第20話

 翌日から学校が再開された。犯人が逮捕されたことにより、徐々に学校が再開される。朝の朝礼の全校集会で校長が全校生徒に注意喚起を行う。学校の生徒三人が死亡した今回の事件は、学校中の噂になって広がり、誰もが知るところとなった。

 授業を終えた僕は他クラスに向かう。杉山に会う為だ。事件後の放課後ということもあり、部活は休止している。生徒たちも早めに下校する人がほとんどだった。そんな中で僕は教室に残っていた杉山に声を掛ける。


「杉山、話があるんだ」

「まだ何かあるのかよ。事件は解決したじゃないか」

「君にはまだ聞きたいことがあるんだ」


 杉山は溜め息を吐くと、椅子に座った。


「いいよ。何が聞きたいんだい」

「単刀直入に聞く。石動さんの名前をリベンジャーに書き込んだのは本当に君じゃないのか」


 それを聞いた杉山はむっと眉を吊り上げると不快感をあらわにした。


「違うって言っただろ。お前も信じるって言ったじゃないか」

「事情が変わったんだ。石動さんは犯人に近づいたから殺されたと思っていた。だが、どうやらリベンジャーに名前が書き込まれたから殺されたみたいなんだ。つまりは、石動さんの名前を書き込んだ人間がいるってことだ」

「それを知ってどうするんだよ。もう事件は解決したじゃないか。これ以上首を突っ込むなよ」

「そういうわけにはいかない。僕は笹鳴さんから石動さんについて相談を受けた。そのいじめに君が関わっていたのなら君は容疑者だ」

「だから違うって」


 杉山は落ち着いて否定する。その目は嘘をついているような目ではない。


「私は確かに糸井がいなくなって、怖かった。だからってリベンジャーを利用しようなんて発想はなかったよ」

「本当に君じゃないのか。恐怖から石動さんの名前を書いてしまったとか」

「神に誓う。あたしじゃない」


 焦る様子もなく、杉山は否定した。僕は溜め息を吐くと頷く。


「君の証言を信じるよ」

「そうしてくれ。私だって犯人が捕まってほっとしてるんだ。ようやく外を出歩けるって」

「不快な思いをさせて悪かった。そのうえで聞くけど、石動さんをいじめていたメンバーを教えてくれないか」

「わかったよ」


 そう言って杉山は石動さんをいじめていたメンバーを教えてくれた。杉山の証言から、彼女が嘘を吐いているという線は薄そうだし、他のいじめメンバーが怪しい。

 他のメンバーは既に学校を後にしていた。僕は杉山から聞き出した住所に足を運ぶ。笹鳴さんもついてくるというので、一緒に現地に向かった。

 糸井と杉山と共に石動さんをいじめていたメンバーは全部で五人。糸井と杉山が中心となっていじめていたらしいが、他の三人もいじめられている側からすれば同じだろう。

 そのうちの一人、山崎という女子のところに僕たちは出向いた。インターフォンを押すと、山崎がひょっこりと顔を出す。


「どちら様」

「同じ学校の静木と笹鳴です。ちょっとお話を聞かせてもらいたいと思って」

「わかった。出るよ」


 そう言うと、山崎は玄関から下りてくる。おさげ頭の可愛らしい女子だった。


「それで話って」

「実は亡くなった石動さんについて聞きたいんだ。君、いじめてたでしょ」


 そう言うと山崎は僕と笹鳴さんの顔を見る。そして溜め息を吐くと困り顔で戸惑った。


「その話か。まあそうだけど。私はそんな積極的にいじめてたわけじゃないから」

「それでも、いじめられる側からすれば同じだよ」

「ごもっともで」


 山崎は僕たちの追及に特に何かを感じているといった様子はない。ただ淡々と石動さんをいじめていた事実を認めた。


「それで今回の事件も知ってるよね」

「リベンジャーってサイトで名前書かれた子が殺されたやつでしょ。今、学校中の噂になってるよ」

「そのリベンジャーだ。リベンジャーに石動さんの名前を書いた人を探していてね」

「なるほど。それで私を疑ってるわけだ」

「単刀直入に言うとそういうことになるかな」


 直球の質問に、山崎はあっけからんと答える。


「私は書いてないよ」


 山崎は自分は何も悪くありませんというように、あっさりとそう言った。


「そもそも私はリベンジャーのサイト知らなかったしね。事件後の噂で知ったし」

「本当だという証拠は何かある?」

「あるよ」


 そう言うと山崎は両手を広げた。


「私、携帯もパソコンも持ってないから。そのサイトにアクセスする手段がない」

「なるほど」


 確かにそういうことなら山崎の疑いは晴れる。


「親が厳しくてね。高校を卒業するまでは携帯買ってくれないの。ケチんぼだよね」

「まあそこは各家庭の教育方針によるからね」

「強力ありがとう。あともういじめなんてしちゃだめだよ」

「わかった」


 山崎は頷くと家の中に消えていく。その背中を見送った僕たちは笹鳴さんに聞く。


「どう思う?」

「白ね。携帯もパソコンもないならどうしようもないわ。唯一、学校のパソコンからアクセスするっていう手段があるけど、両方とも持っていないならリベンジャーを知らないってのも信用できると思う」

「僕も同感だ」


 山崎は白。そう結論付けた僕たちは次の家へ向かう。

 次に向かうのは平松という女子の家だ。杉山の話では山崎と違い周囲の顔色を窺うタイプらしく、当初はいじめにも難色を示していたとか。だが、いじめに加担していたのは間違いないらしく、徐々に石動さんに対する要求もエスカレートしていったそうだ。

