幕間2
高貴な人々は周りの思惑に反応する。
(伯爵子弟ロラン)
ジュネス学園に入学して三年目にして、ようやく長年思っていたシルヴィが入学してきた。残念ながら最初の告白は受け入れてもらえなかったが、俺は諦めるつもりはない。
そして、地道な活動を経て最近はシルヴィとの仲が深まってきたという手応えを感じている。この調子なら夏休み前にもう一度告白したら受け入れてもらえるかもな。
俺とシルヴィの関係はこのように順調だが、学園全体を見ると春先に比べて不穏になってきていた。理由は明らかで、マルセル殿下の婚約者選びが本格化してきたからだ。
これにより、公爵令嬢イレーヌ様と侯爵令嬢オルガ様の両派閥の緊張感が増してきている。どちらも候補としては有力だから取り巻きたちの目がつり上がってきているんだ。これはある程度仕方がない。
そんな両派閥だが、イレーヌ様の方は抑制的だ。ご当人が取り巻きをしっかり抑えているから問題ないだろう。一方で、オルガ様の方はご本人が若干攻撃的になってきている。
先日、俺が舞踏館の辺りですれ違ったときに礼をしないという理由で叱責された。俺の実家の方が格下とはいえ、寄親寄子の関係でもない他家なら道を譲るだけで充分だろうに。護衛の女騎士を止める理性はまだあるようだが、あれではこの先危ないな。
そういえば、先月入学早々にシルヴィからダケール侯爵家内のおかしな話を聞いていたことを思い出す。確か、侍女が家政婦を通さずに使用人を使って小瓶に入れた何かを買ったという内容だったな。結局中身はわからず、その使用人も姿を消してしまったらしいが、どうにも怪しい。もしかしたら、あの話について詳しく聞く必要があるかもしれない。
どうにもシルヴィが危ないことに巻き込まれそうに思えた俺は弟に相談することにした。義父の仕事にかこつけて王城に向かう。
ルミエア王国の王族は自らの居城に住んでいるが、厳密に言うと城には住んでいない。城内にある別邸扱いの宮殿に住んでいる。俺の弟の一室はそこにあった。
もう何度か訪れているので弟の部屋までは迷わない。部屋の出入口を守る衛士に許可を得ると中に入る。
「兄上、ようこそ」
「元気そうでなによりだ。最後に見たのは、学園の大師館から馬車に乗り込むときだったかな」
「見ていらしたのですか。イレーヌ殿と面会するために学園へ寄ったんですよ」
「ここに呼びつけりゃ良かったのに」
「そういうやり方はあんまり好きじゃないんですよね」
「俺のときは毎回呼びつけるのに?」
「兄上は事情があるじゃないですか」
お互いにわかった上での会話なのでどちらも苦笑いをした。こうやってのんきに会えるのも王妃様がお亡くなりになってからだ。それまでは息を潜めて生きていただけに隔世の感がある。
「それで、今日はどのようなご用件ですか?」
「お前の婚約者を選定する件だよ」
「ああ、あれですか。そちらで何かあったのですか?」
「ちょっとな。そっちの耳に入れるべきか微妙な件なんだが」
若干言葉尻を濁しつつも、俺はシルヴィから聞いた話を弟に伝えた。もちろんこれがある程度ぼかされていることも話す。
結果だけ見ればダケール侯爵家内部の話だ。外からあれこれと口出すことじゃない。しかし、それは何者かの予定が途中で狂って停止か頓挫したから言えることだろう。
「以上だ。もし、この小瓶とやらが割れずに何者かの計画が実行されていたら、どうなっていただろうな?」
「今の話がこれで終わりなら特に何も言うことはないんですけどね」
「十中八九、また何かやるだろうな」
「はぁ、こいう人とは一緒になりたくないなぁ」
「王族って大変だよな」
「何のんきなことを言っているんですか。兄上も同じでしょう」
「俺は認知されてないんだよなぁ」
「ずるいなぁ。でも確か、兄上がご執心の男爵令嬢ってダケール侯爵家で働いているんですよね」
「そうなんだよ。できれば今すぐ辞めさせたいが、親戚の紹介で入ったから辞められないらしい。父方の親戚の紹介だったか」
「せめて母方の伝手が使えれば良かったんですけどねぇ」
「母方とは縁が切れている状態だからな。うまくいかないよなぁ、まったく」
「とりあえず、話はわかりました。これだけでは具体的には動けませんけど、心に留めておきます」
「ああ、そうしてくれ」
用件を済ませた俺は弟としばらく雑談をしてから部屋を辞した。また近いうちに足を運ぶことになるかもしれないが、当面はこれでいい。
