田舎令嬢 商店街に出かける。
春うららかなある日、私は学園の救心堂で一人昼食を取っていた。普段ならアンナと一緒なんだけれど、今日は実家の所用のために私とは別行動をしている。来年寄親の子女が入ってくるので何やら頼られているらしい。
それなら最近友人となった別の子女と一緒にと思ったけれど、こっちはこっちで今日は姿を見かけない。
ということで、今は周囲をぼんやりと眺めながら口を動かしていた。ソーセージサンドの味はいつも通り。だけれども、こうもっと人間関係的なスパイスがほしいわね。
などと思っていたら本当にスパイスがやって来た。学園の子女に大人気のロランが私の目の前に現れる。
「今日は一人なんだな」
「こういうときもあるわよ」
「相席してもいいよな」
「どうぞ。今日はお昼は食べないの?」
「昼休み直前の講義が休講になったから早めに済ませたんだ」
「だったらどうしてここに来たのよ?」
「シルヴィがいるってわかっているからさ」
相変わらずまっすぐな好意をぶつけてくるロランに私は顔を引きつらせた。小さい頃ならばまだしも、今くらいの歳になってこの感情を素直に受け止めるというのは結構恥ずかしい。
笑顔で正面に座ったロランがじっと私を見つめてきた。単に見られているだけなんだけども、何というか実に気恥ずかしい。
「そんなにじろじろ見ないでよ」
「いいじゃないか、減るもんじゃないだろ。それに、美人を見ているってのは飽きないぜ」
「そういう恥ずかしいセリフ、よく簡単に言えるわね」
「いつも自分の気持ちに正直だからな、俺」
「毎日が楽しそうで羨ましいわ」
「はは、だろ? でも、シルヴィが美人ってのは客観的な意見だぞ。俺の知り合いもみんなそう言っているしな」
「なんであんたの知り合いがあたしのことを知っているのよ?」
「シルヴィのことを気にしている男はちょいちょいいるんだぜ?」
「え?」
「考えてもみろよ。あのイレーヌ様と顔つきが似てるんだ、男が注目しないわけないだろ」
「周りにそんな気配なんて今までないんだけど」
「平日は放課後になったらすぐに働きに出て休日は休みなしで働いていたからだろ。みんな話すきっかけがなかったんだ」
「でも、舞踏の実習のときは子弟と踊るじゃない」
「俺がいつもシルヴィが好きだって言っているのをみんな知っているからだよ。今学園にいる男で俺と真正面からやり合おうって奴はいないからな」
「何してくれてんのよ、あんた!?」
楽しそうに笑うロランに私は思わず吼えた。学園に入学したのは自分を磨くためだけど、それ以外にも実家の男爵領を一緒に継いでくれる人を探すためでもある。その可能性を片っ端から潰されていると教えられて平静でいられるわけがない。
私が抗議の声を上げるとロランが言葉を返してくる。
「誤解しているようだから言うが、お前に声をかけるのを俺が直接止めているわけじゃないぞ。いくら何でもそんなことはしない。ただ、周りの男が自分と俺を見比べて尻込みをしているだけだ」
「本当に?」
「もちろん。俺は誰にも負けるつもりはない。相手が誰だろうと最後は必ず勝つぜ。正々堂々と勝負してな」
あまりにも自信に満ちたその態度に私は何も言い返せなかった。恐らく本心からの言葉なんでしょう。ここまで自分に自信があるというのもすごいけれど。
「ということで、明後日エクラ商店街に出かけないか?」
「話が全然繋がっていないんだけれど?」
「実は今日の本題はこれなんだ」
「随分と遠回りしたわね。でも、なんでエクラ商店街なの?」
「シルヴィに息抜きさせてやりたいと思ったからだよ。お前、王都に来てから学園と仕事先を往復するばっかりで全然休めていないだろ。そんなんじゃそのうち倒れるぞ」
「あ」
意外にも真っ当な理由で私は声を失った。確かに、学園に入学して一ヵ月以上になるのに、まだお茶会に一度も参加していない。他の子女はお茶会の話で盛り上がっているというのに。
体力的にはまだ大丈夫だとは思う。でもそれは、休まなくても良いという理由にはならない。
「思った以上にまともな理由でちょっと驚いたわ。商店街に行く理由がまだわからないけれど」
「女って店を見て回るだけでも元気になるって聞いたことがあるからだよ。部屋にこもっているよりかはましだと思ったってのもあるが」
「ふぅん。下心はないわけ?」
「もちろんあるぞ。ただ、理由としては二の次三の次ってだけで」
あまりにも堂々と笑顔で言い切られた私は毒気を抜かれた。確かにロランは少々強引ではあったけれども表裏はなかったものね。
王都の商店街か。一度行ってみたかったのよね。だったら、これを機会に行ってみましょうか。
少し考えた私はロランの申し出を受けることにした。
二日後、私はロランと一緒にエクラ商店街へと馬車で向かった。この商店街は王都にある裕福層向けで、主に上位貴族や成功した商人を顧客としているお店の集まりなの。
私のような下位貴族が足を向けるような場所じゃないけれど、やっぱりこういう所には憧れるから行けるのは嬉しい。
でも、馬車に乗る私は落ち着かない様子で正面に座るロランを見る。
「待ち合わせ場所が学園内なのは仕方ないにせよ、もっと人目につかないようにはできなかったの?」
「今回は特別目立つようなことはしていないぞ。たまたま周りに人がいたっていうだけで」
「そうだけど」
「いいじゃないか。逢い引きみたいだなんて言う奴には言わせておけば。本当のことなんだからよ」
「あんた、完全にからかっているでしょ!」
若干顔が赤くなったのを自覚しながらも私は真正面の男を睨みつけた。けれど、ロランはにやにやと笑って私を見るばかり。ちょうど良い距離だから脛でも蹴りつけてやろうかしら。
エクラ商店街にたどり着くと、そこは一般平民が訪れる場所とは雰囲気が違った。馬車の数が多く、歩いているのは大抵が使用人ばかりだ。なるほど、だからロランは馬車を用意したのね。
「どの店に行きたいか決めてくれ。今日の主役はシルヴィだぜ」
「そんなこと言われても、私はお金なんて持っていないし」
「この辺りは見るだけで買わないって人も多いんだ。そうやって何軒も巡る客も珍しくない。見るだけでも大丈夫だぞ」
「それなら、まずはドレスが見たいわ」
必ず買う必要がないのなら見たい物はいくつもあった。私はロランに希望を伝える。
最初に寄ったのはドレスを扱う店だった。来年辺りから社交界に出ることを考えるのならば、今から見ておくだけでも早すぎることはない。どんなのが流行しているのかも知っておきたいしね。
店内に入ると壁にいくつものドレスが飾られていた。色とりどりで目に刺激が強いくらいだけど、見ているだけで心躍ってくる。
「いらっしゃいませ。本日のご用件は?」
「彼女が来年社交界にデビューするためのドレスを見て回っているんだ。けど彼女、最近の流行にちょっと詳しくなくてね、今日はどんなのがあるのか見に来たんだ」
「あんた、なんでしゃべってもいない私の都合を知っているのよ?」
「田舎から出てきて学園に入学したばかりの
ロランが学園の三年生だということを私は思い出した。つまり、過去二年で私みたいな子女の相手をしたことだってあるはずよね。なるほど、その経験からか。
店主の方に色々と教えてもらいながらドレスを見物させてもらった。今の流行を教えてもらえたのは本当に良かったわ。
満足した私はその後もお店をいくつも回った。靴屋、小物屋、鞄店など、思い付く限り店に入ってゆく。
日が傾き始めた頃、最後のお店として装飾品店に入った。店内にはたくさんの品物が並べられている。
私は早速色々と見て回った。髪飾り、耳飾り、腕輪など、いずれもきらびやかな物が多い。
その中のひとつを私は手に取った。小さい水晶をあしらった、他の物と比べると質素なペンダント。でも、とても気になった。
じっとそれを見ていると横からロランの声が耳に入る。
「店主、これを彼女に」
「ありがとうございます」
「ロラン!?」
「別にそれひとつくらいだったらいいぜ。気に入ったんだろ」
「でも」
「いいからいいから、な」
「ありがとう」
結果的にねだってしまった形になったことに対して私は罪悪感を感じた。けれど同時に、嬉しいとも思ってしまう。
ロランに対して複雑な感情を抱きつつも私は早速ペンダントを身に付けた。そのまま店を出て馬車に乗り込む。
何となく落ち着かない私は胸元のペンダントをいじった。どんな顔をしたら良いのかわからない。でも、私を見るロランがにやにやとしているのに気付いて睨んでやった。すると、ますます笑顔が濃くなる。
少し顔を赤らめつつも私は悔しくて目の前の男を睨み続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます