田舎令嬢、勤め先の屋敷で仕事に励む。

 王都にやって来て一ヵ月以上が過ぎた。相変わらず刺激的な毎日だけれど、その刺激にもある程度慣れてきたところね。


 ダケール侯爵家のお屋敷でやっている住み込みの仕事も同じで、今や私も立派な使用人として働いている。仕事の内容は相変わらず何でも屋で、敷地内あちこちを行ったり来たりしていた。仕事を覚えてからはあまり苦にはなっていない。


 平日は朝から夕方までジュネス学園で勉学に励み、夕方からはお屋敷に戻って使用人になる。朝方に仕事がないからまだ何とかこれでもやっていけているって感じね。


 学園から戻ってきた私は使用人の部屋で黒色の仕事用ドレスに着替えると、まずは家政婦のカロルさんに指示をもらいに行く。女の使用人をまとめる人で元は商家の娘だったらしい。ちなみに、結婚はしていたそうだけど子供ができる前に旦那さんとは死別しちゃったとか。


 ともかく、カロルさんを探すことしばし、同僚に居場所を尋ねながら屋敷内の食糧保管室に向かった。そこで女の使用人に指示を出している家政婦の姿を目にする。


「カロルさん、戻って来ました」


「シルヴィですか。ちょうど良いです。この子たちと一緒に食材を調理場に運びなさい。その後は調理場で料理長の指示に従うように」


「今日は料理をするんですか?」


「当主様のご友人方がいらっしゃるので人手が必要なのですよ」


「わかりました」


 最初の指示を受けた私は食料保管庫から木箱や樽を調理場に運ぶ。これが結構な力仕事なんだけど、一人か二人で持ち運べるような大きさのものばかりなので数人かがりでやりきった。


 その作業が終わると、私は疲れた腕をほぐしながら調理場で料理をしている料理長に声をかける。


「オーバンさん、カロルさんから手伝うように言われました」


「おお、便利屋娘か。いいところに来たな! 空豆を殻から出して、終わったら水で洗って鍋に入れておいてくれ」


「わかりました」


 笑顔で作業の指示を出してきたオーバンさんにうなずくと、私は大きな籠に入れられた空豆を剥く作業に取りかかった。やることは単純なので苦労はない。


 たくさんあったので時間はかかったけれど、全部剥き終わると空豆の入った小さめの鍋に水を注ぐ。ある程度手で混ぜてから水を切って鍋に入れたら作業はおしまい。


 これを皮切りに私はオーバンさんの指示に従って調理場で動き回った。料理はもちろん料理人がするので私はその手伝いが中心になる。たまにやっていることなのでお互いに勝手は大体理解しているし、どこに何があるのかも知っていた。


 調理が進むと調理場においしそうな匂いが漂い始める。空腹を我慢するのはつらくなる頃合いね。ご主人様とそのご友人が召し上がるものだから当然私は食べられない。


 けれど、実はちょっとだけ例外がある。料理長のオーバンさんは食いしん坊で味見と称してよくつまみ食いをしていた。みんなも知っているけれど、これは料理人の特権なので誰も注意はしない。そして、調理場でお手伝いをしたときは、たまにそのご相伴に預かれることがあるのよね。


「オーバンさん、スープの感じが良くなってきたんで見てもらえますか?」


「どれどれ。これは味見をしないとわからんな。ふむ。シルヴィの感想も聞かせてくれ」


「はい!」


 ということで、私はご主人様たちが召し上がるスープを少し食べさせてもらった。うん、おいしい!


 この後、余った肉の切れ端なんかもちょこっとだけいただいた。だから調理場でのお手伝いはやめられないのよね。




 学園が休日のときは朝から働くことになっていた。調理場で朝食を口にした後、家政婦のカロルさんの指示に従って女の使用人が屋敷の各地に散ってゆく。


 私もカロルさんから洗濯の手伝いをするように命じられた。なので洗濯係の女の使用人と一緒に屋敷を回って衣服やシーツを集めて回り、そのまま倉庫の隣にある洗濯場へと向かう。


「シルヴィ、あんたは使用人の服を洗っておくれ」


「わかりました」


 年長者の洗濯係の指示を受けた私の前に使用人の服が山積みされた。男ものも女ものもまとめて一緒くたになっている。


 腕まくりをした私は女ものの仕事用ドレスを手に取って洗い始めた。田舎だと川に持っていって水底に沈めて足で踏みつけるというやり方ができるけど、ダケール侯爵家のお屋敷では全部手洗いしないといけない。


