第18話 麻婆豆腐

 今日は、僕ことクロジが最近ハマっている、四川風の本格麻婆豆腐を紹介したいと思う。中国料理なので、例によって鎌倉・由比ガ浜の「大熊大飯店」総料理長のliu 熊猫xiongmaoさんにお越しいただいた。


「今日は麻婆豆腐つくるのね、頑張るよ」

「劉さん、よろしくお願いしますっ!」

「今日もよろしくお願いしますねぇ!」

「おう、今日もよろしく頼むぜ!」


 兄貴のクロイも、その友人のクマイさんも麻婆豆腐は大好きなので、今日は劉さんの秘伝のレシピを教えてもらいたいと思う。


「例によって、麻婆豆腐とはどういう料理かの紹介をお願いしたいよっ!」

「はいはい、麻婆豆腐は非常に起源のハッキリした料理で、清朝同治元年(1862年)、四川省は成都の『陳興盛飯舗』という店で誕生したね。実は、私もここ成都の生まれよ」

「劉さんは成都の生まれなのかよ!」

「成都は『成都大熊猫繁育研究基地』があって中国のパンダの聖地とも言えるね」

「劉さんは、野生じゃなかったんですねぇ!」

「そうね、研究基地内で生まれて、基地内のパンダの賄いをやってきたけど、ずっと研究基地内の狭い世界にいても仕方ないから、独立して料理人になりたいと言って出てきたのね。管理人に賄賂渡して出してもらったりして、なかなか大変だったよ」


 例によって話が発散しそうな方向になってきたので、僕はとりあえずイエローカードを出しておくことにした。


「話が脱線しそうだよっ!」

不好意思ごめんね、それで、店主の陳さんというおばさんが作ったのがこの料理だよ。当時は天然痘が撲滅されていない時代だから、おばさんの顔には、恐らく天然痘によるあばたがあった。だから、陳麻婆と呼ばれていて、それで麻婆豆腐という名前になったよ」

「『麻』があばたという意味なんだな……」

「ちょっと今だったらコンプライアンス的に疑問符が付きそうな命名ですねぇ……」

「そうよ、それで新中国、文化大革命の時に『麻辣豆腐』と改称されたけど、結局『麻婆豆腐』に戻ったね」


「その麻婆豆腐が日本で普及した経緯は、四川省出身の陳建民氏が紹介したのがきっかけだよねっ!」

「『料理の鉄人』にも出演していた、陳建一さんのお父さんですねぇ!」

「そうね、彼ら親子がちょっとマイルドにした四川料理を日本に普及させたね」


 食べなれたレトルトの味とか、給食の麻婆豆腐は僕も好きだったので、普及させたことは評価したいと思う。でも、一方で日本の麻婆豆腐は本場の鮮烈さは失われてしまっているような気がするのだ。


「で、麻婆豆腐もいろいろと味付けがあるけど、どんな味付けが好みなの? 日本だったら陳健一流がいい?」

「いや、いつも劉さんが作っているスタイルがいいよっ!」

「それならいつも通りの要領でつくるよ!」


材料

・豆腐(絹または木綿) 一丁

・牛豚合いびき肉 300g

・生姜 一片

・にんにく 二片

・長ネギ 10㎝程度

豆鼓醤とうちじゃん 大さじ1

甜面醤てんめんじゃん 大さじ1

豆板醤とうばんじゃん 小さじ1

・醤油 大さじ1

・紹興酒または日本酒 大さじ1

・鶏ガラスープ 小さじ1

・水 150ml

・片栗粉 小さじ1

・片栗粉を溶く水 大さじ2

・辣油 好みの量

・花椒または山椒 適量

・砂糖 味を見て調節

・塩 味を見て調節

・青唐辛子 1本 (好みで調整)


