第22話

 家に帰った僕は自室に戻ると、部屋着に着替えた。

 カラオケに行ったことで頭をリセットすることができた。石動さんの名前をリベンジャーに書いた人物は誰か。その答えはもう喉元まで出かかっている。

 僕はもう一度、石動さんの手記とラブレターを見比べる。筆跡の違う二つの資料。それらを見比べてぼーっとする。


 僕の中で偽物は手記の方だと決定づけている。石動さんは書道を習っていたそうだ。ならば、こんな女の子が書いたような丸文字は書かないだろう。問題はこの手記を誰が書いたかということだ。


 そしてその答えは僕の中で出ている。あとは、この手記を書いた人物が、石動さんの名前をリベンジャーに書き来んだという確証が得られれば、僕は動くことができる。だが、その確証はどうしても得ることができない。

 僕自身、自分の考えを否定したい気持ちがある。だが、何度頭を捻っても同じ結論しかでなかった。


「確かめるしかないか」


 僕は溜め息を吐き、ベッドに寝転がる。もうこれ以上頭を捻っても、いい案は浮かびそうになかった。

 僕はそのまま瞼を閉じると、眠りの世界に身を馳せた。




 翌日、学校に登校した僕は笹鳴さんに声を掛ける。


「笹鳴さん、今日遊びに行ってもいい?」

「私の家に? いいわよ」

「もう少し息を抜きたくて。ゲームでもできたらなと思って」

「いいわね。そうしましょう」


 笹鳴さんは二つ返事で了承してくれる。

 授業を受けて、放課後になる。僕は笹鳴さんと一緒に帰るために、校門で彼女を待つ。少し遅れてやってきた笹鳴さんと合流し、自転車に跨る。

 笹鳴さんの家に到着した僕は、自転車から下り、玄関から中に入る。


「お邪魔します」


 返事はない。家には誰もいないようだ。笹鳴さんについて家に上がると、二階の笹鳴さんの部屋に歩みを進める。


「ちょっと待ってて」


 笹鳴さんはそう言うと一階に下りる。ジュースでも入れにいったのだろう。僕はクッションの上に座ると、部屋を見回す。

 相変わらず片付いた部屋だ。物も少なく、勉強机、ベッド、本棚しかない。

 笹鳴さんが戻ってくる。手にはお盆に乗せたコップが二つ。やはりジュースを入れに行ってくれていたらしい。


「どうぞ」


 笹鳴さんは僕の前の机にコップを置くと、自身もその場に腰掛けた。


「ゲームするんでしょ」

「うん。息抜きに。カラオケと同じ感じでできればいいかなって」

「いいわね。どうせなら対戦ゲームをしない?」

「いいね」


 笹鳴さんが提案してきたのはファミリーで遊べる大乱闘ゲームだった。大人数で遊べる対戦格闘ゲームで、大人気シリーズだ。僕も嗜み程度にはプレイしたことがある。

 笹鳴さんは本棚の引き出しからゲーム機を取り出すと、接続を始める。僕はその様子を見守りながら、欠伸を噛み殺す。昨日はベッドに入ったはいいが夜中に目覚めてしまってその後なかなか寝付けなかった。微かな眠気を感じながら、僕はゲームのコントローラーを手に取った。


 笹鳴さんがゲームを起動する。制作会社のアイコンが表示され、ゲームが起動する。対戦モードを選択し、それぞれキャラクターを選択する。僕は使い慣れたキャラクターを選ぶ。笹鳴さんはスピード特化のキャラクターを選択する。

 ステージを選択し、ゲームが始まる。


 笹鳴さんは巧みな操作で一気に僕との距離を詰め、攻撃を仕掛けてくる。僕はそれを後方に飛んで回避しながら遠距離攻撃で応戦する。

 だが、笹鳴さんは僕の遠距離攻撃をすべて躱し、スピードを生かして僕に詰め寄ってくる。逃げ場を無くした僕は笹鳴さんの攻撃を受け、怯んでしまう。


「甘いわよ、静木くん」


 笹鳴さんはコンボを繋げ、僕を場外に吹っ飛ばす。僕はなんとか復帰しようと藻掻く。なんとか復帰に成功する僕だが、笹鳴さんはその隙を狙ってさらに攻撃を仕掛けてくる。

 僕に回避する手段はなく、甘んじてその攻撃を受ける。再び場外に放り出され、笹鳴さんは追いかけてくる。場外で追撃を加えられ、僕のキャラは残機を一つ減らした。


「笹鳴さん、強くない?」

「これぐらい普通よ」


 復帰した僕はすぐさま笹鳴さんに攻撃を仕掛ける。ゲームの仕様で、復帰してすぐは無敵状態なのだ。だが、笹鳴さんは巧みな操作で僕の攻撃を躱す。やっきになって追いすがる僕を嘲笑うかのように距離を取られる。やがて僕の無敵状態が終わりを告げる。

 すると一転して攻撃に転じてくる。僕の懐にもぐりこんだ笹鳴さんは、弱攻撃をヒットさせ、僕の隙を作っていく。コンボを繋げられ、僕は何もさせてもらえない。


「くそっ」


 僕はもがくが、笹鳴さんの一度つながりだした攻撃を止めることはできなかった。

 再び場外に吹っ飛ばされ、追撃を食らう。それでもダメージがまだ少なかった分、僕はなんとか復帰する。このままやられっぱなしは癪だ。なんとか反撃しなければ。

 僕は自身の操作をフルで活用し、笹鳴さんに反撃を試みる。僕自身、自分の操作の限界に挑戦している影響か、笹鳴さんに攻撃をヒットさせることができた。笹鳴さんの使用キャラはスピードは速いが、その分防御力が低い。一度攻撃をヒットさせると大きく隙が生まれる。僕はその隙を逃さず、スマッシュ攻撃をヒットさせる。


