第19話
美馬の逮捕から二日過ぎ、石動さんの葬儀が行われる旨が村に伝えられた。僕も参加すべく、制服に着替えて準備をする。
「これ、持っていきなさい」
旅行から帰ってきた母親が僕に香典を渡してくる。僕はそれを受け取って、家を出た。石動さんの葬儀会場は村のはずれにある葬儀会館で行われる。僕は自転車に跨ると、勢いよく漕ぎだす。
葬儀場に行く前に、笹鳴さんを迎えに行くと約束している。僕は自転車を飛ばし、笹鳴さんの家に辿り着いた。
インターフォンを押し、笹鳴さんが出てくるのを待つ。しばらくすると、笹鳴さんが玄関から出てくる。制服姿の笹鳴さんは、晴れやかな表情を浮かべている。
「おはよう」
「おはよう。静木くん」
互いに挨拶を交わし、僕たちは自転車に跨った。三島と糸井の葬儀はそれぞれ翌日、翌々日に行われるが、参加の予定はない。二人とは接点が無かったし、見送る義理もない。
石動さんとは笹鳴さんの友達ということで何度か接点はある。見送るのは当然と言えた。
葬儀会場に着くと、既に大勢の人が集まっていた。僕たちは受付で名前を記入すると、香典を渡す。葬儀会場に入り、石動さんの両親に挨拶に出向く。
「あなたは……ありがとう。本当にありがとう」
石動さんの母親は僕の肩を抱き、しとしとと泣き始める。僕が石動さんを発見したことは彼女の両親に伝わっており、感謝されているのだ。
「ことりちゃんも、美緒を見つけてくれてありがとう」
「いいえ、当然のことをしたまでです」
笹鳴さんも感謝を伝えられ、満更でもない顔をしている。僕たちは席に着くと、前を見る。
定刻になり、葬儀が始まる。導師様が入場してきて、お経を読み始める。しばらくすると、焼香が始まり、参列者は順番に焼香をしていく。
僕たちの番になり、立ち上がった僕は前へ歩いて進み、焼香をする。手を合わせて冥福を祈ると、元の席に戻る。その際、手土産を渡され受け取った。
両親が参列者に頭を下げているのがいたたまれない。娘をこんな形で失って、憎しみをどこにぶつけていいかわからず、悲しみにくれていることだろう。
笹鳴さんはじっと黙り、前を見つめていた。お経が終わり、導師様が退場していく。葬儀屋が飾られた花を切り取りながら、参列者に渡していく。参列者は渡された花を棺の中に入れていく。その際に涙ぐむ人もいた。
親友だった笹鳴さんは涙ぐむ様子はない。僕なんてこの場にいるだけで涙腺が緩んでしまいそうだというのに。所謂もらい泣きというやつだ。
会場が悲しみに包まれている中で、全ての花を入れ終えた。石動さんは苦しそうな表情で眠っている。
笹鳴さんが一冊のノートを棺の中に入れる。
「良かったわね」
そう呟き、石動さんと最後の別れを済ませる。
棺が閉じられ、男性はその場で待機する。棺を運ぶためだ。僕も棺を運ぶためにその場に残る。
棺を手に持ち、八人がかりで運んでいく。霊柩車の後ろのドアが開いており、そこに棺を乗せドアが閉められる。
僕たちはバスに乗り込み、火葬場に向かうことになっている。笹鳴さんと一緒にバスに乗り込んだ僕は、思わず肩の力が抜ける。
「ほっとした」
「まあね。初めてだし、こういうの」
葬儀は緊張する。厳かな儀式だし、マナーとかも色々ある。あらかじめ予習はしてきたけれど、全て完璧にこなせたかというと疑問が残る。
バスが動き出し、火葬場に向かう。
「笹鳴さんは泣かないんだね」
「私、あまり涙が出ないの。だから冷たい人間だと思われるわ」
「そんなことないと思うけど」
僕だって普段であれば泣くとは思えない。だが、雰囲気にあてあれて涙が出たのだ。これがもし、自分の近しい人だったら、さすがに泣くかもしれないが。
「静木くんの泣くところ初めて見た」
「普段から泣いていたら気持ち悪いでしょ」
「それもそうね」
そんな話をしているうちに火葬場に辿り着く。僕たちはバスを降り、火葬場の中に入る。霊柩車から棺が運び込まれ、いよいよお別れの瞬間が間近に迫る。
火葬のボタンを押す役目を託された母親は、ボタンを押す寸前で思いとどまった。いろいろな思いがこみ上げているのだろう。再び涙ぐみ、父親が母親の指に指を重ねた。ボタンが押され、火葬が始まる。
「十四時に骨上げとなります」
葬儀屋の案内を受け、僕たちは再びバスに乗り込む。この後は葬儀場に備え付けられた別室でお弁当が出ることになっている。
僕たちはバスで葬儀場まで戻ると、中に入って用意された弁当の蓋を取る。
「全部食べられるかな」
「静木くん、小食だもんね」
「そうなんだよ。普段からあまり食べないから」
こういう時のお弁当はサイズが大きく、おかずの種類も豊富に揃っている。それらすべてを食べるとなると、結構満腹になりそうである。
弁当に舌鼓を打ちながら、僕は笹鳴さんにずっと聞きたかったことを聞いてみた。
「最後棺に入れたノートってあれ何?」
「私と美緒の交換日記みたいなものよ。最後に美緒にメッセージを書いて入れたわ」
なるほど。笹鳴さんと石動さん、交換日記をしていたのか。故人の思い出の品とかを入れる場だが、思い出として残しておきたいとはならなかったのだろうか。
