田舎令嬢、伯爵子弟に助けを求める。
ぶつ切りの睡眠で微妙に寝不足なのと強い緊張のせいで精神的に弱っている私は、ようやくジュネス学園にたどり着いた。とうの昔に講義が始まっている時間だから敷地に人影は見当たらない。
昨晩、オルガ様とピエレット様が自分を良からぬ企みに利用するつもりだと知った私は、誰かに相談することに決めた。秘密を漏らさず裏切らないことはもちろん、何かしらの解決策を示してくれる人物となると限られてくる。
先輩の使用人であるコレットは立場上無理、アンナは解決策の提案が無理そう、イレーヌ様は話の性質上大事になりすぎる可能性がある。そうなると、残るはただ一人だけ。
「とりあえず、ロランに会わないと」
実家の寄親の子息で能力的にも頼りになりそうなあいつのことは、実のところ一番最初に思い浮かんだ。他の友人や知り合いも考えたけれど、やっぱりロラン以上の人物はいなかった。
ということで早く会わないといけない。だけれども、私から会いに行くなんてことは今までしたことがなかったから、連絡する手段がないことに気付いて今の私は愕然としていた。ロランの普段の行動パターンを全然知らないというのも追い打ちをかけてくる。
どうしたものかと考えた末に、私は大成館のロランの部屋へと向かった。講義中の今なら子弟はほぼいない。行くなら今と決めた私はロランの部屋の前で使用人に伝言を頼んだ。これで今日中に会えるはず。
大丈夫と自分に言い聞かせながら私は大成館から離れた。
放課後、私は大休館の裏手に
気持ちを落ち着かせ、話すべきことを頭の中で確認していると待ち人がやって来た。その姿を見て私は安心する。
「ロラン」
「何があったんだ、シルヴィ」
普段とは違い、真面目な表情のロランが近づいて来た。何気にこういうのは初めてな気がする。
「ダケール侯爵家のお屋敷で私が働いているのは知っているわよね。昨晩、そこで結構まずいことを聞いたから相談に乗ってほしいのよ」
「いいぞ。話してみろよ」
表情を崩さないロランに私は昨晩合ったことを順番に話した。オルガ様の部屋付き使用人を臨時でしたこと、そこでオルガ様とピエレット様の良からぬ話を聞いたこと、その企みに私が利用されそうなことなどをすべて伝える。また、具体的に何をするのかということは話していなかったことも捕捉した。
私の話を聞いていたロランは最初は顔をしかめ、途中からはものすごく嫌そうな顔をするようになる。そして、最後まで話を聞いた後、しばらく黙っていた。
何か話すのを私がじっと待っているとロランが呻くように口を開く。
「イレーヌ様の身が危ないのはもちろんだが、その前にシルヴィ、お前が危ないな」
「そうよね」
「本来なら今すぐ逃げろと言いたいんだが、お前が逃げたらオルガ様が何をどうするのかがわからなくなっちまう」
苦しそうにしゃべるロランの話を聞いていた私は何を悩んでいるのかを理解した。
このまま私がお屋敷で働き続けた場合、オルガ様の計画について何か掴める可能性が高い。というのも、私を陰謀に巻き込む時期によっては事前に計画の一端を示す必要があるから。もちろん私の身の危険は日が過ぎるにつれて高まるけれど、イレーヌ様に危害を加えるのを抑えられる利点と天秤にかけると客観的には悪い取り引きではない。
逆に私がお屋敷からすぐに逃げた場合、今後オルガ様がどのようにイレーヌ様に危害を加えるのかがわからなくなってしまう。私を利用できなくなって計画を大きく変更された場合、その新しい計画を予想するのが難しい。
ダケール侯爵家内部にいて、更に企みに利用されることがわかっている私というのはものすごく便利な存在なのよね。イレーヌ様の身を最優先にするならば。
だからロランは悩んでいるんだ。私の身を案じるのならば今すぐ逃げる方が絶対に良いことがわかっているから。
でもそうなると、なぜロランはそこまでイレーヌ様の身を案じているのかという疑問にぶつかる。ラファルグ公爵家とバシュレ伯爵家は寄親寄子の関係ではないし、社交界で何度か出会っただけでそこまで肩入れするとも思えない。
「ロラン、ひとつ聞きたいことがあるんだけれど」
「なんだ?」
「イレーヌ様の身を案じるためには私がこのままダケール侯爵家のお屋敷で働く方が望ましいけれど、それだと私が危険に曝されるからそんなに悩んでくれているのよね?」
