田舎令嬢、狩猟の準備を手伝う。

 ジュネス学園に入学して以来、ロランとは何度も会っているけれど、いつもはあちらから私に会いに来ている。私からは用がないのでわざわざ会いに行く必要がないのと、余暇はほぼ住み込み先のお屋敷で働いているからという理由が大きい。


 なので、いざ私からロランに会おうとするとこれが意外に難しかった。同じ学園内にいるのに男女の接点があまりないから、異性の行動があまりわからないのよ。


 それだけにロランが普段どうやって私を捜し当てているのかが不思議に思えた。いつもふらりと近寄ってきては私に話しかけてきているものね。


 まさか子弟の学び舎である試練堂や宿泊施設の大成館に乗り込むわけにもいかない。高位貴族だと使いを出せるけど、私にはそんな便利な配下はいなかった。


 ということで、開き直ってロランから会いに来るのを待つことにする。別に急ぎの用事というわけでもないので待っていれば良いことに気付いた私だった。


 幸い、ロランはあまり日を置かずに会いに来てくれる。ある日の夕方、私が住み込み先のお屋敷へと行く直前になってロランが姿を現してくれた。何気にあいつの来訪を待ち望んだのってこれが初めてじゃないかしら。


「シルヴィ、今から働きに行くのか」


「そうよ。でもちょうど良かった。会いたかったところなの」


「お? ついに」


「ちょっと頼みたいことがあるの」


「なぁんだ。で、頼みってなんだよ?」


「ここじゃ話しにくいから、こっちに来て」


 今回は珍しく私が話を主導した。学園の敷地の北東にある大休館の裏側へと二人で回り込む。


「で、頼みってのはなんだ? あんまり人に聞かれたくない内容みたいだが」


「近く実家に手紙を出したいんだけど、返信の手紙を受け取る場所が必要なのよ。そこで、ロランに私の実家からの手紙を受け取ってほしいの」


「俺との結婚の承諾についての話だったら喜んで引き受けるんだけどなぁ。まぁでも、確かに今のシルヴィじゃ受け取りづらいよな。住み込み先に送ってもらうのはまずいのか」


「そうなのよ。ちょっと人に言えない相談事を受けちゃって、万が一でも手紙の内容を見られると良くないのよ」


「なんか厄介そうな話だな」


「別に私の身に危険が及ぶ類いじゃないわ。良い顔はされないだろうけど。どちらかというと、相談した人の方が困るからできるだけ秘密にしておきたいのよ」


「俺が手紙の中を見るって可能性もあるぜ?」


「最悪中身を見られるとしても、あんたならまだましなの。それに、バシュレ伯爵家は私の実家の寄親でしょ? わざわざ無関係なことで寄子を追い詰める理由もないし」


 イレーヌ様の身分違いの恋についてバシュレ伯爵家は知っても公表しないと私は予想していた。というのも、かつてお母様が寄子の男爵家に転がり込んだときに絶対ラファルグ公爵家と一悶着起きただろうから、もう同じ面倒事には関わりたくないはずなのよね。だから、例えロランが内容を知ったとしても実家が公表を止めるはず。


 さすがにこれを言うと更に面倒なことになりそうなので私は伝えなかった。そんな私にロランが困惑した表情を向ける。


「まぁいいか。わかった。アベラール男爵家からの手紙は俺宛に送ってくれていいぜ。何だったら実家宛の手紙を送り届けてもやるぞ」


「そう言ってくれると思っていたわ。はい、これ」


「なんだ最初からそのつもりだったのか。こりゃ一本取られたな」


 若干呆れた表情を見せたロランに私はあらかじめ用意していた封筒を手渡した。実のところ、実家に手紙を送るのだって無料ただではないから、お願いできるのならば頼みたかったのよね。


 これで私からの用事は済んだので仕事先へと向かおうとした。すると、今度はロランから話を振られる。


「ところでよ、今度は俺の頼みを聞いてくれないか?」


「どんなこと?」


「実はな、今度の休日明けに学園の実習で狩猟に行くんだ。それで、その準備を手伝ってほしいんだよ」


「あんた、使用人くらいいるでしょ?」


「使用人はいるんだが、狩りの準備はいつも従者と一緒にやっていたんだ。で、そいつが昨日から風邪で寝込んじまったんだよ。シルヴィなら田舎でそういうこともやっていただろう?」


「まぁ、お父様の狩りの用意は手伝っていたけれど」


「だから頼むよ」


 困った様子のロランが私に真剣にお願いをしてきた。王都にもバシュレ伯爵家の邸宅があるって聞いていたからそちらから人を寄越してもらえれば良いと思うんだけど、たぶん私にやってほしいんだろうなぁ。さすがに従者の風邪は嘘だと思いたくないけれど。


 つい今し方、手紙の件を承知してもらったから断りにくい。それに、先日エクラ商店街に行ったときに水晶をあしらったペンダントを買ってもらった手前もある。


「わかったわ。いいわよ」


「やったぜ!」


「それで、いつどこに行けば良いの?」


「二日後の昼から大成館の俺の部屋に来てくれ。道具はあるんだ」


「女一人では入りにくいわね」


「俺が外で待っていてやるぜ」


「やめてよ、余計に目立つじゃない。部屋の場所だけ教えて。直接行くから」


 男子寮に行く時点でもう駄目な気がするけれど、とりあえず目立たないためにも同伴は避けたかった。いささか残念そうな顔をするロランを説得する。


 どうにか納得させたところで私とロランは別れた。




 約束の日、私は休日の学園に足を運んだ。昼間だと外へと遊びに行く生徒が多いので人影がほとんどない。


 そんな中、私は黒色の仕事用ドレスを着たまま大成館に入った。この姿ならどこかの子弟の使用人と見間違えてくれるはず。自分の機転に私は内心で胸を張った。


 大成館の二階に上がると教えられた部屋の前に立つ。扉を叩くとロランが直接出てきた。てっきり使用人が対応すると思っていたので意外に思う。


「なんであんたが直接出てくるのよ?」


「使用人は今日休みなんだ」


 呆れた私だったけれど、いつまでも廊下に立っているわけにはいかなかった。部屋の中に入れてもらう。なかなかの広さの室内には質の良い調度品が最低限整えられているように見えた。


 一周ぐるりと部屋の中を見回した私は首を傾げる。


「ねぇ、もしかしてこの部屋にいるのって今は私とあんただけ?」


「そうだぜ。従者は風邪で寝込んでいるし、使用人は休暇中だからな」


「私も気分が優れないから帰ろうかしら」


「おい何でだよ!? 大丈夫、何にもしねぇって」


「まぁ信じてあげましょう。それじゃ早速始めましょうか。当日着ていく服を出して。ほころんでいないか見るから」


「そっちの寝台ベッドの上にあるぜ」


「なんでそんなところに」


 使用人は服の管理をしていないのかと呆れつつも、私はロランの寝台の上にある服を手に取った。結構使い込まれているようで、袖の辺りに綻びが少しある。使用人の部屋から裁縫道具を借り出して縫い始めた。


 それを皮切りにロランの狩りの準備を二人で始めた。ロランは武具の調整を始めたので私はそれ以外の雑貨なんかを担当する。


 当日は従者が持ち運ぶ大きな鞄を預かって私はその中を覗いた。予備の弓弦ゆずる、革の手袋、縄、麻袋のような狩猟寄りの道具から、ハンカチ、薬、雨具みたいな一般的な道具までが入っている。それらをひとつずつ点検した。思わず声が出る。


「懐かしいわねぇ」


「王都に住んでいるお嬢様からは絶対に出てこない感想だな」


「うるさいわね。どうせ田舎者ですよ。夕飯を作ってあげようかと思ったけどやめたわ」


「え!? あ、悪かったって!」


「ふんだ」


 武具の手入れをしていたロランが焦った様子で私に振り向いてきた。しばらく焦っているといいわ。


 そうして必要な道具の点検を終えてロランに返すと私は使用人の部屋へと入る。使用人が休みだから食材はさすがにないか。ということで、ロランに代金をもらって王都の市場に買いに行く。当人も行きたそうだったけれど明日の準備を優先させた。


 食材を買ってきたけれど手の込んだ食事は作らない。今回は明日の狩りで食べる簡単な食事を優先する。夕飯はそのついでね。作ったのはソーセージサンド。私がいつも食べているやつよ。携行性を考えると汁気のない物でないといけないから。


 夕方、同じ物をロランに差し出す。


「はい、これが今日の夕飯よ。簡単な物しか作れなかったけれど」


「おおこれか! うめぇ!」


「使用人の部屋に同じ物を置いておくから、明日持っていってね」


「恩に着るぞ!」


 口の中に食べた物を入れたままロランが私に返事をしてきた。そこまでおいしそうに食べてくれるのを見ると私も嬉しくなる。


 その後、細々とした片付けを終えてから私はロランの部屋から辞した。送っていくと言われたけれど断る。そんなことをしたらこっそりやって来た意味がないじゃないのよ。


 ともかく、これで少しは借りを返せたでしょう。

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