田舎令嬢、不可解な出来事が気になる。
就寝直前に嫌なことがあった翌朝、私はいつも通り目が覚めた。体の調子は良いし、心の方も問題ない。
気持ち良く起きた私は調理場で朝食を食べると働き始める。最初の仕事は屋敷の外にある倉庫への荷物運び。怪我をした男の使用人の代わりに手伝ってほしいと家政婦のカロルさんから頼まれた。どうして他の男の人に頼まないのよ。
指示に不満を抱きながらも命じられた以上は私も仕事をこなしてゆく。実家で重い物を運ぶこともあった私は男の使用人に交じって屋敷から敷地内の倉庫へと荷物を運んだ。
以後も指示されつつ屋敷や敷地のあちこちを回った。やることはいくらでもあるから暇になることはない。
途中、休憩を挟みつつも仕事に打ち込んでいるとお昼になった。昼食を食べるべく調理場へと入る。すると、既にコレットが食事をしていた。
自分の分を手に取ってその隣へと向かう。
「やっと一息つけるわ。って、どうしたの、コレット。元気ないじゃない」
「ん? シルヴィか。ベルトがね、急に辞めたらしいのよ」
「ベルトが? どうして」
「わからない。今朝姿を見ないなって思ってカロルさんに尋ねたら、昨晩急に辞めることになって夜の間に出て行ったらしいのよね」
「何よそれ」
あまりにも唐突なことに私は手を止めた。コレットとベルトが仲良しだったのは知っている。元気がない理由を知って納得した。心当たりはひとつある。というかあれしかない。
そのまま黙ると今度はコレットから話しかけてくる。
「シルヴィ、あんた何か知らない? 夕方に外から帰ってきてから様子が変だったのよ」
問われた私はどう答えようか迷った。昨晩のピエレット様の言葉を思い出す。他言無用だと言われたんだけどな。広い意味に捉えるとベルトのことも含めて話せないけど、狭い意味に捉えたらピエレット様との昨晩のやり取りのみ黙っていれば良いとも受け取れる。
どう考えても前者の意味なんだろうけど、ここは少しお馬鹿になりきって後者と受け止めたことにしようっと。
コレットの耳元に顔を近づけた私は囁く。
「昨日の夕方、私は外で掃き掃除をしていたんだけど、そのとき帰ってきたベルトとぶつかっちゃったのよ。それで、その拍子に持っていた小瓶を落として割っちゃったから、原因があるとしたらそれじゃないかな」
「小瓶? 何が入っていたの?」
「わからないわ。小瓶が割れたときに地面に染み込んじゃったから。でも、あのときのベルトってひどく怯えていたのは確かね。ごめんなさいって私が謝ったのも全然聞こえていなかったみたいで、そのまま屋敷の中に逃げるように入っていったから」
「なによそれ。そんなことでベルトはいなくなっちゃったの?」
「私が思い付く原因はそれだってだけよ。カロルさんには聞いたの?」
「答えてくれなかったのよ。知っていて教えてくれないのか、それともカルロさんも知らないのかまではわからないけど」
「うーん、八方塞がりね」
原因は恐らくあれだろうけど、本当のところはもちろん私も知るわけがない。あんまり藪を突きすぎると私も巻き込まれそうで怖いわね。
「そうそう、ピエレット様に一応口止めされているから、この件は内緒にしておいてよ」
「昨日の夜、呼び出されていたっけね。わかったわ。ありがとう」
結局、気の利いた慰めの言葉も思い付けなかった私はコレットを元気づけることはできなかった。でも、事情を知っていくらかはすっきりとしたように思える。ちょこっと危ない橋を渡ったんだから少しでも役に立たないとね。
昼食が終わると昼からも仕事がある。今日は倉庫に縁があるらしく、今度はカロルさんから倉庫から長い梯子を取ってくるように指示された。風で飛ばされた洗濯物が屋根に引っかかったらしい。だから、どうして他の男の人に頼まないのよ。
ため息をつきつつも私は屋敷の外に出た。便利屋扱いなのはこの際仕方ないけれど、男の仕事を割り振るのは勘弁してほしいわね。
「あれ? うわ、鼠?」
倉庫へ向かおうと歩いていると鼠の死体を見つけてしまった。まだ昼間なんだから陰に隠れていれば良いものを、わざわざ日の当たる場所に出てくるなんて馬鹿な鼠ね。
実家でよく見かけたこともあって、私がこの手の動物を見ていちいち悲鳴を上げることはない。虫やら何やらいっぱいいるから、こんなので驚いていたら田舎になんて住めないもの。