「当然だろう。俺はお前のことが好きなんだから」
「ありがとう。それはすごく嬉しい。でも、どうしてそこまでしてイレーヌ様の身を案じているの?」
何かを疑ってというよりも、純粋にわからなかったから私は尋ねた。すると、ロランの表情が固まった。右手で口を覆って私から視線を外す。
「どうしたの?」
「ああいや、シルヴィと天秤にかけているものについてちょっと考えていたんだ。ひどい奴だよな、俺。お前のことが好きだと言っておきながら
「イレーヌ様と私を?」
「イレーヌ様というより未来の王妃という座だな。もしイレーヌ様に何かがあってオルガ様がマルセル殿下と婚約したら、恐らくそのまま王妃になるだろう。そうなると、殿下は幸せになれそうにないし、この国も良くなるとは思えなかったんだ」
「殿下とこの国の未来かぁ。私はせいぜい自分の身だけしか考えられなかったな」
「みんなそうだと思うぞ。俺だって自分の身が危なかったら最初に自分のことを考えるからな」
「ありがとう」
返事を聞いた私は少し笑った。さっきまでの恐怖や緊張がいくらか和らいだ気がする。私を好きになってくれている人は私だけでなく、他の人や事も守ろうとしているんだ。
だったら私はどうだろう。国の未来はもちろん、マルセル殿下も雲の上の方だから全然実感がない。だから、このためにと言われたら私はたぶん動けないと思う。
でも、イレーヌ様のためならどうかしら。とても明るく聡明なお方で優しくて恋に焦がれている女性。そういえば、イレーヌ様の好きな方ってマルセル殿下ではないじゃない!
今になって私は大切なことを思い出した。そうだ、あの方は別の殿方のことに恋していらっしゃる。それが許されないことであっても、好きになることは抑えられないから苦しんでいらっしゃる。そんなお方が、望まぬ婚約で危険に曝される?
おかしい。それは絶対におかしい!
このままあの方に何かあれば、私はきっと後悔する。できることがあるのにやらないのは絶対にいけない。
「決めた。私、お屋敷残る」
「シルヴィ、一体どうしたんだ?」
「あんたがマルセル殿下とこの国の未来のことを考えるというのなら、私はイレーヌ様のために頑張るわ。ものすごく怖いけれど、このまま何もしないのは後で絶対後悔するから」
私の決意を見て取ったロランが声を詰まらせたのを私は見た。まだ迷っているのかもしれない。でも、もう決めたんだから。
「シルヴィ、いいんだな?」
「いいわよ。ただし、あんたにも協力してもらうけど」
「もちろんだ。ここで仲間はずれにしたら拗ねてやるからな」
「ふふ、昔を思い出すわね」
「それはやめてくれ」
嫌がるロランを見て私はくすりと笑った。いつもやられてばっかりのこいつに反撃できてちょっと嬉しい。
「で、その協力についてなんだが、役割分担をしようと思う」
「分担って、どうするのよ?」
「シルヴィはダケール侯爵家の屋敷内、俺は屋敷外で活動するということだ」
「場所で区切ったのね。でもどうして?」
「屋敷内は部外者の俺じゃ入れないからシルヴィに頼り切りになる。逆に屋敷の外なら俺も動きやすいからな」
「私だって学園の中なら動けるわよ」
「ただでさえ屋敷の中で危険に曝されているのに、学園でも活動するとなると相手にバレる可能性が高くなるだろ。これは秘密裏にやらないといけないからな」
「なるほど」
「あと、シルヴィの友達を巻き込まないようにしないといけないというのもある。学校でも動くと、何もしていない周囲も巻き込みかねないからな」
「あー」
そこまでは考えていなかった私は少しばつが悪くなった。確かに、数は少ないけれど大切な友人たちは関係ないんだから巻き込むわけにはいかない。私だってオルガ様に勝手に巻き込まれて迷惑しているんだから同じことはしたくないわ。
気を取り直してその後も私はロランといくつかの打ち合わせをしておいた。会えるときが限られるから、会っている間に話せることは話してしまう。
さて、これからの仕事場は今までとは違う意味合いも帯びるようになった。油断せずにお屋敷で働かなきゃ。
私とロランはその場で別れた。
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