田舎令嬢、友人と日々を楽しく過ごす。

 王国中の貴族子弟子女が集まるジュネス学園には当然男女ともに在籍している。そのための建物や施設もある。けれど、原則として生活も勉学も別々になっていた。


 子弟は大成館という生徒寮で生活し、試練堂という講義堂で学び、教練場で体を動かす。子女は光華館で生活し、刺繍堂で学び、庭園でお茶会を開く。同じ学園内にいるけれどあまり接点を持たせないようになっているのよね。


 これは男女はみだりに接しないという習慣から来るものなんだけど、たまに男女一緒に授業を受けることがある。その授業のひとつが舞踏の実習よ。


 基本的に男女一組になって踊る舞踏は相手役が必要になる。そのため、このときは子弟も子女も舞踏館で一緒になるんだけど、もちろんこれでどちらも騒がないわけがない。ただでさえ異性に興味が湧くお年頃な上に、より良い結婚相手を探す必要もあるんだから。


 参加する子弟子女は毎回顔ぶれが変わった。同じ相手と何度も踊ると慣れてくるのでそれはそれで良いことなんだけど、社交界に出たらいろんな人と踊ることになる。それに今から慣れておくための処置だと教師から最初に聞いた。


 今回、一年生子女と二年生子女のお相手は、二年生子弟と三年生子弟だった。どちらも学年の一部のみが参加している。


 私とアンナは今この舞踏の実習に参加しているんだけど、私の表情は若干渋かった。それに気付いたアンナに声をかけられる。


「どうしたのよ?」


「あーいえ、別にそんな大したことじゃないのよ。ただちょっと、今は会いたくなかった人を見かけただけで」


「苦手な殿方ね。わかるわぁ。あたしもできるだけその人とは組まないようにすることを心がけているもの。で、誰なのよ?」


 興味津々という表情を隠そうともしないアンナの視線を若干避けつつも、私はそいつに目を向けた。


 三年生のバシュレ伯爵家のロラン。そう、かつての弱虫は今やモテる男になっていた。何をどうやったらあの子がこんなチャラくなるのか全然わからないけれど、とにかくすっかり爽やか強気美青年に変身している。世の中って本当に何が起きるのかわからないわ。


 あ、手を振ってくるんじゃない! やたらと目立とうとするな!


 周りの子女たちがざわつくのを耳にしながら私は小さくため息をつく。わざとやっているのかしら。


「きゃぁ、見た!? ロラン様が手を振ってくださったわ!」


「人気があるっていうのは知っていたけれど、みんなこんなに騒ぐなんて思わなかったわね」


「今の三年生だと断然かっこいいお方ですもの。騒がない方がおかしいわよ」


「周りにいる子弟はよく嫉妬しないわね。というか、仲が良さそう」


「みんな敵わないから諦めているっていうのもあるんでしょうけど、同性の友人にも優しく、年下の面倒見もいいって話よ」


「へぇ」


 昔は散々面倒を見てきたあのロランが今は人の面倒を見る側になっていることに私は感慨深くなった。あれから何年も過ぎているんだから当然成長もするわよね。


 これで私への配慮もちゃんとしてくれるようになったら言うことはないんだけど、どうしてそこだけ微妙に抜けているのかしら。私にとっては一番肝心なところなのに。


 教師の説明の後、男女でペアを作ることになる。ここで子弟子女のちょっとした駆け引きが繰り広げられるわけだけど、今の私はそんなのに構っている暇はない。可及的速やかに相手を選ぶ必要がある。


 ざっと周囲を見て回って、子女から取り残されていそうな相手を見繕った。できるだけおとなしそうな二年生の子弟を選んで声をかける。


「お相手よろしいでしょうか?」


「え? あ、はい」


 まさかという表情をした子弟が半ば呆然としながらも私の申し出を受け入れてくれた。とりあえず当面はこれで安心ね。ちらりとロランに目を向けるとあちらも呆然とした表情をしている。無邪気だからといって何でも許されるとは限らないんだからね。


