田舎令嬢、侯爵令嬢と女騎士の動きに注意する。

 心強い同志であるロランに抱えている問題を打ち明けた結果、それに立ち向かうことを決めた私は決意も新たに住み込み先のお屋敷へと向かった。


 気を入れ直して仕事に取り組んだ私だったけれど、別に普段の作業に何か変化があるわけじゃない。なので、仕事そのものはいつも通りに片付けていった。


 その仕事もやがて終わり、夕食にありつく。一日で最も幸せな日ね。受け取った賄いをおいしくいただいた。


 でも一点だけ、少し気になることに気付く。調理場に入ると雰囲気が全体的に暗い。原因を探ってみると料理長のオーバンさんに元気がないんだ。どうしてかしら。


 本人の目の前で様子を探るわけにもいかないから、食事を終えて使用人の部屋に戻ってからコレットに尋ねてみる。


「コレット、料理長のオーバンさんに元気がなかったみたいなんだけど、理由を知っている?」


「あれね。あたしも知らないわ。今朝からずっとああなのよ。おかげで賄いがもらいにくくて困るわ」


「朝から? ああそうか、今朝の私はオルガ様の所の使用人の部屋で食べたっけ。ソーセージサンドをもらいに行ったときも時間がなくて調理場の様子なんて見ていなかったし」


「厄介だったわよ。あの人って元気がなくなると鈍くなるみたいで、呼んでも返事をしてくれないことが多くなるの。急いでいるときはちょっとイラついたわ」


「どうしたのかしらね」


「さぁ? 調理場にいる料理人に聞いてもわからないらしいから、個人的なことじゃないかしら」


「そうなると理由は聞けそうにないわね」


「踏み込んで厄介なことを聞かされてもきついしね」


 寝台に座って雑談にふける私とコレットは苦笑いをした。これはもう仕方がないという意味合いなんだけど、オルガ様とピエレット様の陰謀を暴きたい私としてはお屋敷の異変は見逃せない。後で自分でも確認しておかなきゃね。


 それからも寝るまでに色々と話をしていると、途中から他の同僚も参加してきた。その中に玄関ホールで働くことが多い使用人ポーラから気になる話を耳にする。


「コレット、聞いてよ。夕方お嬢様が帰宅されたときにね、女騎士様の姿がなかったのよ」


「たまたまいなかっただけじゃないの?」


「でもね、女騎士様のお仕事ってお嬢様を守ることだよね? 日没近くまで何時間もお嬢様から離れていたのっておかしくない? 今までそんなこと一度もなかったのに」


「うーん、そう言われると確かに。でも、理由はなにかしら」


「きっとね、好きな人ができたんだよ! それでこっそり会いに行ってるに違いないわ!」


「こっそりってあんた、正門通って正面玄関に入ってきてこっそりはないじゃない。逢い引きにしては堂々としすぎよ」


「それじゃコレットは何だと思うのよ?」


「何だって言われても、買い物?」


「何を買ったの?」


「そんなの知らないわよ」


 食い気味に尋ねてくるポーラに押されたコレットが困惑していた。女騎士というのはピエレット様のことなんだろうけど、あの真面目な方が割と長時間オルガ様の元を離れて何をしていたのか気になる。あの性格からして逢い引きではないとは思うけど。


 人の雑談を聞いていると私は眠くなってきた。そういえば自分が寝不足だったことを思い出す。


 まぶたが重たくなったのを機に私はコレットたちよりも先に眠ることにした。




 翌日、私はいつも通り学園へと登校した。何か大きなことがない限り、普段の生活が大きく変わることはないものね。刺繍堂で講義を受け、馬場で乗馬して、舞踏館で踊る。学園での生活はいつも通り。


 そして、お昼休みは仲の良い友人と一緒に昼食を食べる。今日はアンナだけではなく、私と同じ貴族のお屋敷で住み込みをしている男爵令嬢ニコルも一緒だ。三人でテーブルを囲んで話に花を咲かせる。


