第4章 奪取編
田舎令嬢、小瓶の回収方法を考える。
イレーヌ様とオルガ様のお茶会に参加させられた上に毒殺を防いだ私は、お屋敷に戻った。心身共に疲れ果てていたけれどまだ気を抜くわけにはいかない。あとひとつ、やることが残っているからね。
昨晩倉庫の裏手に隠した毒薬の小瓶を何とか外に持ち出さないといけない。私の普段の生活に合わせると夜中に取りに行って朝に学園へ登校してロランに渡すことになる。問題はこのやり方が通用するかどうか。
今ならやれる気がした。コレットも協力してくれるだろうから、一時的に毒薬の小瓶を預かってもらっても良いかもしれない。私は疑われていても、コレットはおオルガ様とピエレット様の視界にさえ入っていないはず。
ということで、学園からコレットが帰ってきたら相談して今晩早速実行しようと私は考えた。あと一晩の我慢だと自分に気合いを入れる。
そう思いながら仕事をしていたけれど、いつまで経ってもコレットはお屋敷に戻ってこなかった。気になった私は仕事が終わった直後、家政婦のカロルさんに尋ねてみる。
「カロルさん、コレットはいつお屋敷に戻ってくるんですか?」
「しばらくは学園にあるお嬢様のお部屋で働くことになりました」
「どうしてですか?」
「あちらはしばらく忙しいままだと、先程お帰りになられたお嬢様から説明していただきました」
「こっちに帰って来るのはいつですか?」
「特に聞いていません。コレットの穴埋めはあなたたちにやってもらうので、そのつもりでいるように」
思わぬ回答に私は愕然とした。もしかしたらコレットも目を付けられたかもしれない。でも、どうして? もしかして、あのとき何かやるとしたら使用人の部屋しかないと当たりを付けられたのかもしれない。
幸い、コレットは証拠になるような物は何も持っていないから、問い詰められても白を切ることができるはず。そして、今の時点で私がオルガ様に呼び出されていないということは、コレットは何もしゃべっていないと考えて良いでしょう。
それならば、私一人で何とかするしかないわね。いつお屋敷に戻ってくるかわからないコレットを待つわけにもいかないし。
決意を固めた私は真夜中に寝台から離れた。オルガ様たちにどれだけ疑われているかわからないけれど、もしかしたら数日はおとなしくしていると思い込んでいるのではと期待して使用人の部屋を抜け出す。
すると、暗い廊下の隅に誰かがいるのに気付いた。その人物は私に近づいて来る。
「シルヴィだな」
「え、ピエレット様?」
「どこに行く?」
「どこって、それは」
「言えないのか」
「よ、夜花を摘みに、厠へ」
疑っているという表情を隠そうともしないピエレット様が私を睨んでいた。心情的には犯人扱いなんだろうと思えるくらいのお顔を見て私は一歩引く。
それっきり黙ってしまわれたので私は仕方なく厠へと向かった。すると、後ろからピエレット様がついて来られるじゃないですか!
お屋敷の外へ出たところで私は振り向いてピエレット様に声をかけます。
「どうしてついて来るんですか?」
「ついて来られたら都合が悪いのか?」
「悪いに決まっているじゃないですか。これから夜花を摘むんですよ!?」
「別にどうということでもないだろう」
「ありますよ。同性でも見られるのは恥ずかしいんですから」
「私の知ったことではない。嫌なら行かなければいい」
まったく取り付く島のない様子に私は愕然とした。まるっきり犯人扱いじゃない。いえ、実際には正しいんだけれども、これでは何もできない。
しばらく睨み合っていたけれど、根負けした私はそのまま厠へと向かった。
翌朝、精神的に疲れ果てていた私はいつもより起きるのが遅れてしまう。このせいで朝食の時間が短くなってしまった。
料理長のオーバンさんは相変わらず元気がない。あなたが作った毒入り焼き菓子での毒殺は未然に防ぎましたと伝えられたら良いんだけど、そうもいかないのでそのままでいてもらうしかなかった。
そして、ピエレット様は今朝も私を睨んでいらっしゃる。まさか一睡もしていないのかなと顔色を窺ったところ、目元に隈はないみたい。けれど、学園へ登校するとさすがに後を付けてはいらっしゃらなかった。どうも屋敷限定かオルガ様の側にいるときだけのようね。私は歩きながら安堵のため息を漏らした。
学園に登校すると真っ先に大休館の裏へと向かう。
