幕間1

高貴な人々は自らの思惑で動く。

(公爵令嬢イレーヌ)


 幼い頃から淑女たるべしと育てられたわたくしは、それが当然のこととして生きて参りました。家庭教師の方々からは厳しく躾けられたのは大変でしたが、それも今は良い思い出です。


 そんなわたくしも年頃になるとジュネス学園に入学いたしました。ここでより一層自分を磨き上げてより淑女らしくなるのです。


 しかし、そんなわたくしにも転機が訪れました。あるとき、突然吹き付けた風により手にしていたハンカチを飛ばされてしまい、それをとある殿方に拾っていただきました。


 その方のお名前はフランシス様。ジョクス子爵家のご子息です。微笑みながら拾ったハンカチを拾い、軽く払ってそれを差し出す彼の方を見て、わたくしは恋に落ちました。


 まさかこんな気持ちになるなんて思いもしなかったわたくしは当初どうして良いのかわかりませんでした。フランシス様を思う度に心が温かくなります。


 そんなわたくしでしたが、同時にこれが叶わぬ恋であることも承知していました。最近は変わってきたとはいえ、貴族の結婚とは家同士を結びつけるものという考えがまだ強いのです。特に公爵家という家柄に生まれたわたくしには相応の価値がありますから、自分の好みというだけでお相手を決めるのは難しいです。


 更に学園に入って二年生になろうかという頃になって、王族のマルセル殿下のお妃選びに参加することになってしまいました。候補者は他にもいらっしゃいますが、家柄などを考慮するとわたくしが最も有力であるのは違いありません。


 これはわかっていたことです。仕方のないことだと納得するべきことなのです。ですからわたくしはそのように思い込もうとしました。


 すべてを失っても叶わぬ恋に身を投げたいという思いもありますが、お父様やお母様、それに周りの方々がそのせいで悲しむということを考えますと、どうしても足がすくんでしまいます。


 そんなある日、わたくしはとある方にお目にかかりました。所用が済んで大師館から出たときに、何となくわたくしに似ている方がいらっしゃったのです。


「お初にお目にかかります。ご紹介に与りました、シルヴィ・アベラールです」


 知り合いの伯爵子弟の方に紹介していただいたのはアベラール男爵家のご令嬢でした。今年入学されたばかりの子女です。


 肩で切りそろえたきれいな金髪にわたくしと面立ちの似た顔は、どことなくラファルグ公爵家の縁戚に思えました。しかし、シルヴィによると公爵家との縁はないそうです。


 恐らく他人のそら似なのでしょうということでその場は落ち着きました。そういうこともあるのかもしれませんね。


 わたくしはこれも何かの縁と思い、シルヴィとお友達になることにしました。こういう形で縁が結ばれるというのも面白いですね。


 ただ、他にも思惑がひとつありました。シルヴィの所作がどうにも気になったのです。きれいなのはともかく、我が公爵家の作法にあまりにも似ていましたから。


 そこで光華館の自室に戻ってから、わたくしは侍女にアベラール男爵家について調べさせました。すると、意外なことがわかって大いに驚いてしまいます。


 シルヴィの母親はジョスリーヌという方なのですが、実はこの方、どうやらラファルグ公爵家の元ご令嬢だったようなのです。当時を知る方にお話を伺いますと、何とアベラール男爵家の現当主エクトル殿と駆け落ちしたらしいのです!


 何という奇縁でしょう。わたくしは興奮してしまいました。わたくしが望んでやまないことをことを既になさった方がいらっしゃるなんて。


 是非とも当時のことを詳しくお伺いしたいものですが、現在はラファルグ公爵家との縁が切れていらっしゃるそうです。そのため、お目にかかるのもままなりません。


 これは非常に残念なことです。もしかしたら愛しのフランシス様との恋が叶う方法をお伺いできるかもしれませんのに。


 わたくしは悲嘆に暮れかけました。しかし、ちょうどそのご令嬢であるシルヴィとお友達になったばかりであることを思い出します。もしかしたら、シルヴィを通して何かお伺いできるかもしれません。


 希望を見出すことができたわたくしの体には気力が満ちてきました。こうしてはいられません。もっとシルヴィとお近づきにならないと!




