第11話 豆鯵の南蛮漬け

 さて、今日は何を紹介しようかと考えた結果、安くて美味しいものの代表である豆アジを使った南蛮漬けにしようと考えた。兄貴もクマイさんも大好きなので、これは異論が無いだろう。


「……ということで、豆アジの南蛮漬けを作ろうと思うんだっ!」

「豆アジの南蛮漬け? ちょっと季節外れじゃねえのか?」

「初夏の味、というイメージですよねぇ……」

「それが、温暖化の影響と、水温が高い西日本からの流通が良くなった影響で最近は通年で豆アジが手に入るんだよっ!」

「温暖化も悪い事ばかりじゃねえんだな!」

「そうですよ! 北極海航路も開けて新しい流通の可能性も広がっているんです!」


「でも、クマイさんたちホッキョクグマは困ってるんじゃないの?」

「それが…… 保護活動のかいもあって近年頭数は横ばいからやや増加傾向にあるようですし、ハイイログマ(ヒグマ)との自然交雑種も出てきて意外と生き延びる可能性が高いんですよねぇ……」

「人間が勝手に思うほどクマはひ弱じゃねえって事か……」


 また話がそれてしまいそうだが、確かにアジの旬は5~7月くらいで、産卵直前の脂がのったアジが非常に美味しく、またその時期の豆アジはやはり一味違う。しかし、最近は先ほど述べたように水温変化や流通の関係で通年で豆アジが手に入るようになった。しかも、かなり値段が安いので食品価格高騰のおりにはぜひ目をつけて欲しい食材なのだ。


「マアジは身近な食材で旨いからいいよな!」

「そうなんだ、でも身近な割にライフサイクルなんかは割と謎なんだよっ!」

「回遊魚ですし、ずっと追跡とか難しいんでしょうねぇ……」

「回遊する個体群もいるし、いわゆる根つきと言われる湾内で生活して一生を終えるタイプもいるし、なんとも難しいよねっ!」

「何が違うんだ?」

「水産資源の単価としては、根つきのアジは全体に黄色みがかっていて、脂がのっていて美味しいので高価になるよっ! 回遊しているアジは集魚灯をつかった巻き網漁なんかで大量にとれるからお手頃で、フライとかにいいよねっ!」

「ほかにも沿岸では定置網、回遊ルートを狙った刺し網なんかでも獲れますし、釣り人にも人気の魚ですよねぇ!」

「まさに日本の生活風土に欠かせない魚だぜ!」


「そんなアジの中でも、産地やお店にもよりますが、豆アジは安いですよねぇ!」

「そうだよっ! 山盛りに入って1パック200円とかだからねっ!」

「でも、小さくていっぱいあるから下処理が面倒なイメージがあるぜ?」

「それがね、意外と手がかからないんだよっ!」


 買ってきた豆アジをざるにあけ、まずは流水で表面の滑りを落とす。


「よく洗ったら、僕の言うとおりにやってみてねっ! まず、頭と胴の間にある隙間、『えらぶた』に指を突っ込むんだ!」

「な、なんかちょっと気持ち悪いですねぇ……」

「クマの手でも出来るのかよ?」

「そうしたら、『えら』をしっかりとつかんで、一気に引っ張るんだよっ!」

「えいっ! アッ! えらと内臓が一気に取れました!」

「えらく綺麗にとれるもんだな!」

「『えら』をしっかりつかむことを意識して何回かやればコツがつかめるよっ!」


 このやり方を覚えると、10秒ほどで1尾処理できるので意外と時間がかからない。内臓を取ったら内部をさらに水洗いしてきれいにし、キッチンペーパーの上にならべてしっかりと水気をとる。バットの縁に斜めにして立てかけておくと、アジの水気が流れ出すので好都合だ。調味酢をつくるあいだ、このまま冷蔵庫にいれて水気を切っていく。


「そう言えば、材料一覧を出してませんよ!」

「忘れてたよっ!」


材料

・豆アジ 10匹程度

・玉ねぎ アジの量に合わせる。中玉半分くらい。

・人参 中サイズの半分程度

・ピーマン 2個程度

・酢 100㎖ (アジの量に合わせて加減する)