「えらい調味料が多いな!」

「そうね、この調味料の複雑さが麻婆豆腐の味の決め手だよ!」


 調味料が多いので、ここはひとつ、中国の「醤」について劉さんに語ってもらおうと僕は考えた。


「劉さん、今回幾つか『醤』が出てきますよね。それぞれの『醤』について説明してもらえませんかっ?」

「いろいろあって、なんだか違いが分からないですねぇ……」

「まあ、とりあえず聞いてみようぜ!」


「そうね、まずは『醤』とは何かから説明するよ。元々は、肉を調味料に漬けて作った調味料のことね。西洋風に言えばミートソースみたいなもの。それが、小麦や大豆の発酵調味料、いわゆる魚醤のような魚介調味料などにも意味が拡大され、今はペースト状の調味料がだいたい『醤』と呼ばれるね」


「今回使うそれぞれの醤は、一体どんなものなんですかねぇ?」

「そこも劉さんにご解説頂こうと思うよっ!」


 僕自身もそこそこ知っているが、やはりここは専門知識のあるゲストの方に解説して頂いた方がいいだろう。


「そうね。 豆鼓醬とは、黒豆に食塩を加えて発酵させた中国の調味料だよ。味噌とも醤油とも違う独特の大豆の旨味があるね。豆鼓自体は黒い豆状で、乾燥させてあるものだよ」

「発酵は、どのような菌を使われるんですかねぇ?」

「基本的には日本の米麹菌、つまりアスペルギルス・オリゼと同じだよ、ただ、地方によって異なって、毛カビ、つまりムコールを使うこともあるね」

「豆鼓と豆鼓醤はどう違うんだよ?」

「豆鼓醤は、豆鼓を潰したものとニンニク、酒などを油で炒めてペースト状にして、使いやすくしたものよ」

「豆のままだと味が広がりにくいからねっ!」


 なじみの無い方もおられると思うが、豆の形のままの豆鼓を使って豚スペアリブを蒸したり、あるいは豆鼓醤をつかって野菜炒めなどを作ると味がバッチリ決まるので、ぜひ試してほしい。


「続いて、甜面醤について解説して欲しいよっ!」

「甜面醤は、小麦をやはり米麹で発酵させて作った調味料で、甘さがあるのが特徴だね。いろいろな料理に使われるけど、北京ダックのソースが一番わかりやすいかな」

「甜は、甘いという意味の漢字だからな!」

「甜と甘はどう違うんですかねぇ?」

「正確には、味の甘いを表現するには、『甜』の字が性格だよ。だって、ほら見て、『甘』に『舌』がついてるでしょう」

「確かにそうだぜ!」

「『甘』はもっと意味が広いですねぇ。煮込み方が甘いとか、ねじの締め方が甘いとか、甘やかすとか、なんかそういう意味で使う場合もありますねぇ!」

「再び脱線しそうだよっ!」


 相変わらずなんにでも興味を持つクマイさんと兄貴に任せておくと、どこまで話が発散するかわからない。クマイさんは鉄道の脱線防止には敏感に反応する割に、話の脱線への警戒感が緩いのだった。


「で、甜面醤の用途としては北京ダック以外にも回鍋肉とか、ジャージャー麺、肉まんの甘みとか、結構日本でもなじみのある味と思うよ」

「中国料理では甘みをつけるのに定番の調味料だねっ!」


「じゃあ、最後は豆板醤だな!」

「これは、ソラマメを使った発酵調味料で、とても辛いね」

「日本では、ソラマメを発酵させるって発想はあんまり聞かねえな?」

「そうですねぇ、塩ゆでにして食べるくらいしか思いつかないですねぇ!」

「そら豆の皮はとても厚いよ、だから水につけて発芽させて、柔らかくしてから皮をむいて、蒸してから発酵させるよ。皮をむくとき、柔らかいから豆も砕けるんだけど、『ban』が砕けるという意味よ。日本語でなんで『板』の字を当ててるかはわからないね」