 笹鳴さんのキャラが大きく吹っ飛ぶ。僕は復帰してくる笹鳴さんを待ち伏せし、さらに攻撃を仕掛けた。さすがの笹鳴さんも僕の波状攻撃を躱しきることはできず、残機を一つ減らした。


「やるわね、静木くん」

「僕もやられっぱなしというわけにはいかないからね」


 笹鳴さんのキャラが復帰してくる。そして速攻で僕のキャラに迫ってくる。無敵状態を活かすつもりだ。笹鳴さんは無敵状態を利用し、僕に攻撃を仕掛けてくる。僕は後方に飛び攻撃を躱しながら逃げ回る。


 笹鳴さんの無敵状態が終わり、反撃のチャンスが巡ってくる。僕は逃げ回りながら笹鳴さんの隙を窺う。そして見つけた隙を狙い、攻撃を仕掛ける。だが、笹鳴さんはにやりと笑うと僕の攻撃にカウンターを仕掛けた。

 ハメられた。隙だと思ったのは笹鳴さんが意図的に作り出したフェイク。それにまんまと引っかかった僕は笹鳴さんの攻撃の連鎖に飲み込まれる。先ほど蓄積したダメージが大きかったのも影響し、あっという間に場外に吹っ飛ばされて残機を一つ減らす。


「もう後がない」


 残るは最後。これがやられれば僕の敗北だ。僕は無敵状態とはいえ、笹鳴さんに突っ込むのはやめる。あえて距離を取り、遠距離攻撃で笹鳴さんのダメージを蓄積させる作戦に出る。

 笹鳴さんとのダメージ差は開いている。まずはここを詰めてできるだけ少ないダメージで笹鳴さんの残機を減らさなければならない。

 笹鳴さんもそれがわかっているのか、隙を見つけたらすぐにでも速攻を仕掛ける準備をしていた。


「後手を踏んでるわよ」


 笹鳴さんはそう言うと、一気に僕との距離を詰めてくる。やはり単純な操作技術は笹鳴さんに軍配が上がる。僕の遠距離攻撃を躱しきった笹鳴さんは、一気に加速し、僕に迫った。僕は危機を察知し、大きくジャンプする。逃げの一手だ。だが、笹鳴さんはそれすら許さない。まさかの遠距離攻撃で僕を打ち落とす。


「しまった」


 落下した先に待っていた笹鳴さんのキャラに攻撃を受ける。僕のキャラはダメージがどんどん蓄積していく。

 コンボを繋げられ、僕のキャラは場外に吹っ飛ぶ。復帰を試みるが、笹鳴さんはほくそ笑むと「とどめ」と小さく呟いた。

 ラストスマッシュを僕に叩き込むと、僕のキャラは急転直下する。最後の僕のキャラがやられ、決着がつく。


「負けたよ」


 僕は素直に負けを認める。笹鳴さんの操作技術は並大抵のものではなかった。少しかじった程度の僕では到底かなわない域にいる。


「リベンジしたくない?」

「もちろん」


 僕は笹鳴さんに誘われ、コントローラ―を握る。

 それからしばらく笹鳴さんとゲームに興じる。笹鳴さんはやはり強く、キャラを変えても圧倒的な強さを誇っていた。僕は連戦に連敗を重ね、結局一勝することさえかなわなかった。


「疲れた」


 僕はぐっと伸びをし、背中から寝転がる。


「休憩にしましょうか」


 笹鳴さんが空になったコップを回収し、一階に下りていく。

 前哨戦は僕の大敗北だった。だが、勝負はここからだ。笹鳴さんがコップにジュースを注いで戻ってきたタイミングで僕は切り出した。


「笹鳴さん、話があるんだ」

「話?」

「うん。大事な話」


 僕がそう言うと、笹鳴さんは頷き、その場に座る。それを見届けた僕はゆっくりと語りだす。


「笹鳴さんと遊んで、頭がリフレッシュできたおかげかな。石動さんの名前をリベンジャーに書いた人物がわかったんだ」

「そうなの」


 笹鳴さんは澄ました顔で僕の話を聞いている。


「石動さんの名前をリベンジャーに書いたのは、笹鳴さん、君だね」

「…………」


 単刀直入に僕が言うと、笹鳴さんは押し黙った。


「どうしてそう思うの」

「笹鳴さんしかありえないと思うからだよ。まず、笹鳴さんが持ってきた石動さんの手記。これは偽物だ。石動さんが書いたものじゃない」


 僕は予め持ってきていた手記を取り出して、笹鳴さんに突き付けた。


「これは君が書いたものだね。笹鳴さん」


 そう言うと笹鳴さんは苦笑し、溜め息を吐いた。そしてペロッと舌を出すと、小さく「バレたか」と呟いた。

 笹鳴さんが認めたことで、僕の中でリベンジャーに石動さんの名前を書いたのが笹鳴さんだと確信に変わる。


「カラオケのサインを見て気付いたんだ。笹鳴さんの字は女の子らしい丸文字で、手記の字によく似ているって」

「そんなところを見られていたなんて思わなかったわ」

「そんな嘘を吐いてまで、僕に石動さん捜索の依頼を出した。本当は笹鳴さん、最初から美馬が犯人だってわかってたでしょ」

「どうしてそう思うの」

「だって、笹鳴さん、美馬が怪しくなるように僕を誘導してた。僕に情報を提供し、美馬に疑いが向くように」

「そうね」


 笹鳴さんは目を細めると、薄く笑った。



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