・醤油 大さじ1

・砂糖 大さじ2

・塩昆布 ひとつまみ

・唐辛子 1~2本


 レシピは小アジ10匹分程度で記載したが、日持ちするのでぜひ沢山作って日々のおかずやおつまみなどに使ってほしい。揚げ物は手間がかかるので、一気にたくさん作って日持ちするものは有難い。


 とりあえず、玉ねぎは繊維と直行する方向にスライスし、人参は細切り、ピーマンは輪切りにしていく。例によってピーマンはタネやワタごと切っていくが、苦手な方は外して欲しい。


「そもそも、南蛮漬けというのは何なんでしょうかねぇ?」

「なんとも言えないけど、スペインやポルトガルには揚げた魚を酢でマリネする料理があるらしいので、それが伝来したのでは無いかと言われてるねっ!」

「確かに、スペインやポルトガルのことを南蛮と呼んでたからな!」


「これは僕の主観なんだけど、『酢漬け』という調理法はわりとヨーロッパ文化だと思うんだよっ! ドイツのザワークラウトとかピクルスとか、ヨーロッパは酢でつけるイメージなんだ!」

「確かに、日本のお漬物は塩だったり、あるいは糠、酒粕、麹のたぐいだったりしますよねぇ!」

「魚の南蛮漬けも冷蔵庫のない時代には保存食まではいかねえけど、日持ちのする料理だったんじゃねえかな?」


「そういう側面は確実にあると思うよっ! 今ではマグロの高級部位のトロも、江戸時代には腐りやすいから『猫またぎ』と言われたんだよっ!」

「猫も食べないでまたいで素通りする、と言う意味ですか……」

「江戸時代には冷蔵庫が無いから、マグロの切り身を醤油でつけて『ヅケ』にして食べるのが普通なんだぜ! でも、油が多いと醤油を弾くから塩分が浸透しにくく、早く腐るので低級部位になったんだぜ!」

「知れば知るほど、面白い話ばかりですねぇ!」


 そんなこんな、会話をしながら野菜を切り、唐辛子も輪切りにして調味液を混ぜ合わせる。グルタミン酸の旨味を引き立てるために塩昆布を入れるのが一つのポイントなので、無ければ味の素などで代用して欲しい。調味酢はレシピにとらわれず、味見をしながら好みの加減を探るのが一番いいと思うので、ぜひ味見ながら作って欲しい。


「さて、調味酢もできたので、これは野菜がしんなりするまで置いておいて、その間にアジに片栗粉をまぶしていくよっ!」

「普通にバットに片栗粉をいれて、アジにまぶせばいいんですかねぇ?」

「はらわたを取った内側、それから頭の内側にもしっかりと片栗粉をつけた方がいいよっ!」

「しっかりとまぶしてるぜ!」

「あと、『鶏のから揚げ』で紹介した、ダマを作った片栗粉を混ぜてガリガリの食感を作ってもいいので、いろいろ試して欲しいよっ!」


 さて、これから揚げる作業に入るが、油はキャノーラ油でいいだろう。重要な作業として、ある程度サイズにばらつきがある豆アジを、大きさごとに並べておくとよい。これはサイズによって揚げ時間が異なるので、なるべく同じサイズを同じロットで揚げたいためである。


「サイズ別に並べました! 油の温度はどうしましょう?」

「だいたい、160℃から170℃くらいのやや低めの温度がいいよっ!」

「あげる時間はどうなんだ?」

「片面4分、返して3~4分くらいだねっ! さっき説明した通りサイズによって変えていくよっ!」

「けっこう、長い時間揚げるんですねぇ!」

「長時間揚げることで、骨まで食べられるようになるよっ! 最後の方だけちょっと温度を上げ気味にして色を付けるよっ!」

「このまま、から揚げとして食べたくなっちまうな……」


 もちろん、兄貴の言う通りこのまま塩を振ってから揚げとして食べても十分美味しいのだが、やはり調味酢につけて南蛮漬けにするのがおいしい。


「レシピによっては、二度揚げするレシピもありますねぇ!」

「それもいいんだけど、一度揚げて休ませている間に水分が出て、油ハネの原因になるから僕は一回で長時間揚げてるんだ!」

「一度揚げでも跳ねるときは跳ねますから、ゴーグルとか揚げ物用の手袋なんかで安全対策はしてほしいですねぇ!」

「軍手じゃ駄目なのか?」

「軍手ですと、小さな油ハネにはいいですが、仮に派手にこぼしてしまった場合に高温の油を吸ってしまいますのでかえって危険になります! ネオプレンゴムとかのフライヤー用手袋がおススメですねぇ!」