(侯爵令嬢オルガ)


 ダケール侯爵家の娘であるわたくしにとって人の上に立つというのは当然のことです。それは、下々の者たちがわたくしに仕えるのは当たり前だということです。


 お父様とお母様から美しく気高くあれと躾けられたわたくしは期待通りに育ちました。そのため、国内でも指折りの美姫として誉めそやされます。当然のことでしょう。


 これほど評判のわたくしですから、次期国王と名高いマルセル殿下の婚約者候補として名が上がるのは自然なことです。わたくし以上に未来の王妃としてふさわしい者はめったにいません。


 しかし、そんなわたくしに対抗する者が現れました。ラファルグ公爵家のイレーヌ様です。家格は我がダケール侯爵家よりも上で、しかも美貌や教養も引けを取らない淑女です。あの方もまたマルセル殿下の婚約者候補になったのです。なんと忌々しい。


 他にも婚約者候補は何人かいますが、実際はわたくしとイレーヌ様との勝負です。あの方にさえ勝ることができれば、王子殿下の婚約者の座は確実でしょう。


 ジュネス学園へと入学したわたくしは、イレーヌ様を超えるためにあらゆる努力を惜しみませんでした。勉学はもちろん、お茶会や舞踏、それに人集めも熱心に行いました。


 一年後、その甲斐あってわたくしは学園内でも有数の存在になります。ところが、それだけ苦労したにもかかわらず、悠然と佇むイレーヌ様に尚敵わないことを知って愕然としました。


 このままではマルセル殿下の婚約者候補争いに敗れてしまう。そんな屈辱がわたくしの胸の内を支配します。とても認められるものではありません。


 どうしたものかと悩んでいたわたくしですが、とある劇を見て目を見開きました。それは悲恋の劇だったのですが、劇中とある乙女が叶わぬ恋を嘆いて毒をあおって死んだのです。


 なるほど、相手がいなくなってしまえば、そもそも争わずに済みますわね。


 名案を思い付いたわたくしは思案しました。これはお父様とお母様に相談はできないですわね。お父様は少々お堅いですし、お母様は気が弱いお方です。そうなると自分で何とかしないといけません。


 更に思案を重ねて、お友達や知り合いの方々に劇や物語の設定を伺うていで相談しました。すると、王都にも裏通りにその手のお店があることを知ります。


 さすがに自分で足を運ぶわけには行かないので、わたくしの忠実な女騎士ピエレットに命じました。まずは本当にそのようなお店があるのかを探らせ、存在することがわかるといよいよ必要な物を購入させます。


 このとき、万が一誰かに購入するところを見られるといけないので使用人に買わせる、という提案をピエレットから受けました。護衛騎士がそのようなものを買ったと他人に知られてしまうとわたくしの名に傷が付くから避けるべきというのは確かにそうですね。


 実行はピエレットに任せました。後は吉報を待つばかりです。


 成功を確信していたわたくしでしたが、あと少しというところで失敗したとピエレットから報告を受けて眉を吊り上げました。詳しく聞くと、買いに行かせた使用人が屋敷に戻ってきたときに、別の使用人にぶつかって小瓶を落とし割ってしまったというのです。


「ピエレット、あなたは人に使いを任せることもまともにできないのですか?」


「申し訳ありません、オルガ様」


「すぐに買い直しなさい。春のお茶会までに間に合わせるのです」


「そうしたいのは山々ですが、しばらくは静観したほうがよろしいかと」


「なぜです?」


「買いに行かせた使用人とぶつかったもう一人が家政婦にこのことを報告したらしく、私が直接使用人を使ったことを知られてしまったからです」


「使った使用人はどうしたのですか?」


「失敗した時点で屋敷外に連れ出して隔離しました。家政婦には例の使用人と口論となり、侮辱されたので手打ちにしようとしたら逃げられたと伝えました」


「お父様から小言をいただくことになるわね」


「申し訳ありません」


「で、家政婦に報告した使用人の方は?」


「アベラール男爵家のシルヴィというこの春から住み込みで働き始めた使用人です。幸い、こちらのことには気付いておりませんが、田舎娘の割に所作がきれいなのが気になります」


「田舎娘の所作なんてどうでもいいわ」


 面白くない報告を聞いたわたくしはため息をつきました。誰も彼も肝心なときに役立たないのですから。


 わたくしにふさわしい優秀な配下がほしいですわね。

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