「発音がバンで同じだから板を当てたんじゃねぇかな?」

「『ban』は日本では使わない漢字ですからねぇ……」

「それで劉さん、ソラマメを蒸してから、その先のつくり方はどうなるのっ? 気になるよっ!」


 再び脱線の危機である。このまま延々と日中漢字談議に入られてもたまらない。


「蒸したあとは、塩を加えて数日間発酵させて、あとは唐辛子を中心にして花椒、胡椒とかいろいろスパイスを加えて煮込んで、あとは半年くらい熟成させて完成だね」

「これは、かなり辛いですよねぇ」

「そうだね、中華料理の辛みはこれでつけることが多いね」

「甜面醤と併せて甘いピリ辛って多いよな。回鍋肉とか!」


 ここで、僕は面白いことに気づいた。


「確かに、この三種類の調味料って、中国料理の味の基本なんだよねっ!豆鼓醤がうま味、甜面醤が甘み、豆板醤が辛みなんだねっ!」

「そうね、だからこの『麻婆豆腐』は中国料理の調味料の使い方を学ぶにも最適の料理と思うよ」


 そろそろ3000字に達したので、調理に入らないとマズいなと僕は思い始めた。だいたい作り方のあらましは事前に聞いていたので、とりあえず香味野菜を切り始めることにした。


「それじゃあ、ニンニクの皮をむいてみじん切りにして、生姜を切って、ネギをみじん切りにするよっ!」

「おう、手分けしてやろうぜ!」

「それじゃあ、ボクはむこうのテーブルでニンニクをみじんに切ります!」

「おれは生姜を千切りにするぜ!」

「じゃあ、僕はネギ担当だねっ!」


「それじゃあ、その間に私は豆腐を2㎝ほどの角切りにして、鍋で温めておくよ」


 ここがポイントだ!と思った僕は、すかさず質問を入れることにした。


「劉さん、お豆腐は木綿と絹とどっちがいいのっ?」

「豆腐の種類は、正直に言って好みね。しっかりしたお豆腐の味が好きなら木綿、トロトロっと全体を味わいたいなら絹だね。私は、お豆腐料理の主張を強くしたいから、木綿豆腐がいいよ」

「おれも、しっかりと豆腐を喰ってるって感じが好きだな!」


 すかさず、別角度からクマイさんが切り込む。


「温めるのは何でなんですかねぇ?」

「これは、温めると水分が豆腐から出て崩れにくくなる。そして手早く仕上がるから、ここは非常に重要だよ。ポイントは煮ているときに沸騰させてはダメだよ。あくまで、ふつふつと90℃くらいを保つのがポイントだよ」


「なんで沸騰させちゃいけねえんだよ?」

「沸騰させると、お豆腐の風味が全部無くなるよ! 中から穴がボコボコできて、固いけどスカスカな感じで全然美味しくないよ!」

「なるほどなぁ」

「日本語では、が立つと言われる状態ですねぇ! 滑らかさが失われてマズくなってしまいますねぇ!」


 ほどほどに木綿豆腐を熱しつつ、隣のコンロにフライパンを置き、みじん切りにしたニンニク・生姜・長ネギを弱火でじっくりと炒めて香りをだす。


「香りが出たら、合いびき肉を炒めるよ!」

「ここはポイントだよっ!」

「ひき肉からは、水分と油分の両方がでるよ。この水分が残っていると生臭さのもとになるから、しっかりと炒めて油分だけにするよ!」

「見極め方のポイントは、パチパチと油が跳ねる音がして、油が透明になったら水気が無くなってるよっ!」

「水分が蒸発して、油だけになるとそうなるんですねぇ!」


 ここで、温めていた豆腐と調味料を入れていく。


「温めておいた豆腐、豆鼓醤、甜面醬、豆板醤、醤油、ガラスープ、紹興酒を入れて、少し煮込むね」

「調味料の種類は多いけど、意外と簡単だな!」

「ポイントはお豆腐を丁度良く温めること、ひき肉をしっかり炒めること、この2つだね。そこを守れば誰でもできるよ」

「10分くらい煮込むよっ!」


 この間に、水溶き片栗粉を用意し、最後のとろみをつける準備をする。あと、青唐辛子2本をみじん切りにする。これは手に着くとヒリヒリして、その手で目をこすろうものならクマ撃退スプレーを撒かれたような目に遭うので注意してほしい。