 なんだかんだ言いながらどんどん豆アジを揚げて、あがった順に油を切っていく。


「あげた直後に酢につけて『ジュっ!』と言わせるのがコツ、という方もいらっしゃいますが、クロジさんはしばらく置くんですねぇ!」

「揚げてからしばらくの間は余熱で火が通るから、出来るだけ骨を柔らかくしようと思ってこうしてるんだよっ!」

「考え方の違いだよな、料理も設計も完全正解はねえからな……」

「そう言うことだよっ!」


 揚げてから数分置いた豆アジを、今度は調味酢につけていく。


「バットに調味液と野菜をいれて、冷蔵庫で冷やしておきましたよ!」

「割とすぐに野菜がしんなりするもんだな……」

「浸透圧で野菜から水分が出るからねっ!」

「この感じだと、お魚の片面が酢につかる感じですが、それで大丈夫なんですか?」

「これも好みの問題だけど、から揚げ感を残しつつ南蛮漬けの味も楽しめるように考えてるんだよっ!」


 だいたい、30分から1時間で食べられるようになる。もちろん、その後は冷蔵庫に入れて3~4日は日持ちする。


「じゃあ、粗熱も取れたので食べていくよっ!」

「サクっとした感じもありつつ、南蛮漬けの味もして美味しいですねぇ!」

「こいつは旨いぜ! 冷やすとまた味が変わるのか?」

「そうだよっ! ぜひ、味の変化も楽しんでほしいよっ!」


「なんだか、こんなに小さいのに食べられて可哀そうで、それなのに美味しくて美味しくて泣けてきます……うぅ……」

「おれは美味すぎて笑いがとまらないぜ!!」

「表現が悲喜こもごもだねっ!」


「頭が嫌いっていう人もいますよねぇ!」

「ああ、今は浜松市動物園にいるホッキョクグマのユキさんはいつも頭を残してるぜ!」

「ボクなんか頭が一番美味しいと思いますけどねぇ、サクっとしてます!」


 そんなこんなで、大量に作った南蛮漬けは数日間ちょっとずつ、おつまみや副菜として消費されていくのだった。今回も、いつもどおり作り方のまとめを書いていく。


【作り方のまとめ】


材料

・豆アジ 10匹程度

・玉ねぎ アジの量に合わせる。中玉半分くらい。

・人参 中サイズの半分程度

・ピーマン 2個程度

・酢 100㎖ (アジの量に合わせて加減する)

・醤油 大さじ1

・砂糖 大さじ2

・塩昆布 ひとつまみ

・唐辛子 1~2本


 豆アジを流水で良く洗い流し、表面のぬめりを取る。


 豆アジのえらぶたから指を突っ込み、えらをしっかりとつかみ、一気に引き抜く。この時にえらと内臓が一気にとれる。


 豆アジの腹の部分を良く洗う。歯ブラシや輪ゴムでまとめた竹串などで洗ってもよい。とり残した内臓もこの際に良く洗い流す。


 豆アジをキッチンペーパーを引いたバットに並べ、斜めにして良く水気を切る。気温が高い日は冷蔵庫にいれておく。


 野菜類を切る。玉ねぎは薄切り、人参は千切り、ピーマンは輪型に切る。


 調味料を混ぜ合わせて調味酢を作る。この際に味見をして自分好みの塩加減と甘みの加減にする。(野菜から水分が出るので若干濃い目で良い)


 水気をふき取った豆アジに片栗粉をまぶす。腹の中や頭の中にも良く振りかける。


 豆アジをサイズ別に並べる。


 160~170℃のキャノーラ油で豆アジを揚げる。片面4分、ひっくり返して3~4分であげる。大きいサイズのものは時間を長くする。


 揚がったら数分間粗熱をとり、調味酢につける。


 調味酢につけて30分程度たって粗熱がとれたら完成。


 冷蔵庫で一晩保存すると良く味がしみこみ、風味が変わる。


 


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