待ち合わせの場所にはロランがいた。私の姿を見て肩の力を抜いたように見える。
「無事だったんだな。良かった」
「あんたに毒入り焼き菓子を渡した時点で昨日の計画に失敗はなくなったんだから当然でしょ」
「オルガ様たちがいつも理性的な対応をしてくれるとは限らないだろ。危ないことをしているってことは、何が起きるかわからないってことなんだからな」
「確かにそうね。それじゃ、こっちから話すわね」
先に昨日大休館の裏で別れてからのことを私は話した。学園内での出来事は、焼き菓子をすり替えてからは大したことをしていないので簡単に説明しておく。私の心への負担は大変だったけれども、言ってしまえばそれだけだから話すべきことはほとんどない。
問題はお屋敷に戻ってからの方ね。協力者のコレットが学園でしばらく働くことになったこと、ピエレット様が四六時中私を監視していることなどを話す。
報告を聞き終えたロランは渋い表情をしていた。しばらく黙ってから口を開く。
「予想以上に警戒されているな。というより、絶対何かやったと思われているぞ」
「実際にやったんだからその通りなんだけれども、あんなにべったりと監視されていたら何もできないわ」
「何かあると思われたら、強引にでも取り押さえられるかもしれないな。思っていた以上に状況が厳しい」
「わかっているわ。でも、ご当主様はたぶん今回の毒殺の件は絡んでいないと思うから、まだ何とかなると思うのよ」
確かに状況は厳しいけれど、これまでのオルガ様とピエレット様の動きで私にもわかったことがあった。恐らく、今回の陰謀はオルガ様の勝手な行動でご当主様は感知していないはず。
理由はある。ご当主様はお屋敷の一切の権限を持っていらっしゃるのだから、わざわざ配下の責任者を迂回して命じる必要がない。だからこそ、かつて使用人ベルトとぶつかったときに家政婦のカロルさんが私を尋問しなかったのはおかしいし、料理長のオーバンさんがピエレット様に焼き菓子を作るよう強要されたのも変なのよね。ご当主様なら自ら命令すれば済むんだから。
そうなると、オルガ様が動かせる人というのはかなり限定されているはずね。たぶん自由に動かせるのはピエレット様とお付きの侍女くらい。そして、普段の生活もあるのだから、本当に自由に命じられるのはピエレット様くらいなものでしょう。
ここから導き出される結論は、ピエレット様単独で私を長期間四六時中見張ることはできないということになる。ピエレット様だって体力の限界はあるし、寝不足には勝てないだろうから。
この点を一通り説明してから私はロランに今後の方針を示す。
「ということで、私は当面おとなしくしていた方が良いと思うの。そうしたら、ピエレット様だってお休みになるときがあるだろうし、もしかしたらコレットも戻って来るかもしれないでしょう?」
「うん、本来なら安全で確実なその方法が俺もいいと思う。思うんだが、ちょっと事情がかわったからそうも言っていられなくなったんだ」
「どういうこと?」
「どうもイレーヌ様が身分違いの恋をしていらっしゃるという話が出回り始めているんだ」
「えぇ!?」
てっきりうまく隠していると思っていたイレーヌ様の秘め事がばれていると知って私は驚いた。聞けばダケール侯爵家側がその話を広めているらしい。
「ということで、これに牽制を加えるためにもすぐに毒薬の小瓶が必要なんだ。ピエレット殿がその毒を買ったことの裏取りはできているから、後は昨日シルヴィから受け取った例の焼き菓子の毒と小瓶の毒薬が一致していることを確認したいんだよ」
「でもそれだと、結局ピエレット様を放逐してオルガ様は無罪になるんじゃない?」
「普通ならな。でも、今回は証拠が揃ったらマルセル殿下の婚約者候補から外すことができるんだ。詳しくは言えないが」
ここは慎重にやろうとしていた私は正直なところ困惑した。協力者がいない上に真正面から監視されている私にできることなんて限られている。
「本当ならこんな無茶はさせたくないんだが」
「でもすぐに必要なんでしょう? 何か良い案を考えないといけないわね」
つらそうな顔を見せたロランに私は笑ってみせた。あと少しなのは確かなんだから、どうにかしてみせましょう。
状況を前向きに受け止める私はロランを励ました。
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