 結構な重労働を私は洗濯係の使用人たちと一緒に洗い続けた。油の染みや泥を擦り付けたかのような汚れがなかなか落ちてくれない。


 洗い終わると籠に入れて物干し縄に引っかけて干してゆく。夏場の晴れの日なんかはすぐに乾いてくれるんだけど、今の時期はそこまですぐには乾かない。


 それでもとりあえず洗濯を終えると三度みたびカロルさんに会いに行く。次に指示されたのは室内の掃除だった。今度は掃除係の年長者に指示を求める。


「今日は旦那様のご家族が揃ってお出かけされているから、その間にちゃっちゃと済ませるからね。シルヴィ、あんたはあたしについてくるんだよ」


「ご主人様たちはいつ戻っていらっしゃるんですか?」


「今日は舞踏会に参加されるらしいから夜中だね。つまり、昼間は好きなだけ掃除できるってわけさ」


 にやりと笑った年長者が嬉しそうに私に教えてくれた。目の前で私たちが仕事をしているとよく怒られるもんね。気持ちはよくわかりますとも。


 掃除係の集団はお屋敷の二階へと上がり、侯爵家ご家族の寝室へと散ってゆく。帰宅されたご家族は恐らく寝室へ直行されるだろうから、何はともあれまずはここを掃除しないといけない。


 年長者に従って私は奥様のお部屋へと入った。薄らと良い香りがする。きっとお高い香水なんだろうな。


 思いにふける間もなく私は年長者の指示に従って掃除を始めた。最初は長い棒の先にはたきがついたもので天井を簡単にはたき、次いで脚立を使って寝台の天蓋の上を確認する。たまに虫がいるので駆除しないといけないけど、こういうとき大自然の中で住んでいた田舎娘わたしたちは強い。


 それが終わると次は拭き掃除に移る。窓は既に他の使用人がしてくれていたので、私は調度品などを丁寧に拭いた。お高いことはわかるけれど正確な金額は知らない数々の品物を恐る恐るきれいにしてゆく。物によっては触れることすら許されない。


 最後は床の掃き掃除なんだけど簡単だと思うなかれ。毛深い絨毯の掃除は面倒なんだから。とはいってもそれは専門の担当者がしてくれて、私は床の掃き掃除をしただけだけど。


 こうして一部屋の掃除が終わると次へと移る。私だけは少し作業が遅れていたオルガ様の部屋へと送り込まれた。身分は違えど同年代の子女なのに圧倒的な格差があることに少しもやっとする。


 一旦昼食を挟んで昼に掃除を再開したときは、一階の部屋を順番に回っていった。応接の間、歓談の間、食堂とご当主様のご家族が使用される部屋からきれいにしてゆく。


 最終的に昼下がりもかなり過ぎた頃になって私は掃除係から解放された。


 その後も家政婦のカロルさんの指示を受けてあるときは屋敷内、あるときは敷地とあちこち巡って仕事を続ける。完全に終わったのは日が暮れてしばらくしてからだった。


 女用の使用人の部屋に戻った私は自分の寝台に座る。周囲は一日の仕事から解放された同僚たちの雑談で騒がしい。


 そんな私の元にコレットがやって来る。


「今日も一日が終わったわねぇ、シルヴィ」


「舞踏会からご当主様のご家族が戻られてから、何もなければ良いんだけど」


「あっちは部屋付きと侍女がやってくれるから気にしなくてもいいでしょ。何かあったら叩き起こされるでしょうし」


「いやよね、中途半端に起こされるのって」


 奥方様が夜中に体調不良で騒ぎになったときのことを思い出した。あのときは何度か夜中に井戸まで水を汲みに行かされたっけ。


 肩を鳴らしたコレットが私の隣に座ってくる。


「今日はご当主様たちがいなくてやりやすかったわね」


「そうね。お給金は悪くないんだけど、ご家族の使用人わたしたちの扱いを何とかしてほしいわ」


「シルヴィはあんまり奥方様に怒られていないそうじゃない。あたしなんて、置物を置いた位置が少しずれてるだけで怒られたことがあるわよ」


「私があまり怒られていないのって眼中にないからじゃない? 一応同じ貴族だけど下っ端すぎて無視されているとか」


「それはそれで腹が立たない?」


「何事もなく仕事ができるのなら別に良いわ」


 別にダケール侯爵家の家族に気に入られたいわけじゃないから今の状態でも良いと最近は思ってきていた。小瓶の件からしばらくは警戒していたけれど、あれから何事もなく平穏無事に過ごせている。どうやら私は見逃してもらえたらしい。


 しばらくコレットと雑談をした後、私は安心して寝台に横になった。

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