田舎令嬢、公爵令嬢からお茶に誘われる。
教壇の上に立つ教師が講義の終了を宣言すると室内は一気に騒がしくなる。元々仲良しグループで固まって座っているので、顔を前に後ろに向けておしゃべりしていた。
私とアンナも例外じゃない。
「近いうちにお茶会を開こうと思うんだけど、シルヴィは来てくれる?」
「もちろん行くわよ。というか、アンナが開くんだ。もしかして初めて?」
「そうなのよ! 入学してから何度かお茶会にお呼ばれして行ってきたけれど、そろそろ自分でも開きたいなって思って」
楽しいお話をしつつも私とアンナは次の講義のために席を立つ。生徒寮に部屋のない私はそもそもお茶会を開けないから羨ましいなと思いながら。
そうして講義室を出たところで、私は一人の子女に声をかけられた。明らかに上位貴族の身なりと振る舞いに私もアンナも驚く。
「初めまして。私はメルメ伯爵家のグレースです。シルヴィ・アベラールですね?」
「はい、そうですけれども」
「今日はラファルグ公爵家のイレーヌ様の使いとして参りました」
「どのようなご用件でしょうか?」
「イレーヌ様がぜひお茶をご一緒したいという申し出です。時は二日後の放課後、場所は光華館のイレーヌ様のお部屋です」
用件を聞いた私とアンナは再び目を丸くして顔を見合わせた。公爵令嬢が一介の男爵令嬢に単独でお茶に誘うなんて普通はない。それは仲良しグループや派閥の中であっても同じ。
混乱する私にアンナが小声で問い詰めてくる。
「ちょっとシルヴィ、これってどういうことよ?」
「前に一度お目にかかったときにお友達になりましょうって言われたことがあったんだけれど、どうもあれは本気だったみたい」
「なんであんたがそんなことを言われているのよ? というより、イレーヌ様にお目にかかったことがあるの?」
「学園内の敷地でちょっと出くわしただけよ。正式に面会したわけじゃないわ」
食い気味のアンナと小声で話しながらも私はグレース様にちらちらと目を向けていた。あんまり長くお待たせするわけにはいかない。
とりあえず後でとアンナに伝えるとイレーヌ様のお使いに向き直る。
「喜んでご招待をお受けいたします」
「ありがとうございます。私も嬉しいですわ。では、当日に」
きれいな仕草で一礼をされたグレース様が踵を返して去るのを私たちは見送った。その姿が見えなくなってから大きく息を吐き出す。
大貴族のお願いなんて断れるものじゃないから招待を受けたけど、一体どんな一席になるんだろう。
隣で騒ぐアンナと話をしながら私はぼんやりと二日後のことを考えた。
イレーヌ様とお茶をご一緒する当日になった。住み込み先のお屋敷には事前に友人からお茶に誘われたと申請している。友人の名前までは聞かれなかったので言っていない。
すべての講義が終わった放課後、アンナと別れて光華館へと向かう。途中、自分の来ているドレスをちらりと見た。茶色の質素なものでとても公爵家のご令嬢とお茶をご一緒できるような服だとは思えない。せめてペンダントで何とか自分を飾り立てる。
どうにも気が進まないながらも私は光華館の一階にあるイレーヌ様のお部屋を訪ねた。侍女の方が対応してくださって中へと入る。
室内は大貴族のご令嬢にふさわしい広さで、惜しげもなく財を使った調度品に囲まれていた。使用人として侯爵家で働いているから高価な調度品自体は見慣れているけれど、お客として招かれると受け取り方がまた違ってくる。完全に別世界だわ。
「ようこそお出でくださいました。こちらへどうぞ」
「本日はお招きありがとうございます」
笑みを浮かべたイレーヌ様が用意された席へと私を案内してくださった。素直に従って椅子に座り、
「こうしてあなたをお迎えできて本当に嬉しいですわ、シルヴィ」
「それは光栄です。私としては、こんな分不相応な扱いを受けて驚いているところです」
「ふふふ。ともかく、まずはお茶とお菓子を堪能してくださいな」
勧められるままに私が口を付けたお茶とお菓子はおいしかった。実家ではまず手に入らない代物に大きく目を開く。
そんな私の様子をイレーヌ様が面白そうに眺めていらっしゃった。そこから雑談に入る。話題は王都で今何が流行しているものだけど、私はほとんど知らない。だからほぼ一方的に教わる形になった。
ある程度話が進むと私も肩の力が抜けてくる。幸い、立ち居振る舞いは通用しているようだから、後は気後れさえしなければ何とかなりそうだった。
ひとつの話題に区切りがつくと、イレーヌ様が新たな話題を持ちかけてこられる。
「それにしても、男爵家のご出身にもかかわらず、わたくしと遜色のない所作というのは素晴らしいですわね」
「さすがにイレーヌ様ほどではないと思います」
「いいえ、ほとんど変わりない、というより、同じですわ」
「同じ、ですか?」
「失礼ですけれども、あなたのことを少し調べさせていただいたの。すると、あなたの母上でいらっしゃるジョスリーヌ様が、わたくしの父上の姉に当たる方だとわかったのです」
「ええ!?」
意外なことを聞いた私は声を失った。確かに礼儀作法や舞踏は王都でも通用したけれども、母親が公爵家出身だなんて初耳よ!?
