田舎令嬢、伯爵子弟に相談する。
ジュネス学園でのお昼休み中に一人で食事をしていた私は色々と考え事をしていた。そのうち例の小瓶の件が頭の中を占めるようになる。
でも、知っていることは自分が見聞きしたことだけで肝心なことは何も知らない。こんな状態でいくら考えても現状を確認するくらいしかできなかった。
そのことに不満を感じた私は渋い表情をする。
「随分とご機嫌斜めのようだな、シルヴィ」
「ロラン? どうしたのよ」
「いつものお友達の姿が見えないから来たんだよ。相席するぜ」
私が許可する前にロランは目の前の席に座った。そうして従者が横からロランの食事を用意する。
その様子を見た私はロランに目を向けた。
「あんた、いつもそうやってここで食べているの?」
「普段は自分の部屋に戻って食ってる。ここまで持って来させるのも面倒だしな。大抵の高位貴族はそうしているぞ」
「どうりでここって私みたいな人が多いのね」
「部屋には簡易とはいえ調理場もあるし、何より使用人もいるんだ。そっちの方が便利だしな」
いつも利用する救心堂の風景の事情を知って私は納得した。光華館や大成館に部屋を持たない男爵家や子爵家の子弟子女がここを利用するんだ。
そこで、自分の友人がいつも付き合ってくれていたことに思い至る。
「アンナはわざわざ私に合わせてくれていたのね。悪いことしちゃったかな」
「あのお友達のことか? 部屋持ちでも友人とつるむためにここを使う奴はいるんだ。そんなに気にしなくてもいいと思うぜ。しゃべりながら食べるってのもいいもんだしな」
嬉しそうに話をしながらロランは用意させた食事を口にし始めた。さすがにスープ系はないけれど、お肉は肉厚ね。ワインもボトルごと持ってきているんだ。
おいしそうに食べるロランを見ながら私も自分のソーセージサンドにかぶりつく。目の前の料理とは比べるべくもないけれど、これはこれでおいしいもんね。
とりとめもない雑談をしながら私たちは食事を続けた。やっぱり誰かと一緒の方が良いわね。楽しいわ。
私がぼんやりとそんなことを考えながら食事をしていると、今の話題が切りよく終わったところでロランが表情をいささか真剣なものにする。
「それで、さっき何を考えていたんだよ」
「さっきって?」
「俺がこのテーブルに来たとき、しかめっ面をしていたじゃないか」
「大したことじゃないわよ。ちょっと仕事場で厄介なことがあっただけ」
「貴族の屋敷で働くってのは結構大変らしいな。俺の知り合いに男爵家出の奴がいるんだが、そいつは今も伯爵家の屋敷で働いているんだ。で、たまに俺たちに愚痴ることがあるんだよ」
「どんな愚痴なの?」
「給金が安い、主人が横暴、奥方が理不尽、上役が無能、平民の同僚ががさつ、なんてな」
「あー、思い当たるものはいくつかあるけど、言いたい放題ね」
「どこもそんなものらしいが、シルヴィのところはどうなんだ?」
「そうねぇ」
顎に指を当てながら私は勤め先のことを思い返した。具体的なことはぼかして日々の事柄についてロランに話す。横柄な主人一家、口うるさい家政婦、嫌味な侍女と意外に色々と口をついて出てきた。思っていたよりも不満を溜め込んでいたらしい。
正面居座るロランはほとんど口出ししないで私の話を聞いてくれていた。相づちはよく打つけれど反論や提案はしない。
話していて途中で気付いたけれど、これって気持ち良くしゃべらされていないかしら。でも、すっきりとしてきたのも確かなのよね。
ここまで話をして私は別のことを考え始めた。例の小瓶の件について、ぼかして話すのならばロランに聞いてもらっても良いかもしれない。最近起きた不可解な件といえば間違いなくこれだし、ここですっきりとしておくのも悪くないと思う。
今話している話題をしゃべりきった私は少し間を置いた。それから、表情をわずかに真剣なものにして再び口を開く。
「他にも最近おかしなことがあったんだけど、聞いてくれるかしら?」
「いいぜ。話してくれ」
「ある日、女の使用人が主人に仕える侍女から薬を買うよう頼まれたの。それでその使用人は薬を買ったんだけれども、庭掃除をしていた他の使用人とぶつかって小瓶を落として割っちゃったのよ。そうしたら、庭掃除をしていた使用人は侍女に呼びつけられて詰問され、小瓶を落とした使用人は即日解雇されたの。ロランはどう思う?」