「それでねぇ、モニクったら結局部屋に戻っていっちゃったのよねぇ」


「わざわざ行った意味ないじゃない、その子」


「そうなのよぉ、アンナ。私もとんだ無駄足だったわぁ」


 語尾を伸ばす癖のあるニコルの口調は間延びしているように聞こえた。多少眠たくなる話し方だけど、話題は多いので聞いていて飽きない。


 雑談の内容は目まぐるしく変わる。良い話も悪い話もさらっと流れていった。その中には気になる内容もある。


「お茶会と言えば、この前お友達のお茶会に参加させてもらったのよぉ。しかもここの庭園でねぇ」


「あそこってあたしたちみたいな下位貴族じゃ場所も取れなかったはずじゃないの?」


「実はお友達に伝手があっって譲ってもらったのよねぇ」


「へぇ、すごいわね。羨ましいわ」


「でもねぇ、そのときはオルガ様たちもお茶会を開いていらしたから、ちょっとねぇ」


 アンナとニコルは放っておくと延々と話し続けた。なので、話に混ざろうとするなら自分から声をかける必要がある。


 今の話題は私も気になったので自分から口を挟む。


「雰囲気が悪くなるって聞いたことがあるけれど、やっぱりそうだったの?」


「そうなのよぉ。自分たちだけで楽しめばいいのに、わざと聞こえるように嫌味を言ったりとかするのよねぇ。前からそうだったけれど最近は特にひどいのよぉ」


「それって自分たち以外に庭園を使わせないように思えるわね」


「シルヴィもやっぱりそう思うわよねぇ、本当にいやよねぇ」


「あたしはオルガ様のグループはちょっと嫌かな」


「アンナもそうなんだぁ。あたしもよぉ。でもそのオルガ様、近いうちにイレーヌ様のグループとお茶会をなさるそうなのよねぇ」


 再びアンナとニコルに雑談を任せて私はその様子をぼんやりと眺めた。


 どちらが先に誘ったのかはわからないけれど、婚約者候補争いをしている真っ最中によくやるわね。ぎすぎすしたお茶会になるのが目に見えるわ。


 結局、オルガ様とイレーヌ様のお茶会のことばかりを考えていた私は、その後の雑談に入らずじまいだった。それでもアンナとニコルが気にした様子がないんだから、あの二人も相当なおしゃべりずきだと思うわ。




 学園の講義が終わって放課後になった。光華館や大成館に部屋を持つ子弟子女にとって開放感のある一時ひとときね。友人と遊んだりお茶会を開いたりする生徒も多いわ。


 一方、住み込みで働いている子弟子女にとってはこれから仕事なのですぐに学園から出て行く。こちらの開放感は仕事が終わった夕食時まで待たないといけない。


 私も本来はすぐに仕事先のお屋敷に行かないといけないけれど、そういうわけにはいかなかった。これからは定期的にロランとこの時間に会わないといけないから。


 学年の北西の端にある大休館の裏側で私はロランと落ち合った。お忍びで逢い引きという雰囲気はまったくない。むしろ緊張感が強いくらいね。


「シルヴィ、待たせたな」


「構わないわ。ただし、お屋敷に行かないといけないから手短にしてね。まずは私の方から話すわ」


 昨日のお屋敷での出来事を私はロランに説明した。料理長のオーバンさんと女騎士ピエレットについて気になることを伝える。


「後は、今日のお昼にお友達から聞いたんだけど、近くイレーヌ様とオルガ様がお茶会を開かれるそうね」


「明日開くらしいぞ、そのお茶会」


「明日!? お屋敷だと用意も何もしていないから、もしかしてイレーヌ様が主催者ホストなの?」


「みたいだな。で、ピエレット殿に昨日怪しい動きがあった。人目を憚るように治安の悪い場所にある薬屋に入ったところを確認したんだ。中に入ったわけじゃないから何を買ったかまではわからないが、こりゃ明日のお茶会で何かあるかもしれないぞ」


「ピエレット様が遅れてお屋敷に戻られたのは怪しい薬屋に行ったせい?」


「そういうことだ。明日何かを仕掛けるつもりなら、今晩から準備をするかもしれない。気を付けるんだぞ、シルヴィ」


 急に動き出した周囲の状況に私は戸惑った。しかし、恐れている場合じゃない。こちらも対策をしないと。


「ロラン、お願いがあるんだけれど」


「なんだ?」


「明日の朝、ここで待っていてくれないかしら」


「逢い引きのお誘いだったら嬉しかったんだけどな。そっちの屋敷で今晩何かあったらすぐ連絡したいんだな?」


「そうなの」


「俺の部屋に出入りするところを見られるわけにはいかないもんなぁ。ただでさえ噂が出回っているんだし」


「こういうとき、注目されているって面倒よね」


 そもそも私みたいな子女が大成館に出入りしたらそれだけで騒がれるものね。ロランとの噂が広がっている今は普段以上に慎重に行動しないと。


 イレーヌ様を助けると決心したとはいえ、こんなにすぐにそのときがやってきそうになるなんて思わなかった。甘いと言えばそうだけど、もう少し時間がほしかったな。


 小さくため息をつきながらも、私はこれから向かうお屋敷で起きるかもしれないことに思いを巡らせた。

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