「美緒には幸せになってもらいたいから」
笹鳴さんはそう言うと、小さく微笑んだ。
弁当をなんとか平らげた僕は、張り出たお腹を摩りながら、再びバスに乗り込む。再び火葬場に向かい、骨上げに参加する為だ。ここまで参加する参列者は近しい間柄の人間であることが普通だが、僕たちは石動さんを発見した当事者であった為、石動さんの両親から参加を希われた。
火葬場に着くと、建物の中に入る。火葬を終えた棺が取り出され、台の上に白い骨が散らばっていた。
葬儀屋が骨壺を開けて、両親に手渡す。長い箸を用意し、順番に骨をひとかけらずつ挟んで骨壺に収めていく。
もう石動さんの面影はどこにもない。ただ無数の骨になって、そこにあった。僕の番が回ってきたので、長い箸をうまく使って、骨をひとかけら骨壺に収めた。
骨壺が満杯になり、蓋を閉める。余った骨はこの場に納めると葬儀屋が話していた。
骨上げが終わった僕たちは再びバスに乗り込み、葬儀場まで戻った。
「お疲れ様」
笹鳴さんが僕の肩を叩き、微笑みかけてくる。
これで葬儀は終わりだ。あとは家に帰るだけ。だが、僕はこの後石動さんの両親に呼ばれていた。
僕は笹鳴さんと共に、石動さんの家にお邪魔する。
客間に通された僕たちは、お茶を出され、くつろぐように言われる。
「今日はありがとうね。娘の最期に立ち会ってくれて」
石動さんの母親は少し落ち着いたのか、静かな声色でそう言った。
「あの子も幸せだったんじゃないかしら」
「きっと幸せでしたよ」
笹鳴さんが口を挟む。その言葉は両親を救う為のものか、はたまた自分に言い聞かせているのか。
「それにしても、子供が無茶をしたらしいわね」
それは感謝とは別のお叱りだった。
「あなたたちが無事で本当に良かったわ。まさか美馬くんがあんなひどいことをするだなんて思わなかったから」
石動さんの母親は、美馬を信頼していたはずだ。でなければ大事な娘を四年間も任せないだろう。
「この村の神隠しも、美馬家の仕業だったってわかって、祟りなんてないんだとほっとしたところもあるの」
この村の祟りは美馬家によって仕組まれたものだった。その事実は村中に激震が走るほどだった。石動さんの両親も、それはきっと同じだろう。
「ずっとこの村に住んできて、そういう祟りがあるって言い伝えられてきたのに、それが人の仕業だったなんて。信じられないわ」
石動さんの母親は首を横に振る。この村の人間は御真守様を信じていた。だからこそ、祟りも受け入れていたのだ。だが、それは真っ赤な嘘っぱちだった。何を信じていいのか戸惑う気持ちがあるのも頷ける。
「もうこんな無茶をしてはいけないわよ」
「はい、すみません」
「でも、ありがとう」
石動さんの母親の目から、一筋の涙が零れ落ちる。僕は黙ってその様子を見守る。
「本当にありがとう」
石動さんの母親は静かに泣きながら何度も僕たちにお礼を言った。その言葉に胸を打たれた僕は、思わず涙ぐんだ。
「本当は、無事に見つけたかったです」
そこだけが悔いが残る。どうせ見つけるなら、石動さんが無事の状態で見つけたかった。だが、僕が動き出した時点で、恐らく石動さんは命を落としていた。どう足掻いても間に合わなかったのだ。だからしかたないとしか言えない。
「いいのよ。見つけてくれただけで」
石動さんの母親は首を横に振った。本当は誰よりも無事を願っていたはずだろうに、こう言える強さが少しだけ眩しかった。
「私は、美緒の為にできることをしたと思っています」
「ことりちゃん……」
「また美緒に会いに来ます。何度でも」
「ありがとう」
笹鳴さんの言葉に、石動さんの母親は何度も咽び泣いた。
お茶を飲んでしばらく談笑した後、僕たちは石動さんの家を後にする。きっと昨日は寝ずの番だったろうし、石動さんの両親も疲れているはずだ。今日はゆっくりさせてあげるのがいいだろう。
「笹鳴さん、僕は石動さんの名前をリベンジャーに書いたやつを見つけるよ」
「そう。私も協力するわ」
帰り道。笹鳴さんと話しながら僕たちは自転車を押して歩く。
「杉山を問い詰めるつもりだし、もし彼女だったらしっかり謝らせる」
「静木くん、怒っているのね」
笹鳴さんが静かに言う。そうか。僕は怒っているのか。明確に危害が及ぶとわかっていながら石動さんの名前を書いた犯人のことが許せない。石動さんも糸井を同じ目に遭わせたが、殺されるとは思っていなかっただろう。きっといじめに耐えられなかったのだ。石動さんはいじめに耐えかねて、最後の望みでリベンジャーに頼ったのだろう。そんな彼女が同じサイトの被害に遭った。きっと予想だにしていなかったに違いない。
しかもその犯人がよりによって自分が思いを寄せていた相手だった。石動さんの絶望を想像するだけで心が沈む。
僕は自分の怒りを鎮めながら頭を回す。犯人は絶対に僕が見つける。
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