもより若干多い。これはコレットがいないせいだと思う。


 仕事以外についてだと、今日もピエレット様は私をしっかりと見張っていらっしゃった。夜中とは違って周りに人がいるから離れた所でだけど、ふと視界にその姿が入ると気が滅入るのは確かね。


 結局、この日は何もできずに終わった。真夜中の夜花を摘むと称して屋敷の外にも行っていない。


 翌朝、妙案が浮かばないまま起きた。さすがに一日では何も思い付かない。時間は限られているだけに少し焦る気持ちが湧いた。


 調理場に入ると朝食を受け取って食べる。今朝はコレットがいないから私の周りは静かだ。目は暇なので調理場を見回してみる。見慣れた職場なので真新しいものはない。けれど、珍しい物が目についた。


 私は少し離れた場所にいるオーバンさんに声をかける。


「オーバンさん、そんなにたくさんのワインの瓶って珍しいですね」


「今晩、ご当主様のご友人がいらっしゃるから、そのときにお出しするんだよ」


「たくさんいらっしゃるんですね。十人くらいですか?」


「二人だ。どちらも結構飲む方らしい。この酒の味見はなしだぞ」


「いりませんよ。あ」


「どうした?」


「いえ、なんでもないです」


 ぼんやりとワインの瓶を眺めながらオーバンさんと話をしていた私は突然ひらめいた。もしかしたら、これでいけるかもしれないという毒薬の小瓶の持ち出し方法を思い付く。危険な上、成功しても私の使用人としての評価が落ちちゃうのはつらいけど仕方ない。


 残りの朝食を手早く食べ終えた私は調理場を出た。使用人の部屋に戻って学園に登校するためのドレスに着替えて屋敷を出ようとしたところで、家政婦のカロルさんと出会う。


「カロルさん、行って参ります」


「どこに行くのですか?」


「え、学園ですけど」


「何を言っているのですか。今日は週末でしょう。あなたは丸一日働くのですよ」


「あ」


 カルロさんから訝しげな表情を向けられた私は固まった。完全に気が急いていたわ!


 遠くで私を監視するピエレット様も睨みつつも不審げな顔をしていた。




 週明けの朝、私は学園に到着した。正門から敷地に入るとすぐに大休館の裏へと向かう。いつもなら先にやって来て待ってくれているロランがいるけれど、今朝はまだらしい。


 それにしても、この二日間は大変だった。何しろピエレット様にずっと監視されていたから気の休まるときがなかったよのね。そして、さすがにそんな状態が続くと他の同僚たちにも異変に気付かれてきた。私を避けようとしたり、不審な顔を向けてきたりする人たちが増えてくる。


 良くない傾向だった。徐々に孤立してきている。もしかして、ピエレット様は狙ってやっているのかしら。


 そうして思い悩んでいるとロランが姿を現した。それを見て私は安心する。


「ああ、ロラン。会いたかったわ」


「嬉しいな、俺もだぜ。けれど、シルヴィ、朝からちょっと顔色が良くないぞ。疲れているのか?」


「顔に出ているんだ」


「何かあったのか?」


 早く思い付いたことを説明したいと思いつつも、私は先に疲労の理由を話すことにした。私がピエレット様からの間接的な影響を受けていることを知ったロランが顔をしかめる。


「まずいな。そんな影響が出ていただなんて。すまない、全然気付かなかったな」


「仕方ないわ。私も週末の二日間を挟むなんて考えていなかったもの」


「しかしこうなると、いよいよ毒薬の小瓶を持ち出すのは難しいな。いっそ諦めるか」


「マルセル殿下の婚約者選びはどうなっているの?」


「ここにきて五分五分になってきている。今になって悪い評判が出てきたイレーヌ様の方がもしかしたら若干不利かもしれない」


「だったら、もしかしたらオルガ様が選ばれるかもしれないのね」


「そうだな。マルセル殿下が王太子になるのは確実だが、それは今すぐじゃない。オルガ様をどうにかするのなら、それまでの間にどうにかすると考え直した方がいいかもしれない。今シルヴィが下手に動くと、危険なだけで失敗する可能性が高いだろう」