「だいたいこれで味が入ったので、火を止めて1分ほど待ってから、水溶き片栗粉を入れるよ」

「なんで火を止めて待つんだ?」

「グラグラ沸いたまま水溶き片栗粉をいれると、ダマになって不好吃おいしくないだよ」

「一分たったので、水溶き片栗粉を入れるよっ!」


 水溶き片栗粉を回しかけ、再度火をつけてしっかりと煮立たせる。この際に辣油を加えて基本の辛みをつけていく。


「最後に、花椒とみじん切りにした青唐辛子をいれて、味を見ながら砂糖を加えて味を調整するよ!」

「すごく、いい香りがしてきましたねぇ!」

「早く盛りつけようぜ!」


 中華料理らしく大皿に盛り、めいめい取って食べることにした。


「すごく辛いんですが、旨味が凄くあってたまりませんねぇ!」

「旨い! 辛い! 旨い! 辛い!たまらねえぜ!」

「花椒の香りと、しびれるような辛さ、そして青唐辛子のさわやかな辛さがたまらないねっ!」

「自分でもいい出来だね。これは美味しいよ」


「もうおれは、この麻婆豆腐を白いご飯にかけて食っちゃうぞ!」

「アッ!ボクにもご飯をください!」


 こんな感じで、ご飯がすすむこと請け合いの麻婆豆腐。辛いのが苦手な方は、豆板醤と花椒、青唐辛子を省略して、辣油の量を少しに調節してみてほしい。ピリッとしたパンチは無くなるが、レトルトとは違う本格的な味が楽しめる。


【作り方のまとめ】


材料

・豆腐(絹または木綿) 一丁

・牛豚合いびき肉 300g

・生姜 一片

・にんにく 二片

・長ネギ 10㎝程度

豆鼓醤とうちじゃん 大さじ1

甜面醤てんめんじゃん 大さじ1

豆板醤とうばんじゃん 小さじ1

・醤油 大さじ1

・紹興酒または日本酒 大さじ1

・鶏ガラスープ 小さじ1

・水 150ml

・片栗粉 小さじ1

・片栗粉を溶く水 大さじ2

・辣油 好みの量

・花椒または山椒 適量

・砂糖 味を見て調節

・塩 味を見て調節

・青唐辛子 1本 (好みで調整)


 生姜、にんにく、長ネギをみじん切りにする。


 豆腐を2㎝角に切り、水を張った鍋に入れて温める。この時、沸騰させないように火加減を注意する。


 中華鍋またはフライパンに油をひき、生姜、にんにく、長ネギをいれてから弱火で熱する。香味野菜の香りが出てきたら牛豚合いびき肉をいれる。


 牛豚合いびき肉を中火で良く炒める。ポイントとしては出てきた脂が透明になり、パチパチとはぜるようになるまでよく炒めること。


 温めておいた豆腐をザルにあけ、湯を切ってから牛豚合いびき肉とまぜる。すぐに豆鼓醤、甜面醤、豆板醤、醤油、紹興酒、水にといた鶏ガラスープの素を入れ、そのまま10分ほど煮込む。


 煮込んでおく間に青唐辛子を刻み、水溶き片栗粉をつくっておく。


 10分煮込んだら火を止め、1分ほど待って温度が落ち着いたら水溶き片栗粉を回しかける。再度火をつけてしっかりと沸騰させる。


 火を止め、味を見て、甘みが足りないのであれば砂糖を入れる。


 再度加熱し、最後に花椒と青唐辛子を散らして完成。



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