 平松の家に着いた僕たちはインターフォンを鳴らす。母尾が応答したので、学校のものですと挨拶した。

 しばらくすると玄関のドアが開き、平松が顔を出す。僕たちを見ると、怪訝な表情を浮かべる。まあ、僕たちは顔見知りではないし、用件がわからないのだろう。


「なんですか」

「平松さんだね。ちょっと話を聞かせてもらいたくて」

「いいですよ」


 平松は怪訝な表情を浮かべたまま、僕たちのほうに歩み寄ると立ち止まった。


「さっそくだけど、石動さんを知っているよね」


 僕がそう言うと平松はわかりやすく狼狽した。


「石動がどうかしたんですか」

「亡くなったのは知ってるでしょ」

「まあ、噂になってますから」

「リベンジャーというサイトは知ってる?」

「噂で聞きました」

「そのリベンジャーに石動さんの名前を書いた人を探してるんだ」


 そう言うと平松は瞬く間に首を横に振る。


「私じゃないです」

「でも、君は石動さんをいじめていたよね。糸井がいなくなって、自分に危害がくるかもって思って書いたんじゃないの」

「そんなことしません。私、本当はいじめとか嫌だったんです。でも糸井が怖くて。逆らえなかっただけなんです」


 話に聞いた通り、糸井と杉山の顔色を窺っていた風見鶏のようだ。この性格じゃ、リベンジャーに名前を書き込むなんて到底できるようには思えない。


「いじめを止めようとは思わなかったの」

「できないよ。そんなことしたら私がいじめられるじゃない」

「でも結果的に君が止めていたら、リベンジャーに糸井の名前が書かれることはなかったんじゃないかな」

「そんなこと言われても。止めなかったのは山崎たちも同じでしょ。私だけが悪く言われるの」

「君も責任を負って生きていくべきだと思う。いじめに加担していた者として、君も被害者になっていた可能性もあるんだから」


 僕がそう言うと、平松は震えあがる。自分が被害に遭っていた場合を想像したのだろう。


「謝るわよ。私が止めるべきだった。でも、石動の名前を書いたりはしてない」

「わかった。君の良心を信じるよ。協力ありがとう」


 平松は涙目になりながら俯くと、家の中に消えていった。


「どう思う」

「白、ね。あの性格じゃリベンジャーに名前を書くなんて大胆なことはできないわ」

「僕もそう思う」


 山崎も平松も白い。なら残るは最後の一人、山本だ。

 山本の家に到着した僕たちはインターフォンを探すが、どうやら無さそうだった。仕方なく直接家を訪ねる。


「すみません、山本さんいらっしゃいますか」


 そう声を張り上げると、奥から山本らしき女子が姿を現した。


「同じ学校のやつか」


 山本はそう言って玄関で立ち話を始める。


「石動さんをいじめていた人に話を聞いて回っていて」

「なるほど。石動もざまあないよな。糸井の名前書いたのに自分も名前書かれて。天罰が下った感じだな」


 饒舌に喋る山本は、糸井が死んだというのに特に悲しそうにはしていない。これまでの二人とは雰囲気が違うと感じた僕は直球で質問をぶつける。


「君が石動さんの名前を書いたの」

「違うって言っても信じないだろ。何しろ私は書いてないって証明できないから」


 そう言うと山本は口の端を吊り上げた。


「別に私のが書いたってことにしてくれてもいいよ。面倒だし」

「本当に君が書いたの?」

「だからどっちでもいいってそんなこと。結果石動は死んで、糸井も死んだ。喧嘩両成敗ってやつじゃないの。知らんけど」


 心底どうてもいいという感じで、山本はそう断ち切った。


「君は友人が死んだのにその態度はどうかと思うよ」


 僕は珍しく怒りが込み上げてきて、つい声を荒げる。


「知るかよ。糸井が中心になって石動をいじめてたんだ。飼い犬に手を噛まれただけの話だろ。だいたい事件はもう終わってる。犯人も捕まった。なら、石動の名前を誰が書いたとかどうでもいいことだろ」

「どうでもよくないよ。石動さんの名前を書いた人間は、石動さんが被害を受けるとわかっていて書いたんだ。そんな人間が何の罰も受けずにのうのうと生きていていいはずないだろ」

「はん。だったら勝手にやってろ。正義面したって事実は誰にもわからねえ」

「君が書いたんだね」

「違うって言って信じるのか」

「信じられないな」

「じゃあどっちでもいいわ」


 そう言うと話は終わりだという感じで山本は奥に引っ込んだ。僕たちはその背中を見送ると、渋々と山本の家を後にする。


「静木くん、私は白だと思うよ」

「僕もだ。あの言い方は心底どうてもいって思ってる人間の発言だった。石動さんのこともどうてもいいと思っているに違いない」


 これですべてのメンバーに話は聞けた。結果、犯人らしき人物は見当たらなかった。


「何かまだ見落としていることがあるのかも」


 僕は頤に指を添え、思案すると笹鳴さんに向き直る。


「今日は付き合ってくれてありがとう。一度家でじっくり考えてみるよ」

「うん。わかった」


 笹鳴さんは頷くと、背を向けた僕を呼び止める。


「静木くん。期待してるわ」


 その笹鳴さんの微笑みが、瞼の裏に焼き付いた。



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