だから、片付けろと命じられたら片付けるんだけれども、今日はなぜか男の仕事を振られてばかりだから鼠の死体は男の人に任せたい。
そうと決めた私は長い梯子を届けた先で男の使用人にお願いすることにした。貴族子女たる者、たまには平民を使わないとね。
鼠の死体をどうするか決めた私は気を取り直して歩き始めて、またすぐに立ち止まった。もう一度鼠の死体へと目を向ける。今度はその周りにも。そして、鼠の死んでいる場所が昨日小瓶の中身をぶちまけた所だということに気付いた。
どうしてこの鼠はここで死んでいるんだろう。そんなことを考える。こいつらは何でも囓るし何でも食べるけど、何もないところで突然死ぬようなことはない。見たところ、他の動物に襲われたわけでもなさそうだから、怪我をした末に死んだわけでもなさそう。
今朝ここを通ったときにはいなかったから、昼間にちょろって出てきてここまで歩いて死んだことになる。でも、原因がわからない。一体ここで何を食べたんだろう。
次第に気になってきた私は考え込もうとしたけれど、仕事の途中だと言うことを思いだした。あんまり遅いと怒られてしまう。
なので、考えるのは止めて倉庫へと向かった。この件は後回しね。
翌日、平日なのでジュネス学園へと登校する。このために王都へとやって来たんだからおろかにはできない。
いつもの講義に出席した私だけれども、この日はアンナの姿が見えなかった。おかしいと思った私は休み時間になると生徒寮である光華館へと向かう。
三階のアンナの部屋を訪れると、出てきた使用人に本人は体調不良で休んでいると伝えられた。休日に風邪をひいたらしい。仕方がないから一人で講義を受ける。
どうにか昼までの講義をやり過ごした私は一人で刺繍堂から救心堂へと向かった。空いている席に一人座ると食事を始める。
「うーん、友人がいないとなかなか寂しいわね」
取り出した賄いを飲み込んだ私は独りごちた。
いつもはアンナと一緒に食事をしていたからどうにも一人はつまらなく感じる。お屋敷だと食事時には必ず他の使用人がいるから誰とでも話ができるけけど、学園では仲良しグループで固まるから相席が実のところ難しい。
これは、もっと友人を増やせという暗示なのかしら。似たような境遇の男爵令嬢や子爵令嬢はいるだろうから、今度アンナと一緒にお近づきになるのも悪くないわね。
などと考えていたけれど、結論が出てしまうと次は何を考えようかと考えてしまう。しばらくはぼんやりと食べていたけれど、やがて例の小瓶の件にゆきついた。
話をする相手もいないので長細いパンにソーセージを挟んだサンドを食べながら考える。そして、考えるほどに不審な点ばかりが浮かび上がってきた。
二日前の夕方、同僚の使用人ベルトは小瓶を落として割っただけでどうしてあれだけ怯えていたのかしら。確かに雇い主の物を壊してしまって叱られるのは怖い。でも、あの小瓶は言ってしまえば使用人に任せる程度の物でしかないんだから、あんなに恐れる必要はない。そこまで大切な物ならば、そもそも使用人一人になんて任せないんだから。
それに、そんな程度の物を壊したくらいでその日の夜に使用人を辞めさせるのもおかしい。ベルトがその手の失敗をしたと聞いたことはないから普通なら叱責で済むはず。それに、もう少し重い罰として減給や弁償なんて方法もあるんだから、まずはそうするべきよね。
他にも、ぶつかった私を問い詰めたのがピエレット様というのも普通じゃない。ベルト共々私たちを管理している家政婦のカロルさんが怒ったり問い詰めたりするべきよ。しかも、そのカルロさんは小瓶について何も知らなかった。オルガ様の護衛騎士であるピエレット様に私たち使用人に命じる権限はないはずだから、これは明らかに越権行為よね。
「あれ? このことってオルガ様はご存じなのかな?」
口の中の物を飲み込んだ私はつぶやいた。もしご存じでなかったらピエレット様が独断でされたわけだからピエレット様に問題があるわよね。でも、もしオルガ様もご存じだとしたら問題は、ない?
いえやっぱりおかしいわよね。どうしてカロルさんを通さないのよ。ピエレット様に命じて使用人を使う必要なんてないもの。
ああもう、一体何がどうなっているのよ!
私は思いきり渋い表情を浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます