第21話
自宅に帰った僕は自室に戻ると、ベッドの上に寝転がった。
今日は杉山から情報を聞き出し、石動さんをいじめていた人物に会いに行った。だが、僕と笹鳴さんが出した結論は全員白だった。手掛かりは他にはない。完全に行き詰った。
僕は溜め息を吐きながら枕に顔を埋める。
「本当に全員白なのか」
少なくとも石動さんの名前を書いていないという証拠があるのは携帯もパソコンも持っていない山崎ぐらいだろう。
他の二人は性格的に無さそうというだけで、絶対にないとは言い切れない。だが、本人の自白以外に突き止める手段は現状ない。
完全に手詰まりだ。僕は溜め息を吐くと、今まで調べてきたメモを広げる。
石動さんの手記、美馬の手記、石動さんのラブレターを並べる。
「ちょっと待て」
違和感に気付いた僕は石動さんの手記とラブレターを見比べる。
「これは……」
違う。筆跡が明らかに違う。手記は女子らしい可愛らしい文字に対して、ラブレターは達筆な文字だ。どちらかが偽物ということになる。
どうしてこんなことが起きている。僕は頭を捻り考える。
「突き止めてやる」
僕はそう決意し、夜が過ぎていく。
翌日、僕は学校で笹鳴さんに声を掛ける。
「おはよう、笹鳴さん」
「おはよう静木くん。何かわかった?」
「違和感には気づいたけど、それだけだよ」
そう言ってはぐらかす。僕の頭の中でまだ整理する必要がある為、笹鳴さんに言う段階ではない。
「そうなの。でも静木くんならきっと真実に辿り着けるわ」
「うん、ありがとう」
僕はそう言って自分の席に着く。担任が入ってきて、朝のホームルームを始める。やはり担任からは事件のことが語られ、注意喚起が行われる。
ホームルームが始まり、授業が始まる。休校になっていた分、授業は遅れている。教師たちは駆け足気味に授業を進めていく。
だんだんと日常が戻ってくる。平穏な日々が戻ってきて、生徒たちも徐々に笑顔を取り戻していく。
授業が終わり、昼休みになる。僕は笹鳴さんと合流し、屋上に出た。いじめの現場になっていただけあって、人は少ない。僕は少し考えを整理したくて、笹鳴さんを誘って屋上に出た。
「静木くん、ご両親帰ってきたのね」
「うん。旅行は満喫してきたみたいだよ。母さんも父さんもホクホク顔だった」
実際、両親の仲はすこぶる良い。定期的に旅行にも出かけているし、子供として両親の仲がいいのは好ましいことだ。
「そういえば、笹鳴さんのお兄さんにお礼を言わないといけないね。美馬のことで貴重な情報をもらったし」
「兄さんは美馬が逮捕されて、いつかやると思ってたって息巻いていたわ」
美馬の逮捕は少なからず村中に衝撃が走った。村で最も大きな屋敷を持っていた美馬による殺人。しかも代々神隠しが行われてきたと知った村人の反応はまちまちだった。
御真守様の祟りなんて存在しなかったんだと喜ぶ村人がいる一方で、今後も供物を捧げないと祟りは続くと豪語する者もいた。
美馬家による神隠しが村に与えた影響は大きく、今後御真守様の供物をどうするかが村民の議題に上がるほどだった。
「美馬はもう外には出てこれないだろう。四人殺している。しかも、自身の性的欲望を満たす為だ。情状酌量の余地はない」
「でしょうね。死刑は免れないわ」
そう淡々と語った笹鳴さんは、卵焼きを口へ運ぶ。
「笹鳴さん、本当に昨日の三人は白なんだろうか」
不意に僕がそう疑問を投げかけると、笹鳴さんは頷いた。
「私はそう思う。昨日の三人は嘘を吐いているような顔には見えなかった」
「だったら、いったい誰が石動さんの名前をリベンジャーに書いたんだろう」
手掛かりはもうない。あるとしたら昨日の筆跡の違いくらいだ。だが、あれが直接事実と関係しているかどうかなんて、僕にはわからない。
「静木くん、もっと冷静に考えるべき。焦る気持ちはあるけど、時間はたっぷりあるんだから」
笹鳴さんの言う通りだ。事件は解決し、もう急ぐ必要はない。じっくり考えていいのだ。筆跡が違う二つの石動さんの所持品。どちらかが本物でどちらかが偽物ということになる。そして、偽物は何者かによってしたためられたことがわかる。
だが、わかるのはそこまでだ。ちなみにラブレターの方は美馬が書いたのではとも考えた。だが、美馬の手記との筆跡が違ったため、その線はないと判断した。
となると、疑わしいのは石動さんの両親ということになる。石動さんの家から発見された彼女の手記。こちらが偽物である可能性が高い。
だが、石動さんが死んで涙を流していたあの両親の涙は本物だった。そんな両親がリベンジャーに名前を書き込むなんて真似をするだろうか。絶対にしないと断言できる。それに、リベンジャーは山滝高校の裏掲示板から入らなければならない。在校生以外でアクセスする可能性は低いだろう。
となれば、やはり怪しいのは在校生ということになる。筆跡が違う二つの所持品も、石動さんが名前を書かれたことと直接の関係がないかもしれない。
ひとつの気づきがますます状況を混乱に陥れる。
「ねえ、ちょっと息抜きしない」
笹鳴さんがそう提案してくる。
「息抜き?」
「そう。ぱーっと遊んで脳をリフレッシュさせるの」
なるほど悪くないかもしれない。ここ最近は事件のことでずっと頭を悩ませていた。このあたりでリフレッシュして、頭を切り替えるのも悪くないかもしれない。
「いいね、それ。カラオケでも行く」
「付き合うわよ」
笹鳴さんが目を細める。僕は頷き、前を向く。山滝村は娯楽に乏しい村だ。遊びにいくといえばカラオケぐらいしかない。
だが、高校生のお小遣いで遊べるもののなかで、カラオケは大変コスパが良い。安い料金で何時間も潰せるし、部屋を借りることができる。友達と集まって騒ぐにはもってこいの場所だった。
「じゃあ放課後にカラオケで」
そう約束し、昼休みを終えた。
放課後、僕は約束通り笹鳴さんと一緒にカラオケに向かう。自転車を飛ばし、田舎の町を横切っていく。カラオケに到着した僕たちは自転車を止め、中に入る。
三時間を選択し、部屋を借りる。ここのカラオケは平日の三時間は学生料金で無料になる。実質ドリンクバーだけの料金だけで遊べる優れモノだ。
僕たちは部屋に入ると、ドリンクを先に入れに向かう。僕はジンジャエールで、笹鳴さんはカルピスだ。
部屋に戻った僕はデンモクを手に取る。
「僕から歌っていいかな」
「もちろん。順番に歌いましょう」
そんなわけで、僕は喉慣らしに無難な曲を選曲する。イントロが流れ始め、僕はマイクを手に取った。
一曲目ということで、あまり声が出ない。だが、リズムに乗りながら、曲を歌いあげていく。記録は八十五点とまあまあだった。
笹鳴さんが拍手で称賛してくれる。僕は椅子に座ると、メニューを開いた。受話器を取り、フロントに連絡する。
「ポテトをひとつ」
「かしこまりました」
ポテトを注文し、受話器を置く。その間に笹鳴さんが歌い始め、僕は手拍子で盛り上げる。笹鳴さんは透き通る声で歌を歌いあげながら僕を見て微笑む。笹鳴さんの点数は九十点だった。さすがは笹鳴さん。歌も上手い。
そうして順番に歌を歌っていく。僕が歌っている最中に店員が乱入してくる。ポテトを運んできてくれたのだ。僕は歌うのを中断し、店員に愛想笑いを浮かべる。店員が出ていくと同時に、僕は歌を再開する。
一通りの歌を歌った後、僕と笹鳴さんは背もたれに背を預け休憩する。ポテトを摘まみながら笹鳴さんに笑いかける。
「やっぱり笹鳴さん歌上手いね」
「静木くんも上手だと思うわ。カラオケなんて要領だし」
確かにカラオケでの点の取り方というのはあるらしい。僕は詳しくは知らないが、笹鳴さんはひょっとすると知っているのかもしれない。
「頭はすっきりした?」
「そうだね。だいぶクリアになってきたよ」
おかげで今日ばかりは事件のことを忘れてリフレッシュできている。おかげで張りつめていたものが切れ、リラックスしている。
行き詰った時はリフレッシュするのが大事だということを痛感する。笹鳴さんには感謝しなくては。
僕はデンモクを手に取ると、十八番を選曲する。イントロが流れ始め、僕はマイクを手に取った。
十八番は僕の声が一番出やすい曲だった。リズムに乗って歌い上げた僕に向かって笹鳴さんが拍手を送ってくれる。
「やっぱり静木くんも歌上手いわよ」
「笹鳴さんに言われると照れるな」
僕は頭を掻きながら席に着く。気づけば三時間はあっという間に過ぎていた。フロントから連絡が来て、僕たちは部屋を後にする。レジで精算を済ませ、カラオケを出た。
「楽しかったよ」
「それは良かったわ」
「できれば、石動さんも一緒に来たかったな」
「そうね」
もう叶うはずのない願いを口にする。日はすっかり沈み、あたりは暗闇に満ちていた。
「でも、美緒も今静木くんが必死に真相を突き止めようと動いてくれてるのは、嬉しいんじゃないかしら」
「そうかな」
「そうよ」
笹鳴さんがそう言うと、そんな気がしてくる。石動さんを生きたまま発見することはできなかった。だからせめてもの詫びに、僕は真相を突き止めようとしているのかもしれない。
「おかげでだいぶ頭をクリアにできたよ。なんだか閃きが起きそうな気がする」
「静木くんなら絶対に真相に辿り着くわ」
笹鳴さんは目を細め、そう言ってくる。僕は頷きを返し、自転車に跨る。まだまだ僕が目を着けていないところがあるはずだ。そこを徹底的に調べて、必ず真相を突き止める。
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