 全員の相手が決まると教師の手拍子でペアとなった子弟子女がその場で踊り始める。全体的に年上の子弟が年下の子女をリードする形が多かった。


 その中で私は年上の子弟と対等に踊れている。お母様の手ほどきは完璧ね。


 調子良く踊れるので余裕が出てきた相手から声をかけられる。


「随分とお上手ですね」


「母から習いましたの」


「そうですか。あなたと同じように踊る女性を思い出してしまいました」


「あら、目の前にお相手がいるのに他の女性のお話をされるのですか?」


「申し訳ありません。まだまだですね、僕は」


 意中の女性がいるらしい相手の話を聞いて内心で苦笑いをした。こちらも人避けに利用したのでおあいこね。


 一通り踊り終えると教師の評価を聞く。中には個別に指摘を受けるペアもいた。それらが終わると今のペアを解散してまた組み直す。


 次は誰にしようかと顔を巡らせたとき、私にまっすぐ向かって来るロランの姿を目にした。もう一人くらい別の人と踊って起きたかったんだけどな。


「シルヴィ、ひどいじゃないか」


「授業の間は一度しか踊れないんだから、いつでもいいじゃない」


「確かにそうなんだが」


「それにあんた、なんでさっきわざわざ手を振ったのよ?」


「いやだって、好きな女に振り向いてもらいたいだろ」


「よくそんな恥ずかしいことを堂々と言えたものね。はぁ、女の嫉妬って怖いのよ? モテるあんたに声をかけられた私がどう思われるか、もっと考えてほしいわね」


「ちぇ、もっと喜んでもらえると思ったのにな」


「自分のことばかり考えて行動されても嬉しくないわ」


「悪かったって。それで、今回はいいだろ?」


「いいわよ」


「やったぜ」


 目の前でロランが満面の笑みを浮かべた。昔と比べて本当に素直に笑うようになったわね。普通は小さい頃の方が無邪気に笑うっていうのに。


 全員の相手が決まると再び教師の手拍子でペアの生徒たちがその場で踊り始めた。私とロランも踊り始める。


 さすがにロランは踊るのがうまかった。確かもう社交界に出ているんだっけ。そんなロランに声をかけられる。


「それにしても、シルヴィって踊るのうまいな」


「礼儀作法共々、お母様にしっかり教わったもの」


「いやそれにしたって、こんな上品に舞えるなんて大したもんだと思うぜ。まるで上位貴族のご令嬢だ。田舎領主の奥方が教えられるとは思えないんだが」


「私のお母様はそれだけ立派な方だってことよ」


 きちんと教えてくださったお母様には感謝ね。おかげで王都でもやっていけそうですもの。とりあえずは社交界に出るためのドレスを何とかしないといけないけれど。


 二度目の踊りを終えると再び教師の評価を聞いて生徒は自分たちの動きを改める。以後、踊る相手を変えながら何度か繰り返した。


 その間、たまにロランのことを目にする機会があったけれど、相手の子女がなかなか見つからない子弟に女の子を誘導しているのを見かける。そういえば、昔村のお祭りでも似たようなことをしていたわね。なるほど、これは確かに同性からも嫌われないわ。


 やがて舞踏の稽古が終わる。教師が解散の声を上げると舞踏館内は一気に騒がしくなった。誰もが仲良しグループで集まっておしゃべりしながら外へと出てゆく。


 私もアンナと合流した。その友人はいつもより興奮している。


「アンナ、どうしたの? やけに嬉しそうじゃない」


「だって聞いてよ、シルヴィ! あたしはあのロラン様と踊ったのよ!」


「そういえば、最後に踊っていたみたいね」


「そうなのよ! 踊りがとってもお上手で、あたしみたいにあんまりうまく踊れない人でも優しくリードしてくださるの!」


「良かったじゃない」


「ええ、とってもステキだったわ!」


 適当に相づちを打ちながら私は未だに夢見心地のアンナの背中を押した。まだこの後にも講義があるのだから、いつまでも舞踏館で話しているわけにはいかない。


 そんな私とアンナの脇を子弟の集団が通り抜けてゆく。その中にいたロランがちらりとこちらを見て笑いかけた。またこいつはこういうことをする。


 一瞬だったのですぐにロランたち子弟は去って行ったけど、残されたこっちは大問題だった。周りにいた子女たちがまた騒ぎ出したのよね。


 私の友人アンナもその一人で、せっかく落ち着いてきたというのにまた興奮してしまう。


「シルヴィ、今の見た!? ロラン様がこっちを向いて笑いかけてくださったわよ!」


「ええ、そうね」


 問題は誰を見て笑いかけたのかということなんだけれども、その話をすると私に矛先が向かって来るから黙るしかなかった。こういう後始末を押しつけるのは本当にやめてほしい。


 その後、私は次の講義がる部屋に連れて行くまで興奮するアンナの話を聞く羽目になる。席に着いたときにはすっかり疲れ果てていた。


 おのれロランめ、後でどうしてくれようかしら。

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