肩を鳴らした俺は軽快な足取りで王宮の廊下を歩いた。
(侯爵令嬢オルガ)
お父様によると、マルセル殿下の婚約者を決める日がいよいよ迫ってきたとのことです。誰が将来の王妃にふさわしいかという議論も白熱していると伺いました。
わたくしは自分が選ばれることを信じておりますが、実際の選定会議では予断を許さない状況だそうです。お父様は大丈夫だとおっしゃっていたものの、実際には若干不利だと耳にしています。
ジュネス学園ではわたくしの派閥が大きな存在感を放っていますが、残念ながらこれが実際の婚約者選びに影響を与えることはありません。もし好材料になるのならばわたくしも遠慮なく動くのですが。
ただ、同じ学園内にはイレーヌ様の派閥がわたくしたちに対抗してきています。これが非常に面白くありません。何とかしたいのですが表立っては難しい。
やはり裏からどうにかするしかないようですわね。そこで、わたくしはピエレットに命じることにします。
「あなた、以前は失敗しましたけれど、今度は信じても良いですわね?」
「はっ、次は必ず手に入れてみせます」
「よろしい。では、実行なさい」
「承知しました。それと、ひとつお耳に入れておきたいことがあります」
「なんですか?」
「以前、家政婦に余計なことを報告した使用人ですが、厄介なことが判明いたしました。この者、アベラール男爵家のシルヴィというのですが、どうも母親がラファルグ公爵家の出身らしいのです」
「なんですって? 男爵家の妻なのでしょう? 良くて伯爵家出身のはず」
「それが、十数年前に現アベラール男爵家当主の元へ駆け落ち同然で籍を入れたらしいのです。ただ、そのせいでラファルグ公爵家との縁は切れているようですが」
「なんですかそれは」
あまりの話にわたくしはこめかみを押さえました。更に詳細を聞くとアベラール男爵家は田舎貴族ではありませんか。高貴な身分にもかかわらず、一体当時の令嬢はそんな下位貴族の何が良かったというのか。理解に苦しみます。
「オルガ様、このシルヴィという使用人をこのまま放っておいてもよろしいのでしょうか。私としてはすぐにでも屋敷から放逐するべきだと考えますが」
「そうですわね。普段ならまだしも、今の時期に敵方と繋がっている可能性のある者を内に抱えているのはよろしくないでしょう」
そういえば、この男爵令嬢は学園内でもちょっとした噂になっていましたわね。婚約したわけでもない殿方の部屋に誘われて入ったとか。イレーヌ様にお茶に呼ばれたと聞いたときは何事かと思いましたが、まったく、どういった女なのでしょう。
いっそのことピエレットの進言通り放逐するようお父様にお願いしようかと思いました。しかし、直前になって別の考えがひらめきます。
「オルガ様、では」
「待ちなさい。そのシルヴィという使用人、使えるかもしれません」
「何に使うのですか?」
「母親は駆け落ちしてラファルグ公爵家と縁が切れているのでしょう? 娘のシルヴィがそのことでラファルグ公爵家を恨み、イレーヌ様に近づいたとしても不思議ではないと思いませんか?」
「え? それは、そうかもしれませんが」
「そういうことにするのですよ。次に事件が起きてしまったときには」
「ああ」
わたくしが何を言わんとしているのか理解したピエレットは納得したかのようにうなずきました。それきり黙ります。
一旦頓挫わたくしの計画ですが、最後の部分にいささか不安を抱えていることは理解していました。しかしここに来て、ついに完璧な計画へと修正することに成功します。
しばらく静観するよう進言したピエレットを以前に叱りつけましたが、こうなると待った甲斐があったというものです。
それにしても、イレーヌ様を取り除くためにその血縁者を利用するとは、なんと面白いことでしょう。わたくしは直接手を汚すことなく、高みの見物をするだけ。ラファルグ公爵家が自滅するのを見守るだけで良いのです。なんと素晴らしい見世物でしょうか。
改めてわたくしはピエレットにシルヴィなる使用人への手出しを禁じました。今はまだ手元に置いておく必要があります。そのときが来るまで気付かれてはなりません。
どうやら神はわたくしが王妃になることをお望みのようですわね。
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