「でも、何とか毒薬の小瓶を持ち出す方法を思い付いたかもしれないのよ」


「本当なのか?」


 怪訝そうな顔をロランが私に向けてきた。そうでしょうね。あれだけ露骨にピエレット様に見張られていてどうにかできる方法なんて普通は思い付かないもの。


「私が調理場からお酒をくすねて、小瓶に入れたそれを持ち出すの。そして、お屋敷から出たらすぐに毒薬の小瓶を隠した場所近くに行って、陰でこっそり飲めそうな場所でお酒を飲むのよ。そんな私を不審に思ったピエレット様が見咎めて身体検査をしても、出てくるのはお酒の入った小瓶だけ。呆れて去って行くピエレット様を尻目に私は素早く毒薬の小瓶を持ち出して、勝手口からそっと外に出て待っているロランにそれを渡すのよ」


「あー、一生懸命考えてくれたのはよくわかった」


「何よその言い方」


 まるで何とか褒めようと良い点を一生懸命探っているかのような表情のロランに私は不満そうに突っかかった。そんな私にロランが慎重に言葉を探す。


「たぶんその酒を入れる小瓶ってのは毒薬の入っている小瓶と似た形のやつなんだよな。で、その紛らわしい小道具を使ってピエレット殿を惑わせて、警戒心が緩んだ一瞬を突いて本物を俺に渡してくれる計画なわけだ」


「そうよ、わかってくれているじゃない」


「なるほど、案としては悪くないと俺も思っている。ただ、完璧じゃないだけなんだ」


「どこがよ?」


「いくつかあるんだが、最初からいこうか。まず、調理場でくすねているときにピエレット殿に見咎められたらどうするんだ? 特に、そこで酒を持ち出すのを止められたら、その先はなにもできなくなるように思えるんだが」


 案の一番最初に対する質問に私は何も答えられなかった。正直に言うと、無意識にその疑問から目を逸らしていたんだと思う。でも、この疑問に答えられないと、私の案は使えない。


「だったらこうしましょう。最初は料理長にお酒を分けてもらうように頼んでみるわ」


「頼んだら分けてもらえるのか?」


「たぶん行けると思う。料理長って、あの毒入り焼き菓子を作らされたことを今も気に病んでいるみたいなの。だから、あの焼き菓子で誰も死んでいませんって教えたら、小瓶くらいになら分けてくれると思うの。人の弱っているところを突くのは気が咎めるけれど」


「安心させるわけか。なるほどな。それじゃ次だが、毒薬の小瓶を隠した場所の近くにピエレット殿を誘い込んでも大丈夫なのか?」


「そこは大丈夫よ。建物の裏で草が生い茂っているし、何より夜だから暗くて見えないわ」


 あのくらい夜に隠した私でも見つけ出すのはちょっと大変っぽいんだから、何も知らないピエレット様がいきなり見つけるのはまず無理ね。ここは自信を持っているわよ。


「それじゃ最後の質問だ。ピエレット殿に見咎められた後、あの人がシルヴィを監視できない場所まで離れてくれる保証はあるのか?」


「正直わからないわ。でも、隠し場所は木の茂みになっているところだから、特に夜だと私が何をやっているかはわからないはずよ。だから、最悪遠くで監視されていても毒薬の小瓶を回収してロランに渡せると思う」


「最後が不安だなぁ」


「そのときはあんたがいるんだから一緒に何とかしてよ」


「もちろん協力はするけど。夜にダケール侯爵家の裏にある勝手口に行けばいいんだな?」


「そうよ」


「ちなみに、その酒っていうのはどんな酒なんだ?」


「ご主人様のご友人にお出ししたやつだそうだから、高いのは間違いないけど」


「侯爵様の飲む酒か。だったら、愛しい恋人にお高い酒を一口飲ませたいっていう設定なんてどうだ?」


「要するに飲みたいわけね。手元にあったら全部あげるわ」


 私自身は別に興味はないからためらいはなかった。ただ、飲むにしても小瓶は返してもらわないと私が怒られちゃう。そこはしっかり伝えておかないと。


 お互いの役割を確認し、そして計画の細部について私とロランは更に話し合った。その結果、最初に提案したときよりもはるかに成功しそうな計画になる。これならピエレット様に見張られていても何とかやり遂げられそうだわ。


 何とかなりそうな気がしてきた私は安心してロランと別れた。

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