私の話に相づちを打っていたロランの顔に浮かんでいてた表情が次第に怪訝なものに変わっていった。私から一度目を逸らして少し考え込んだ後に再び顔を向けてくる。
「そりゃ色々とおかしいな。女の使用人を即日解雇するほど重要な薬だったのなら、もっと信頼できる人物に買わせるべきだろう。それに、どうして侍女が使用人に直接命令しているんだ? 女の使用人は部屋付きなのか?」
「いえ、違うわよ」
「だったらどうして家政婦に頼まないんだ。屋敷の女の使用人について一番知っているのは彼女なのに」
「仮に部屋付きの使用人に頼んだら、その人が買いに行くの?」
「ありゃ、シルヴィは知らないのか?」
「実家だと部屋付きの使用人はもちろん家政婦もいなかったから、実際にそんな人を見たのは今のお屋敷で働いてからなのよ。うちだとみんな兼任していたからその辺の役割は曖昧だったのよね」
「へぇ、それはそれで興味深いな。でもだったら、この件はなんで不思議に思ったんだ?」
「今のお屋敷で働き始めたときに、その辺りをよくわかっていなかったから家政婦から散々注意されたのよ。それでようやくお屋敷のやり方に慣れてきたと思ったら、言われたこととは違うやり方をされたから気になって」
今の私が便利屋みたいに働かされている原因がこれだった。決まった仕事がない代わりに何でもやらされちゃうのよね。学園にいる間だけしか雇わないからこれで良いと思われているのかもしれない。
話が逸れてきたわね。私は本筋へと戻そうとする。
「ともかく、一応どの使用人がどんな範囲の仕事をしているかは大雑把に教えてもらったけれども、自分が関わっていないことはまだ具体的に知らないのよ」
「なるほどね。それで部屋付きの使用人なんだが、そいつに頼んだら家政婦に頼みに行くんだ。あいつらはあくまで部屋の中の雑事が担当だから外には出ない」
「そうなんだ。やっぱり他のお屋敷と比べてもおかしいのね」
「他にも、女の使用人を詰問するなら家政婦だろうし、侍女が直接するにしても家政婦が同伴するべきだろう。しかも、庭掃除をしていた使用人を詰問したのか? 薬入りの小瓶を割った方じゃなくて?」
「薬を買うよう命じられた女の使用人が詰問されたのかどうかは私も知らないの。たぶん叱られているとは思うけど」
「なるほどね。しかも小瓶を割った方は即日解雇されていると。何から何までおかしいな」
最初は軽い感じだったロランも途中からは真面目な様子に変わっていた。雇う側から見ても相当おかしいらしいことがわかる。
「ところで、まだ聞いていないことがひとつあるんだが」
「なに?」
「家政婦はこのことを知っていたのか? 侍女が女の使用人に薬を買わせたことを」
「知らなかったそうよ。庭掃除をしていた使用人が詰問されたときも同伴していなかったし」
「こりゃ結構臭いな」
「臭い?」
「その侍女の目的が何かは知らないが、正規の手続きで薬を買いたくなかったんだろ。たぶん女の使用人はかなり強く口止めされていたはずだぜ。で、自分たち以外の人間に知られたから切り捨てられた」
「なによそれ、たかが薬を買うだけでどうしてそんな」
「さぁな」
話に区切りがつくと私もロランも黙った。思った以上に重苦しい雰囲気となる。
しばらく静かに食事をしたけれど、あんまりおいしく感じられない。
やがて、ロランの方から私に話しかけてくる。
「この件は近づかない方がいい。恐らく侍女の主人も関わっているだろうからな」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「使用人を即日解雇できる強い権限を持っているのは屋敷の主人だけだからだよ。事情を知らない家政婦の頭ごなしにそんなことをして黙らせられる侍女なんていないからな」
「何がどうなっているのかわからないわね」
「貴族の屋敷で理不尽なことや不可解なことは珍しい話じゃないのはシルヴィも知っているだろ。詰問されたっきり何もないなら忘れるべきだな。俺としてもシルヴィには危ない目に遭ってほしくないし」
「心配してくれてありがとう。でも、私のことだとは言っていないわよ?」
私の言葉は苦笑いするロランに黙って受け流された。まぁ、ここまでしゃべったら普通は気付くだろうけれども。
何ともすっきりとしない終わり方をした小瓶の件の話だけれど、私の気持ちが楽になったのは確かだった。
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