「でもお待ちください。私の父は男爵家の長男です。なのに母の実家が公爵家というのは」
「そうですわね。いくら何でも家格が釣り合いません。ですので、当時のジョスリーヌ様は駆け落ち同然であなたのお父上でいらっしゃるエクトル様の元へ嫁がれたのです」
「駆け落ち!?」
「そのような経緯があるからこそ、我がラファルグ公爵家とアベラール男爵家は縁がないのです」
説明を聞いた私は納得した。道理でお母様が実家のことをまったく話されなかったわけね。そりゃ駆け落ち同然でうちに来たら実家との縁なんて切れるわ。
などと自分の母親に対して呆れていた私だったけれども、そうなるとひとつの事実に思い至る。
「ということは、私とイレーヌ様は」
「従姉妹ということになりますわね。どうりで似ているわけです」
「ああなるほど、そういうことですか」
「それにしても、素晴らしいお母様でいらっしゃいますわね!」
「はい?」
突然目を輝かせたイレーヌ様が私の方へと身を乗り出してこられた。私のお母様の何が素晴らしいんですか?
「身分よりも自分たちの愛を優先するなんて!」
「イレーヌ様はそのような劇や小説がお好きなのですか?」
「もちろん大好きですわ! でも、何よりも、わたくしも実は心を寄せるお方がいらっしゃるのです」
「ぶっ!?」
高価なお茶を口に含んだところで投げつけられた問題発言のせいで私はむせた。しばらく咳き込んだ後、イレーヌ様の方へと顔を向ける。
「けほっ。で、でも、確かイレーヌ様はマルセル殿下の婚約者候補と伺っていますが」
「はい、残念ですが」
「いやあの、その発言はいかがなものかと思いますけど」
「もちろんこの場限りにいたしますわ。ああでも、偉大なる先人の娘であるシルヴィにお願いがあるのです」
「えーっと、そういう危ない橋はできれば渡りたくないんですが」
「そんな危ないことをさせるつもりはありませんわ。本来でしたら直接ジョスリーヌ様にお目にかかりたいのですが、家同士の都合上、そういうわけにも参りません。そこで、シルヴィからジョスリーヌ様にわたくしの悩みをお伝えしてもらい、何かしらの助言をいただきたいのです」
「なるほど」
イレーヌ様の要望を聞いた私は身構えていた体の力を抜いた。確かにそれならば別に危ないことはないわね。
「そのくらいでしたら私も協力できそうなので、お母様への手紙を
「シルヴィ、ありがとう! もちろん承知していますわ!」
「それと、イレーヌ様の事情をいくらか我が母にお伝えしても構いませんか?」
「ええ、構いません! それでは、今からフランシス様への思いを聞いていただきましょう!」
「え?」
感極まったらしいイレーヌ様が想い人への愛を私にぶつけ始めてこられた。その熱い思いの丈を延々と浴びる。
ようやく話が終わったとき、私はほとんど放心していた。日頃内に秘めていて鬱憤が溜まっていたらしいイレーヌ様はすっきりとした様子だ。良かったですね。
こうして実家に手紙を出すことになった私だけれども、それをどこに送ってもらうのかで悩む。内容の都合上、ラファルグ公爵家はもちろん、婚約者候補争いをしている住み込み先のお屋敷も無理になる。そうすると、残るは寄親のバシュレ伯爵家くらいしかない。
正直なところあんまり気が進まなかったけれど、ロランに相談するしかないわね。今から喜ぶ顔が目に浮かぶようだわ。
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